エピソード8-4
その反応にマサトも驚いたらしく、
「どうかしたか?」
マサトは怪訝そうな顔をしていた。
「それって本当?」
「……ん?」
「好き嫌いがないって本当なの?」
「あぁ。これと言ってねぇけど……それがどうかしたのか?」
「本当にないの?」
「……? あぁ」
「信じられない」
愕然とする私と、そんな私を不思議そうに見ているマサト。
「信じられない? ……てか、なんでそんなに驚いてるんだ?」
「……だって、好き嫌いがないんでしょ?」
「あぁ」
「私はたくさんある」
「は?」
「好きな食べ物も嫌いな食べ物もたくさんある」
「だからそんなに驚いてるのか?」
「うん」
「なるほどな」
マサトは納得したように小さく頷いた。
私は初めて会った。
好き嫌いがまったくない人に。誰だってひとつくらいは好きなものや嫌いなものがあると思っていた。
それが当たり前だと思っていた。
それなのに今、目の前にいる厳つい顔のこの人は、好き嫌いがひとつもないと言う。
私は、自分の中の当たり前をひっくり返されたような気分になった。
「……ねぇ、マサト……」
「うん?」
「昔から好き嫌いがないの?」
「そうだな」
「なるほど、だからなんだ」
「なにが?」
「好き嫌いがないから、そんなに大きく成長したんだね」
「それはあんまり関係ねぇと思うけど」
「そうかな?」
「でも、まぁそれも一理あるかもな」
「えっ?」
「お前は好き嫌いが多いんだろ?」
「うん」
「だから、そんなに小せぇのかもな」
「……っ!」
私はなにも言い返せなかった。
確かにそうかもしれない。
そんな気がしてしまった。
言葉を失った私を見て、マサトは片方の口角だけを上げて鼻で笑う。
その表情を見た瞬間、私は不覚にも――かっこいい、と思ってしまった。
◇◇◇◇◇
鍋の材料に飲み物、お菓子まで大量に買い込み、私とマサトはレジの列に並んだ。
しばらく待ち、ようやく順番が回ってくる。
「いらっしゃいませ。お待たせいたしまし……」
満面の笑みを浮かべたレジのお姉さんは、そこまで言って動きを止めた。
視線の先にいるのはマサト。
どうやら、マサトの顔を見て固まってしまったらしい。
そんな反応にいちばん困っているのは、もちろんマサトだった。
私の頭上から小さな溜息が落ちてくる。
その気持ちはよく分かった。
……たぶん、マサトはスーパーに入ってからずっと我慢していたのだと思う。
すれ違う人たちのさまざまな視線。
気にならなかったわけではなく、気にしていないように振る舞っていただけだ。
それにようやく気づいた私は、申し訳なさでいっぱいになった。
今の状況は、どう見てもマサトにとって居心地のいいものではない。
一刻も早くここから解放してあげなきゃ。
そう思った私は、
「……あの……」
レジのお姉さんに声をかけた。
遠慮がちな小さな声に、お姉さんははっと我に返る。
「……申し訳ありません」
慌てたように頭を下げ、カゴの中の商品へ手を伸ばした。
軽快な電子音とともに、商品が次々と別のカゴへ移されていく。
私はその音を聞きながら、隣のマサトをちらりと見上げた。
私の視線に、マサトはすぐ気づく。
……やっぱり一言、謝ろう。
そう思って口を開きかけた。
だけど、その言葉は出てこなかった。
マサトが穏やかに笑っていたからだ。
なにも言わなくていい。
彼がそう言ったわけじゃない。
それでも、その瞳はそんなふうに語っている気がした。
私はそんなマサトを見て思う。
……この人は、私が思っているよりずっと大きな人なんだ。
身体のことを言っているわけじゃない。
まぁ、確かに身体も大きいんだけど。
そうじゃなくて、人としての器というか。
うまく言葉にはできないけれど、心が広いというか。
またひとつ知ったマサトの一面に、胸の奥がきゅっと締まる感覚が残った。




