第三話:第一人里発見
えらく細かく覚えている夢を見ました。
朝、ポケモンのアニメを観ていると仕事に遅れ、雨の中なぜか自転車で飛び出したら途中でかぼたんに出会い、抱きよせて告白する夢だったのですよ。
抱き上げたかぼたんは何故か寂しそうに顔をそむけると、その途端に目覚ましがなって目が覚める。
はたして私の現実とはどちらなのか。目を覚ましたこちら側が夢なのか……。
『かぼたんの夢』:この前書きは本編に一切関係ありません。
さて、朝食の後も何をするでもなくだらりとし、昼を過ぎてようやく歩き始めた八突とお狼。
姿は見えずとも野生の獣が寝ている気配を周囲の茂みに感じて羨みつつ、一人旅が二人旅になって最初の朝は始まった。……いや、すでに時刻は昼を回っているが。
「ところで八突。
お前さんの旅は目的が無いみたいだけど、道なりに進んでいるってことは、道なりに進んで見つかる人里には寄って行くんだろう?
一番近くにはどんな里があるんだい?」
「ん~? 近いところだと日が暮れる前には鬼長谷って土地に着くな。
俺もガキの頃に一度訪れただけであんま覚えてないんだがね」
「へ~、あたいは山から出たことが無いから知らないが、あんたもほとんど知らないんだねぇ。
でも、だからこそ楽しみにしていると?」
「ああ。それに鬼長谷の地は昔は悪人が蔓延る危険地帯だったんだが、聖人のような優れた役人が立て直してね。
今じゃ『住むなら鬼長谷みんな幸せ』って謳われる位に国内有数の治安の良さだ」
八突も旅に生きているので幼少の頃も含めればかなりの土地を旅している。
人が自身の生まれた地で生涯を追えるのが当たり前のこの国では珍しいほどに見聞を広めている。
そんな彼が「楽しみ」にしているのだから、お狼だって自然と楽しくなってくる。
そうして二人旅は幸先良く思える第一目的地へと歩みを進めるのだった。
◆ ◆ ◆
「はて? お前さん。こいつは一体どういうことなんだい?」
お狼のつぶやき。
だがその言葉を口にしたかったのは過去と噂を知った上でこの地への訪問を楽しみにしていた八突の方だろう。
荒れ果てた家屋に、道端に生気なく佇む人々。
そんなものの何処に噂に聞く良さがあるというのか?
「……分からん。
俺が前にこの地を訪れた時は親父と一緒のガキの頃だが、その直後に領主が変わり、理想郷のように生まれ変わったという噂だぞ?」
「しかし実際にはこの有様さね。
噂と現実がこうも違うと逆に笑えてくるじゃないのさ」
お狼も軽口を言っては見るものの、彼女自身も八突との二人旅で最初に訪れた地なのだ。
そして生まれ育った山から抜けて初めて見る人里。それがこんな場所では気が良くなるはずもなかろう。
考えていても仕方がないので、八突は手近な人間に事情を聞いてみることにした。
「もし。俺はこの地が理想郷という噂を聞いてやってきた旅の者だが、こりゃ一体どういう状況なんだい?」
声を掛けられた男は路上に寝そべる薄汚れた男。
そんな自分に用がある者はいないと思っていたのか、男はしばし呆けていた。
「おい、あたいの旦那が聞いているんだ!
もう少しまともな反応は出来ないのかい!?」
「おいおい、お狼。
お前が感情的になってどうするよ」
男の反応がつまらなかったのもあるだろうが、楽しみにしていた二人旅の最初の目的地が寂れていることに、お狼は苛立ちを隠しきれないのだろう。
あと彼女は八突を「旦那」と言ったが、山で出会って最初の人里がここなので正式な手続きを役所で行った訳ではない。
が、否定しない八突。きっとこの事が後々影響してくることもあろう。
「へぇ、お前さんらは旅人かい?
どんな噂を聞いてきたのかは知らないが、この地は少し前に領主が変わってからはずっとこうだぜ?」
「領主が変わった?
そんな話は聞いていないぞ?」
「なぁ、八突。
あたいは人間の暮らし自体詳しく知らないんだけど、領主一人に噂と正反対に土地を寂れさせる権限があるのかい?」
「それが出来るのが人間の作った『権力』ってものの凄くて汚いところだよ」
道端にいた男に聞けば、数年前にこの地の領主――聖人とまで呼ばれた白木 蓮太郎という人物は病に伏せり、その子が領主としての後を継いだそうだ。
それだけならば、よくあることで何も問題はない。
問題はないのだが……、これまたよくある話で前領主が弱ったのをいいことに、跡を継いだ息子は前領主の父をそのまま病の悪化に見せかけて毒殺したそうだ。
先代が嫌った暴力と金による支配。ならず者を金で雇い自身は安全と贅沢に浸る日々。
勿論、そのしわ寄せがくるのはこの地に住む普通の人々で、早い話が領主による土地の私物化で、無理難題を吹っ掛けられているってぇ訳だ。
「ふぅむ、そんな話を聞いてしまっては何もしない訳にもいくめぇ」
「おや八突。何かするのかい?
折角だし、あたいの妖怪としての力を発揮してお前さんを守りながらこの地の領主を一人で殲滅するのも問題ないよ?」
所詮は人の集まり。何百年と生きたっぽい大妖怪のお狼にとって、欲におぼれた俗物を始末するなど息をするように自然と行える。
だが八突はその案に反対する。
「なぁ、お狼。お前さんは俺を惚れさせるために付いてきているわけだが俺は相棒だぜ?
相棒なら肩を並べなけりゃ、楽しくないだろ?」
「では何か策があると?」
「勿論ある!
なぁに、俺がお前さんの相棒ってのもあるが、ここは一つ、お前が惚れた男の実力を見てなよ」
そう言って振り返る八突はお狼に手を差し出し、それを取るお狼は二人で歩く。
肩を並べ、向かうは領主の屋敷。
こりゃまた旅の最初からとんでもねぇことになったもんだが、はたして八突は一体どんな策を弄するのか?
次話に続く。
と言っても、この話の後編は明日ではなく、今日の夜に投稿しますけどね。
あと、八突が里の様子を尋ねた薄汚れた男の名前は山本 三吉。
農家生まれの三男坊で口減らしで家を追い出され、噂を聞いて鬼長谷の地にやってくるものの、来てすぐに領主が変わったことでえらいこっちゃと思いつつも、
これまでと別段環境が変わるでもなし、その辺の雑草や虫や魚を食べてその日暮らしの怠惰な生活を送っていた。
そしてこの先の出番はないでしょう。