都知事暗殺事件13 ~シュガー姉妹登場~
教会を見下ろす丘の上で、僕は腹這いになっていた。
先ほどから敵の本陣を偵察しているのだ。
僕を取り逃がしたのにも関わらず、ホルジオーネ側に動きはないようだ。
普通なら歩哨を立てたりして、少しは警戒するだろうに。
僕など取るに足りない存在だと思われてるってことか。
当たっているだけに腹は立たないが、男として少し複雑な気分にもなる。
「敵の姿が見えないからって、監視を怠ってると決めて掛からない方がいいな」
同じく腹這いになったダブルオーが、自然な動きで僕の肩を抱いてきた。
その手の甲をピシャリと平手打ちしてやる。
くっ、今の動きはちょっと女の子っぽくなってしまったかも。
「ごめん、ごめん。つい、いつもの癖で」
ダブルオーは嬉しそうにニヤニヤ笑いながら、はたかれた手の甲をさする。
僕はムッとした顔でスパイ崩れを睨み、距離を取るため肘と膝を使って横移動する。
「で、どうして僕を助けてくれるの?」
僕を助けることで、ダブルオーに何のメリットがあるのか。
彼は国際手配されている殺し屋で、僕は官憲側の人間である。
本来なら、僕は彼に助けてもらうどころか、とっくに消されてても不思議ではない。
まさか本当に僕の体が目的じゃないだろうな。
そりゃ、絶体絶命のピンチを助けてもらった時、ちょっとだけ胸がキュンとしたのは事実だけど。
だからと言って、抱かれてもいいなんて思ったわけじゃない。
ああ、こんなナリをしているのが全ての元凶だ。
早くケリをつけて男の格好に戻らないと、このままじゃ本当におかしくなってしまう。
「言っとくけど、『君みたいなレディが困っているのを……』なんてのは要らないから」
できるだけ冷たく、かつツンデレっぽくならないように努力する。
「うん、それもあるんだけど。このままだと帰りの足がないからねぇ。雇用主はあてにできなくなったようだし」
確かに、マーサのところに出向いて、「用がないなら帰るわ。家まで送ってくれ」と頼んだところで無駄だろう。
バトルロイヤルを制し、契約寸前までいってた僕とシズカでさえ、理由もなく殺されかけたんだ。
予選敗退した連中なんかは、問答無用で口封じされるに決まってる。
「生きて帰るには君のメイドロボを取り返し、島にいる敵を一掃しなくちゃ。あの娘の戦闘力、なかなか強烈だからなあ」
性格はもっと強烈だけどね。
ところでホルジオーネは、どの程度の兵力を島内に備蓄しているのか。
この島が帝都を占領するための秘密基地だとすると、大量の兵器を隠していると考えられる。
「とにかく、こっちの戦力をアップさせないと、この島に永住することになっちゃうぜ。まあ……」
「……『君となら、それも悪くないかも』とかのお上手は、聞く耳もたないから」
機先を制してやると、ダブルオーはやれやれという風に首を振って見せた。
「さて、そろそろ行くか。あのピエロちゃんに戻ってこられたらまずいんだろ」
確かに、彼の言うとおりなのだ。
このまま無駄に時間を費やせば、ジィナ嬢がティラーノの私設軍隊を率いて攻め込んでくる。
そして、連中にホルジオーネ討伐の手柄を立てさせれば、帝都にティラーノの軍勢を常駐させる口実を与えてしまう。
それを回避するためには、どうしてもシズカに再起動してもらわねばならない。
ジィナ嬢より先に、僕たちがホルジオーネの野望を挫くのだ。
「じゃあ、僕が正面から陽動を仕掛けるから、クーちゃんは搦め手から侵入して、メイドを奪い返してくれ」
ダブルオーはタキシードの内ポケットから、銀色に輝くシガーケースを取り出した。
蓋を開くと、時限信管と強烈な威力を秘めた爆薬がぎっしりと詰まっていた。
「こいつを使ってお祭り騒ぎを起こしてやるよ」
スパイ崩れはさわやかに笑うと、身を屈めた姿勢で丘を降りていった。
どんな魂胆があるのか本音は分からないけど、助けてくれるってのなら利用させてもらおう。
借りるとなれば、猫の手よりは遥かに頼りになるのは確かだし。
僕はダブルオーとは逆方向に丘を駆け下りた。
教会の裏手へ迂回して、侵入のチャンスを待つのだ。
途中から鬱蒼とした茂みをかき分けて先へ進む。
教会の裏手はほとんど手入れが行き届いておらず、原生林並みに草木が茂っている。
周囲からの目隠しにはなるが、進行速度は極端に遅くなった。
足元が全く見えないので、ブービートラップでも仕掛けられてたら一巻の終わりだ。
おまけに、太ももを晒したミニスカ姿では、薮に引っ掛かって歩きづらいことこの上ない。
おそるおそる進むものだから、歩みは更に遅くなる。
小枝とかに引っ掻き傷をつけられながら前進していると、ようやく教会の勝手口に辿り着いた。
頑丈そうなオーク材のドアは、体当たりしようものならこっちがぶっ壊れそうだ。
この扉に鍵が掛かっていたなら、そこでゲームセットになってしまう。
そっとドアノブを回してみると、幸いなことに施錠はされていなかった。
直ぐにでも忍び込みたいが、ここはダブルオーの支援を待つのが得策だ。
待つことしばし、もの凄い轟音と共に地響きが伝わってきた。
ダブルオーの陽動作戦が開始されたのだ。
地響きが静まると、今度は腹に響くマシンガンの銃声が聞こえてきた。
ホルジオーネ側の反撃だろう。
彼らの親類、カディバ一家も使っていたトニーガンの発射音だ。
続いて、聞き覚えのあるワルターの甲高い銃声が交錯する。
どうしたものかと躊躇していると、やがて銃声がボリュームダウンしてきた。
射手たちが遠くへ移動を開始したのだ。
僕が潜入しやすくなるよう、ダブルオーは敵を教会から引き離してくれている。
今がチャンスとばかり、僕は教会内部へと突入した。
食器や調理器具が散乱する厨房を駆け抜け、照明の落ちた廊下を突っ切る。
再奥のドアを開けると、見覚えのある階段が目に入った。
ここは礼拝堂の裏に当たる。
僕はマーサとシズカが戦ったホールへと戻ってきたのだ。
さて、シズカはどこに囚われているのか。
マーサたちが戻ってくるまでに探し出し、蛋白燃料を注入してあげなければ。
まずは2階からガサを掛けることにして、ギシギシ鳴る階段を駆け上がる。
突き当たりにある客室のドアを開けるが、そこには誰もいなかった。
それは想定内のことであり、ここへ来たのはシズカのメイド服を回収するのが目的だ。
これを着用させれば、彼女の防御力は格段に向上する。
たとえ戦車砲の直撃を喰らっても、へっちゃらなのだ。
ちょっと着てみたい誘惑に駆られるが、僕の体では着弾の衝撃までは受けきれない。
それではせっかくの防弾性能も無意味だろう。
仕方なく、メイド服を手にしたまま、廊下に面したドアを次々に開けていく。
だが、全ての部屋を回っても、シズカの姿はなかった。
もしかして屋根の十字架に磔にされているのではと窓から身を乗り出すが、残念ながらそんなセクしい光景は見られなかった。
やはり一階なのかと思って隈なく確かめるが、厨房とホールの他はフロアの全てが礼拝堂になっている。
となると、どこかに地下へと続く通路があるはずだ。
焦りながら隠し扉を捜していると、天井からいきなり声が降ってきた。
『ウォーニング……ウォーニング……』
飛び上がるほど驚いたが、それはスピーカーから流れ出た合成音声だった。
嫌がらせのようなタイミングに憤ってみたが、本当に驚くのはここからだった。
『処理モードへ移行。地下処理施設は10分後に作動します……作業員は速やかに退去してください……』
抑揚のない音声が、僕を死ぬほど驚かせた。
続いて足元から微かな振動が伝わってくる。
地下施設があるという僕の予測は的中したのだが、それを喜んでいる場合ではない。
奴らは地下の処理施設で何かを処分しようとしている。
どう考えても嫌な予感しかしない。
鳴り続けている警告ブザーが耳障りで、危機感は嫌でも盛り上がる。
「ちくしょう、どこだっ。どこかに地下への入り口があるはずだ」
頭をフル回転させて考えてみるが、僕の頭に詰まっているのはコミックとかサブカルとかのくだらない知識だけだ。
その中から教会に関する知識、しかもシリアスな傾向に絞って思考を巡らせる。
すると今まで見えなかったものが見えてきた。
こういうときに怪しいのは懺悔室だ。
外部から隔絶された密室性は、秘密を隠匿するにはもってこいなのだ。
僕は懺悔室のドアを蹴り開け、中へと飛び込んだ。
怪しげなカーテンを剥ぎ取ると、そこに通信機が隠されていた。
古びた教会には似合わぬ、情報機関が使っているような最新式の無線設備だ。
マーサはこれを通じてスポンサーたちと話をしていたのだ。
こうなったら誰でもいいから、助けてくれる人にすがるしかない。
助力を得られるのなら、先っぽくらいは入れさせてあげても──よくないっ。
「誰かっ、誰か聞こえますかっ?」
僕は無線機のスイッチを入れ、取り敢えず誰でもいいから助けを呼ぶことにした。
すると、当たり前だがホルジオーネ側に傍受されてしまった。
連中の使ってる周波数に固定したままだったのだから、これは当然の失態だわ。
『あら、あなたなの?』
モニターに写ったのは、醒めた目をしたマーサの顔だった。
『そんなところにいたのね。別に捜してたわけじゃないけど』
やっぱり、僕なんかヤブ蚊ほどにも危険視されてなかったんだ。
分かってたけど傷つくなあ。
『この島に向かってくる飛行物体をレーダーが捉えたの。そちらへの対応が優先事項だから』
それはジィナ嬢が率いる、ティラーノの空挺部隊に違いない。
マーサは僕よりも、そちらを危険と判断したのだ。
教会がこうも見事に無人なのは、ダブルオーの陽動のお陰だけじゃなかったんだ。
「シズカはどこだ。彼女を返せっ」
僕はビビりそうになるのを必死でこらえ、モニターの中のマーサを睨み付けた。
『残念だけど、あなたのお友達は処分させてもらうわ』
じゃあねと無線を切ろうとするマーサに必死で食い下がる。
「どうしてそんなことを。シズカが何をしたっての? こっちはアンタに望まれてやって来たんじゃないか」
都知事を暗殺する殺し屋を募集しておいて、応募したら処刑するなんてのは納得できない。
辻褄の合う理由を聞かないことには、報告書も書けないじゃないか。
『都知事を殺せと言われ、軽々しく請け負うような手合いは危険なの。そういう危険因子は排除しておくに限るわ』
そりゃ確かにおっしゃるとおりなんだけど、それは僕みたいな官憲側の台詞だろ。
都知事を殺せって、軽々しく命じるような危険人物には使ってもらいたくない。
『どうでもいいわ、そろそろ処理施設が稼働するころだから。煮えたぎる超酸のプールに浸かればウーシュだってお終いよ』
なんだって。
『あなたもこれで目が覚めるでしょうから、普通の女の子として生きることね。素敵な恋をしなさい』
「うおいっ、ちょっと待てぃ」
いろいろ突っ込みを入れようとした途端、モニターは途切れてしまった。
同時に鳴り続けている警告ブザーがオクターブを上げ、僕の焦燥感を煽り立てる。
強烈な酸に漬け込まれたら、さすがにシズカも無事では済まない。
生体表皮はアッと言う間に崩れ落ち、剥き出しになった装甲とて耐え切れまい。
シズカは泡まみれになりながら溶けていき、この世から完全に消滅してしまうのだ。
ダメだ。
画を想像するだけでトラウマになりそうだ。




