都知事暗殺事件14~シュガー姉妹登場~
いよいよ一刻の猶予もなくなってきた。
気が焦るまま、手当たり次第にその辺のスイッチを押しまくる。
すると、どれが当たりだったのか分からないが、大きなオルガンがスライドを始めた。
地下通路への入り口は、こんなところに隠されていたのだ。
ぽっかり空いた床穴に駆け寄ると、金属製の簡易階段があった。
この下に僕の相棒が囚われているのだ。
「シズカ、待ってろよ」
転げるように階段を駆け下りると、そこはディスポーザーの制御室になっていた。
メーカーの開発部が使っている、大型廃棄物を処理する施設だ。
新製品の機密を産業スパイから守るため、試作品とかを処分するのに用いられている。
おそらく、この床の下に処理プールがあるのだろう。
そこに廃棄物を収容し、高温のフッ酸を満たして撹拌するのだ。
メーカーの処理施設は、大型のエアカーすら数十分で跡形もなく消し去るという。
等身大のバトロイドなど、アッと言う間に溶けきってしまうだろう。
とにかく、急いで酸の注入を止めなければならない。
制御板を出鱈目に押してみるが、2度目のラッキーはなかった。
産業スパイ対策で、一度スタートすると強制終了できない仕様になっているのかもしれない。
「そうだ、フッ酸の注入用パイプを……」
タンクから通じているパイプのバルブを閉めれば、手動で止められるかもしれない。
そこらのパネルとか、開きそうなところは片っ端から開けてみる。
だが、それっぽいバルブやスイッチは見つからない。
続いて床を這いずり回り、継ぎ目らしいものを捜す。
すると、埋め込み式の取っ手が見つかった。
「これだっ」
ボタンを押すと取っ手がせり上がってきた。
それを握り締めて持ち上げると、床下にぽっかりと穴が開いた。
僕がそこに見たものは──。
「シズカァーっ」
僕の眼下、5メートルほど下のフロアに、貞操帯のみを身につけたシズカが横たわっていた。
直ぐに飛び降りようとしたが、無情にも3本の鉄格子が邪魔して抜けられない。
太さ3センチはあろうかという鉄格子は、腐食防止のテフロン加工が施されている。
もちろん僕の力ではどうにもならない。
「シズカっ、起きろっ」
僕の呼びかけにも、シズカは反応を示さない。
硬直してピクリとも動かないその姿は、輪姦の挙げ句に惨殺された死体を思い起こさせた。
お尻にねじ込まれたコードが、傍らに置かれたコンデンサに繋がっている。
アレのせいで、シズカは活動に必要なエネルギーを蓄えることができないのだ。
「シズカ、頼むから目を醒ましてくれっ。もう時間がないんだっ」
今の僕にできるのは、必死で呼び掛けることだけだった。
鉄格子を握り締め、力一杯揺すってみる。
この時ほど、自分の非力を恨めしく思ったことはない。
警告ブザーのトーンが今一度甲高く変調し、絶望感がのし掛かってくる。
同時にツンとした臭いが、鼻孔の奥を刺激し始めた。
プールの四隅に開けられた注入口から、フッ化水素酸の溶液が噴き出してきたのだ。
このままではシズカが溶けてしまう。
幾度となく僕の窮地を救ってくれた命の恩人。
押し付けられた無理難題を、一緒になって遂行する、頼りになる相棒。
そして、肉親がいない僕にとって、この世でたった1人の家族。
そんな大事な存在が、目の前で消え去ろうとしている。
手を伸ばせば届きそうなところにいるのに。
フッ化水素が眼球の水分と結合し、僕の目を灼く。
涙が溢れかえり、前が見えなくなった。
自分が非力なため、掛け替えのないパートナーを失ってしまうのだ。
鉄格子を握り締め、今一度渾身の力を込めた。
「こんなの嫌だぁーっ」
僕が絶叫した時だった、奇跡が起きたのは。
たった今までビクともしなかった鉄格子が、熱せられた飴細工のようにひん曲がった。
「…………?」
僕は自分の両手を目の前にかざして凝視した。
自分の起こした奇跡が信じられず、僕はしばし思考停止した。
嘘みたいなできごとであるが、これは紛れもない現実だ。
「そうだ……シズカっ」
火事場の馬鹿力でも、夢でも嘘でも構わない。
たとえ何かの罠であっても関係ない。
僕はねじ曲がった鉄格子の隙間から、処理プールへ向かって身を躍らせた。
ミニスカートが翻り、パンティが丸見えになる。
恥ずかしがる暇もなく、テフロン加工された床に着地した。
5メートルの落差があったのにも関わらず、足首と膝の関節が上手く機能してほとんどショックを感じない。
すぐさまシズカに駆け寄り、貞操帯に手を掛ける。
頑丈な鎖を一気に引きちぎる。
そして、電気エネルギーを横領しているコードを引き抜いてやる。
ボディを抱き上げると、間一髪でフッ酸の溶液が床面を舐め尽くした。
僕が履いているシンセレザーのローファーがブスブスと煙を上げる。
この靴ではそう長いこと保たないようだ。
「ふぅ……」
深い溜息をついて首を振ったら、嫌なものが視界に入ってきた。
壁に埋め込み式の檻があり、中に双子のチャイニーズニンジャが囚われていたのだ。
だから言わんこっちゃない。
彼女たちはマーサの触手に敗北し、シズカと一緒に処分されることになったのだろう。
姉妹は無言のまま、恐れと憎しみと、そして期待の籠もった目で僕を凝視している。
助けを乞わないところを見ると、自分たちが僕に何をしたのかくらいは覚えているようだ。
こんな連中を助ける謂われはないし、助けてもまた襲ってくるおそれがある。
けど、やっぱり、女の子がこんな残酷な方法で殺されるのを黙って見逃すわけにはいかない。
「むんっ」
気が付くと、僕は檻の横に設置されたコンパネをぶん殴っていた。
厚さ5センチほどの水密扉がひん曲がり、奥から激しい電気火花が飛び散る。
僕の鉄拳が、分厚い扉ごと中にある開閉ボタンを押したのだ。
鉄格子がガラガラと音を立ててせり上がった。
自由になったにもかかわらず、シュガー姉妹は信じられないものを見たように硬直していた。
驚いたのはハンマーパンチの威力にか、お人好しすぎる行為にか。
それとも両方になのか。
「来いっ」
僕が身を屈めて急かしてやると、シュガー姉妹はようやく我に返った。
2人は檻から飛び出すと、僕の肩をジャンプ台にして天井の穴から脱出する。
さすがはクノイチ、鮮やかな身のこなしだった。
僕はシズカを背中に担ぎ直すと、膝を畳んで天井を睨み付ける。
何故だか知らないが、今の僕ならあそこまで飛べると確信していた。
理屈じゃない、体そのものがそう語っていた。
「タッ」
掛け声とともに膝のバネを解放した次の瞬間、僕はシズカを背負ったまま制御室に飛び込んでいた。
薄情にもシュガー姉妹の姿は既に消えていた。
否、最大のチャンスにも関わらず、襲ってこなかっただけでもよしとするか。
「よし。シズカ、逃げるぞ」
僕はシズカをおんぶしたまま階段を駆け上がった。
一階へと戻った僕は礼拝堂から厨房へ抜け、そのまま教会裏の茂みへと飛び込んだ。
薮を突っ切り、ダブルオーと別れた丘の上まで一気に走る。
ここまで来れば取り敢えず安心だろう。
何とか助かったらしい。
ホッと溜息を漏らした途端、急にシズカが重くなってきた。
こいつは、こなきじじいにおぶさられた気分だ。
いや、シズカが重くなったんじゃなく、僕の力がなくなってきたのだ。
たまらず、その場につんのめってしまう。
「なんて重いんだ、君は」
大の字になってハァハァ言ってると、ジワジワと笑いが込み上げてきた。
安堵感と達成感が混じり合い、僕の感情は笑いの形を取るしかなかったのだろう。
他に選択肢があるものか。
しばらくゲラゲラ笑っていると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
さあ、蛋白燃料の補給シークェンスに移行するか。
ジィナ嬢が率いる空挺部隊が到着する前に、ホルジオーネの兵力を壊滅させておかないと。
ティラーノに帝都防衛の手柄を与えてなるものか。
「シズカ。悪いけど、勝手に接続させてもらうぞっ」
シズカはまだ起動していないが、蛋白燃料を先行補給することにより、バトルモードで再起動することができる。
とても紳士の振る舞いとはいえないが、今は不必要な感情移入をしている場合ではない。
シズカの両足首を持つと、無抵抗の関節がグニャリとした感触を伝えてくる。
うわ、これは検死でご遺体を取り扱ってる時の気分だわ。
シズカがピクリとも反応してくれないのもよくない。
「ダ……ダメだ……?」
こんな肝心なときに、補給ホースが制御できない。
まさか女装が過ぎて、役に立たなくなったんじゃないだろうな。
「冗談じゃない」
必死で集中を試みるが、補給ホースは反応しない。
蛋白燃料の補給口をVの字にした指で割ってみる。
まじまじとガン見してやるが、如何にも作り物じみた感じがして余計にシラけてきた。
ウーシュタイプの補給口は、グロさを軽減するためのデフォルメを施されている。
そんなファンタジー設計が、今は仇になっている。
くっ、こうなったらとにかく接続して、無理やりにでも補給するしかない。
「シズカ、ゴメンな」
僕はシズカに謝りながら、萎えたホースを注入口にあてがう。
そして強引に接続しようと前進した。
ダメだ、ヤワなホースじゃどうにもならない。
「おいっ、シズカ。いい加減で起きてくれ」
僕は必死で呼び掛けてみるが、シズカは薄目を開けたまま無表情で硬直している。
こりゃ、いよいよ変死体だ。
「くそっ、これは死体なんかじゃない、ラブドールだと思えばいいんだ」
自分に言い聞かせようとした途端、僕は気付いてしまった。
あくまで人間同士として接してきたせいで、シズカを物として扱うことに心理的な抵抗を感じているのだ。
彼女を大人のオモチャ扱いすることに、自然にストップが掛けられているのだ。
なんてデリケートにできてるんだ、僕のハートは。
頭を抱えて自己嫌悪する僕を我に返らせたのは、いきなり轟いた爆発音だった。
僕は燃料ホースを収めると、身を屈めたまま丘の頂へと這い寄る。
慎重に向こう側を見下ろすと、とんでもない光景が目に飛び込んできた。
無骨な二足歩行型の自動歩兵が20体、整然と隊列をなして行進している。
見たことのない機種だが、あれはホルジオーネのオリジナルマシンなのだろうか。
体高は5メートルほどで、右手にガトリングガン、左手にミニカノン砲を装備している。
先程の爆発音は、あのカノン砲の炸裂音だったようだ。
今まさに先頭の1体が、左腕を振りかざして砲撃態勢に入っている。
その砲身の先には、必死で逃げていくダブルオーの後ろ姿があった。
あの人は律儀にも、まだ囮の役目を果たしてくれているんだ。
僕がシズカを助け出し、再起動させると信じて。
なのに、僕ときたらこの体たらくだ。
ついさっき、火事場の馬鹿力を出したせいなのか、むしろ普段より体に力が入らない。
情けないが、いっそ本当に男の娘になって抱かれてやるくらいしか、ダブルオーに報いる手段はないのか。
ああ神様、僕に彼を救う力をお与えください。
今一度、先程のように奇跡を。
敬虔な信者でもない僕が祈ったところでどうにもなるまい。
それに、こんな時だけ頼られても、神様だって困るだろう。
けど、履いてるパンティは、ガチガチのクリスチャンのサトコから借りてるものなんだ。
ならば、せめてパンティ一枚分くらいの奇跡を。
パンティの御利益があったかどうかは知らないが、僕の祈りは通じた。
奇跡は真っ青な空の片隅に、一点の染みとなって現れたのだ。




