エピソード6-3
「……きゃっ」
素早く立ち上がり、そのまま颯爽とジュースを買って渡そうと思っていたのに……。
ヒールの高いサンダルを履いていたせいでバランスを崩した私は、
「……おい!!」
「……っ!!」
派手に転びそうになり、危ういところでマサトさんの腕に支えられた。
「……ビックリした……」
激しく脈打つ心臓を押さえる私に、
「……俺の方が焦ったし……」
マサトさんが大きく息を吐く。
「……あっ、ご……ごめんなさい」
私の胸の下から背中へ回された長い腕。
服の上からでは分からなかったけれど、その腕は太くて硬かった。
目の前には大きく広い胸がある。
マサトさんは私の身体をゆっくりベンチへ戻し、顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「……う……うん」
なかなか落ち着かない心臓の音が、マサトさんにまで聞こえてしまいそうで妙に落ち着かない。
「……良かった」
大きな手が伸びてきて、私の頭を撫でた。
その撫で方は、とても優しいとは言えないものだった。
髪はあっという間にボサボサになる。
それでもその手は温かく、不思議と心地よかったから、私はされるがままだった。
ひとしきり私の髪を乱したマサトさんが、
「いいか? ヒナ」
頭に手を置いたまま、真剣な表情で私を見つめた。
「……うん?」
「お前は動くな」
「……はい?」
「そのうち絶対に大ケガすんぞ」
彼がなぜそんなことを言うのかは分からない。
けれどマサトさんの表情があまりにも真剣だったから、
私は大きく頷いた。
「……よし」
満足そうに呟いたマサトさんは、私の頭から手を離して立ち上がった。
その動きを見上げている私に、
「いいか? 俺が戻るまで絶対にそこから動くなよ?」
「えっ? う……うん」
「絶対だぞ?」
「……うん」
念を押すように何度も確認したマサトさんは、まだなにか言いたげな様子だった。
けれど状況を飲み込めていない私の顔を見て、その言葉を飲み込んだ。
マサトさんは自販機へ向かって歩き出し、私はその背中を見つめていた。
言葉の意味は分からないけれど……。
どうやら私は、ここから動いてはいけないらしい。
あれだけ何度も言われたのだから、大人しく待っていよう。
私は足元に転がっていた小石を蹴った。
軽く蹴ったつもりだった。
けれど思った以上に力が入っていたらしく、私の足で弾かれた小石は、驚くほど勢いよく飛んでいった。
飛んでいった石は近くを歩いていた人の足に当たり、そのまま地面へ落ちた。
「……痛っ」
その声はもちろん私のものじゃない。
声の主はそう言うと同時にこちらを振り向いた。
私より少し年上に見える男の子。
その顔を見た私は小さく息をついた。
……良かった……。
当たった相手がおじいちゃんやおばあちゃんみたいな年配の人じゃなくて。
もしお年寄りにケガをさせていたら大変だったし。
「……おい」
胸を撫で下ろしていた私の前に、いつの間にか男の子が来ていた。
不機嫌そうな声に、一気に現実へ引き戻される。
「えっ? ……あっ、すみませんでした」
「すげぇ痛ぇんだけど」
痛い?
確かに石が当たったのだから痛いのかもしれない。
でも、その石は小指の爪くらいの小石。
そこまで痛くなるものだろうか。
「うわっ、痣になってる」
男の子はジーンズをまくり、足首の辺りを指差した。
私はベンチに座ったまま身を乗り出してそこを見たけれど……。
……暗くてよく見えない……。
痣らしきものは確認できなかった。
必死に目を凝らしていると、
「どうした~?」
声と複数の気配がして顔を上げた。
そこには、私が石を当てた男の子と、その友達らしい二人の姿があった。
「ちょっと見てくれよ」
「なんだ?」
「石をぶつけられてさ」
「はぁ? どこだよ?」
「ここんとこ。青痣になっててすげぇ痛いんだよ」
そう言って男の子が指差したのは、膝の少し下あたりだった。
……あれ? さっきは足首の辺りだった気がするんだけど……。
男の子が示した場所を見ても、青痣なんて見当たらない。




