第二話:あたいの名前
旅人と狼の出会いから一夜明けた次の日。
二人は夜の内に山を越え、今は道中見つけた川にて少し遅めの朝食をとっていた。
「さて、お譲ちゃん。
お前さん、名前がないのかい?」
「仕方がないだろう。
あたいは生まれてこの方、名前を必要としていなかったんだから」
何でもこの狼の娘さん。親はごく普通の狼であり、狩って喰って寝るだけの生き方しか知らなかったそうなのだ。
彼女自身は妖怪変化の類かとも思われるが、本人には人の姿に変化出来る理由も、人間の言葉が話せる理由も、よく分かっていない。
ようするに生まれついての大妖怪である!
……まぁ、それはさておくとして。
特に不便もなく過ごしていたところで最初に出会ったのが旅人の八突だったという訳だ。
そして厄介な男に惚れたもんだ。それに彼女は妖怪として自格してからはずっと一人で生きてきたようだし、その手の経験も知識も薄いのだろう。
「一緒に旅をするなら名前は必要だろう。
オイとかコラとか、そんな呼び名は色気もなければ面白くもないからな」
「ふぅむ、獣として一匹で生きていた頃には名前なんて必要なかったんだけどねぇ~。
まっ、何にせよお前さんに一目惚れしたあたいとしちゃ~、色気は必要だからね。
何か考えてみるさね」
朝食用に川で獲った魚は話をしている間に焼き上がり、香ばしい匂いを漂わせる。
どちらからともなく伸ばされた手がそれを掴むと会話も一時中断されるが、食事の時こそ会話は弾むものであり、八突も狼の娘さんもその例にもれず、口を二通りの意味で忙しくさせる。
「俺がお前に惚れるかどうかは分からんが、やはり人里に行った時なんかに名前が無いと困るからな。
あと、俺のことは下の名前で<八突>って呼んじゃあくれないか?」
「苗字ではなく名前で呼ぶ……ふむ。
確かに特別な間柄のように周囲に思わせれるねぇ。むふ♪」
「別に名前を呼び合うのは恋人限定じゃないさ。
家族や友人、仕事での同僚なんかでもそうだが、俺達の間柄はどっちかってぇと“相棒”が相応しくないか?」
「相棒……ねぇ。
いまいち色気はないけど、あたいの頑張り次第で変えられる関係ってのは悪かないさ。
そんじゃ、あたいの名前を決めるとして……何にすっかねぇ~」
「狼なんだし読み方を変えて、お狼とかはどうだ?」
「お前さんは色気を求めておきながら面白味すらない名前を付けるねぇ。
八突と夫婦になることを考えると、剣御礼って苗字が似合う名が欲しいさね」
「この苗字に似合う名前なんざそうそうないと思うがな」
焚き火から漂う香りに、食べ頃を悟った二匹目の魚に手を出す八突。
「獣は個人を特定する必要はないのか?」
「ないね。そもそもコミュニケーションというものが大ざっぱすぎるから、ある程度感情が分かりゃ、それでいいのさ。
まっ、あたいからすりゃあ人間が複雑すぎるって気もするんだけどね」
「そんなもんか?」
「そんなもんさ」
「じゃあやっぱり、お狼でいいんじゃないかい?」
「お前さん、子が出来ても名はつけん方がいいぞ。
だがまぁ、考えたところで決まりそうにないし、あたいは今日から剣御礼 お狼とでも名乗らせてもらうさ」
「一応、気に入ってもらえて重畳だな。
ところでお狼。魚が一匹余ってるんだがこいつをどう思う?」
「あたいへの貢物だろう?
良いオスはメスに貢ぎたくなるものさ」
そう。ここで男ならば女性を優先するものだ。
それが流れであり、男であり、女であり、かっこよさ……なのだが、
「俺は食い足りんからコイツはもらうぞ」
獣であるお狼ですら反応出来ない速度で焚き火の魚を掻っ攫うと一口で頬張る八突。
半ば予想していたからか、仕方無さげに眺めるお狼の慈愛あふれる目にこそ男らしさを感じるのは気のせいなのだろうか?
「はぁ~、なんであたいはお前さんに惚れちまったのかねぇ~……」
「俺がお狼の知ってる人間ともオスとも違うからじゃないか?
自慢じゃないが、俺は俺のような奴を人間にも獣にも見たことはない」
「確かに自慢じゃないさね」
そうして食事を終えた二人だが、どちらもおしゃべりだからか口は止まらず、太陽が真上に来るまで雑談を続けるのだった。
まるで長年付き添った夫婦のようなのも気のせいかな?
そんな流れで二人の旅は始まったがこの二人のことだ。
この旅に終わりがあるにしても、今と変わりない日常を送っていることだろう。
何故なら二人は楽しむこに何よりも貪欲なのだから。
今日から始まる二人の旅はどうなていくのか?
さてさて、さぞ愉快なものになるんだろうねぇ~。
とまぁ、こんな感じの始まりですが、私は書く側としては小難しい話や面倒極まりない描写を書きたくないので単純明快にサクサクとギャグ要素を交えつつ書いていきます。
それと、「剣御礼 八突」ッて名前は以前に活動報告に投稿した短編の主人公と同じ名前ですが、それとは別人です。
この名前が気に入っていたのでいつか別作品の主人公に使おうと考えていたので、こうして自作品に登場させることが出来て満足しております♪