契約
『……僕を呼ぶのは君か……』
眩い光が収まると、召喚陣の中央に人が浮かんでいた。
水色の長髪をハーフアップに纏めた、眼鏡の青年。レンズの奥には金色の瞳。
私を見るその眼差しは、酷く冷たく見えた。
でも……どこか、自分と似ている匂いを感じる……。
「なっ……貴方は……!」
隣に居る教師がアワアワと焦っていた。
「も、もう一度、召喚し直した方が良い……あの方は……難しすぎる……」
『ハッ……呼び出しておいて帰れと?貴様は僕を馬鹿にしているのか?』
「いえ!そうではなく……その……この子にはまだ、貴方の制御が難しいかと……」
『ふむ……。』
呼び出された人と教師が話している。
当の本人であるリュシルは、キョトンと小首を傾げながら、召喚陣の中央で浮かぶ英霊を見ていた。
その姿を金色の瞳が射抜く。
『……フ、ハハハっ……なんだ君は。何とも面白い魔力をしているな。』
「……え?」
『良いだろう。僕が君の魔力を使ってやる。……有難く思え。』
尊大な物言いで、左腕に嵌められた腕輪に勝手に入って行ってしまった。
「……えと……契約、成立……ですか?」
自己紹介すらなく、消えていった人。学者のような姿をした英霊だった。彼を呼び出した魔力の持ち主、リュシル・フォンテーヌは隣で分かりやすく頭を抱えている老年の教師に確認をした。
「あぁ、成立してしまった……まさか彼が出てくるとは……。リュシルさん、これから大変だとは思いますが……頑張りましょう。」
老年の教師ロベールは、額に浮かぶ汗をハンカチで抑えながら儀式で使った聖水などを片付け始めた。
「あ。リュシルさんは遅れての入学なので、この後、医務室で身体測定と体質について校医と面談してくださいね。」
「はい、分かりました。」
召喚の間を出て、医務室を目指す。
「……あ。……医務室って、どちらでしょう。」
いけない。先生に聞き忘れてました。
召喚の間は渡り廊下で繋がれた校舎とは別の建物だったので、校舎まで戻ってきたはいいが……分かれ道で立ち止まる。
戻って先生に聞きに行くべきかしら……。
『……はぁ。……右手の通路を道なりに行って階下に下がれ。』
「 ! 」
脳に直接響いてくる声。腕輪に嵌っている魔法石が光っていた。
「……ありがとうございます。」
彼はどうやらこの学園に詳しいらしい。先生も知っているようだったし……
ずっと、未練があるのかしら……。
ひとまず、言われた通りに進んでいく。階段を降りきったところで再び声が脳内に響いた。
『廊下に出て左側に見えるだろう。』
左を向けば、奥のドア上に「医務室」のプレートがあった。
「ありました。案内、ありがとうございました。」
『事前の確認を怠るなど、非合理的だ。』
腕輪に礼を言うが、返ってきたのは辛辣な言葉だった。リュシルは少し眉を下げてすみません、と謝罪し医務室へ向かった。
医務室をノックすれば中からどうぞと言う男性の声。校医は男性のようだ。
「失礼致します。1年のリュシル・フォンテーヌです。」
「あぁ……フォンテーヌ嬢ですね。お話は伺ってます。こちらへどうぞ。」
促された椅子に座り、ファイルを開く校医に視線を向ける。
濃い青髪を片側に纏めて縛ってある。柔和な雰囲気と白衣が似合っていて、女子生徒に人気がありそうだなぁなんてぼんやりと思った。
「僕は校医のユリウスと申します。少し問診させてくださいね。えぇと。フォンテーヌ嬢は……魔力過多症、でお間違いないですか?」
「はい。そのように診断されています。」
「入学式の時も高熱で欠席との事でしたが、原因はそれですか?」
「はい……。お恥ずかしながら……。」
しゅんと目を伏せる。
「いえ、少数ですが昔からある症例なので問題ありません。ただ……フォンテーヌ嬢の場合は合わない魔力があるようだ、という点が気になりますね。これは何か今までにご経験が?」
「……子供の頃なのですが、使用人の魔力と接触して酷い魔力酔いを起こしたことがあります。」
「なるほど……。と、なると触診は控えた方が良さそうですね。うーん、召喚獣が大型ならいざと言う時に運んでもらうことも可能ですが…フォンテーヌ嬢は何と契約を?」
「えと……水色の長い髪をした学者さん?の英霊でした。」
「……え……まさか……」
笑顔だったユリウスの顔が引き攣る。
『……貴様も僕に文句でもあるのか?』
突然、隣に姿を現した召喚獣もとい英霊。
「いやっ……まさかヴィクトル様とは……」
こめかみ辺りを押さえて、ユリウスは憐れんだ表情を見せた。
「……ヴィクトルさん、と言うお名前なんですか? 私はリュシル・フォンテーヌと申します。宜しくお願いします。」
隣に立つ英霊ににこりと微笑んで自己紹介をする。やっと名前が分かった。
『……ヴィクトル・ルサージュ。……コレの触診が必要な時は僕がする。』
それだけ言って、また腕輪に戻っていってしまった。
「あー……はい、分かりました。フォンテーヌ嬢の体質考慮の為、触診が必要な場合は召喚獣が行う、と。」
ユリウスがファイルに記入していく。
「ヴィクトル様ならば、属性は水ですね。」
そうなんだ……。言われてみれば腕輪の魔法石は青い色だ。貰った時は無色だったので契約時に属性が決まったのだろうか。
「フォンテーヌ嬢は1週間遅れの入学になりますが……まだ本格的な授業という程でもないので、ついていけると思います。困った事があったらいつでも相談に乗りますからね。……まぁ、ヴィクトル様がついていれば僕の出番はあまりないかと思いますが。」
「……ヴィクトルさんて皆さんお知り合いなんですか?召喚の時もロベール先生が焦っておられまして……」
こてんと小首を傾げる。
「そうですね。彼は何度か召喚されているので、教師陣は面識がありますね……ただ……いえ、僕があれこれ言うより、これからフォンテーヌ嬢が彼と沢山交流した方がいいでしょう。」
「……分かりました。早く打ち解けられるように頑張ります」
柔らかく目を細めて頷いた。
確かに、人から聞くより自分の目で見て判断した方がいいだろう。
その後は身長と体重を測り、どちらも低過ぎるので出来る限り改善していこうと食生活の指導をされ、自室に戻ることになった。
校舎を出て、寮へ向かう。
距離は目と鼻の先だが、長年ベッドの上で生活していたリュシルにとって、これだけ歩いたのは久しぶりかもしれない。
はぁはぁと息が上がる。
何とか寮の受付に着いて、挨拶をした。
「本日からお世話になります、リュシル・フォンテーヌです。宜しくお願いします。」
「フォンテーヌ嬢ですね。荷物は運び終えています。部屋は三階二号室。鍵はこちら。女子寮は右手側になります。部屋に規約が置いてありますので、確認お願いいたします。」
「ありがとうございます。」
疲れているが反射的ににこりと微笑んで鍵を受け取ると、右手側の入口へ向かった。どうやら反対側が男子寮になっているらしい。
入口を入ると長い廊下が続いていた。左側は食堂らしく、男子寮とも繋がっているようだ。
食堂の前を抜け、道なりに曲がると談話室があった。こちらも食堂と同様に男子寮とも繋がっているみたい。面白い作りだ。
談話室の先は扉の向こうに階段が見える。扉の前にはマジックキーのシルエットがあった。
どうやら、鍵はここでも必要らしい。なるほど。ここから先は男子禁制と言う感じなのだろう。
先程受け取ったカード型の鍵をかざすとロックが解除され、階段へ行けるようになった。
……三階……頑張ろう……
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
二階まで何とか登って、踊り場でしゃがみ込む。
あと一階分の階段がとても長く感じる。自分の体力の無さに落ち込みながら、あと少し、と立ち上がる。
『……君は馬鹿なのか?』
「ひゃっ!」
突然現れたヴィクトルに驚き、ビクリと肩が跳ねる。
『……連れていけと命じれば良いだろう。何故そんな時間を無駄にする。』
「はぁ……はぁ……、ヴィクトルさんは、道具ではないですから。……それに、これくらい登れないと、授業にも参加できません。」
『……ハッ……面倒だ。もっと効率的に時間を使え。』
言うや否や、ヴィクトルの腕がリュシルの背中と膝裏に伸ばされ、あっという間に持ち上げられていた。所謂お姫様抱っこの形だ。
「あ……えっ……お、降ろしてください……!自分で歩きますっ」
『部屋に行くまで何時間かける気だ。暴れると落とすぞ。』
「う……」
『そんな脆弱な身体でなぜこんなところに来た。君のようなやつはすぐに死ぬぞ。』
ヴィクトルの言葉に返事はなかった。抱っこの抵抗もやめ、ただ困った様に微笑むリュシル。
なんだこの女は。死ぬために来たとでも言うのか。
笑顔の裏に何を隠すのか、ヴィクトルは睨むようにリュシルを一瞥するともう何も言わずに部屋の前まで進んだ。
『鍵を開けろ。』
「分かりました。」
手にしていたカードキーを魔法でロックされている扉に掲げる。静かにロックが解除され、ヴィクトルはリュシルを抱き抱えたまま器用にドアを開けた。
部屋は思ったよりも広く、机にベッド、クローゼットにソファとテーブルもある。クローゼットの脇には続き扉も見える。
ヴィクトルはソファにリュシルを下ろしてくれた。
「ヴィクトルさん、ありがとうございました。助かりました。」
お辞儀をして見上げる。ヴィクトルは腕を組み、じっとリュシルを見下ろしていた。ヴィクトルの視線に小首を傾げる。
「どう、しましたか?」
『魔力過多と言っていたか……ものは試しだ。僕に魔力を供給しろ。』
「あ、はい。……どうしたら、いいですか?」
『……チッ……』
舌打ちをして右手を差し出すヴィクトル。
『触れていた方が分かり易い。手を出せ。』
「はい……」
『この手に魔力を送るイメージをしろ。道が出来れば僕の方で吸い上げる。』
「魔力を……送る……みち……」
リュシルは言われた通りに瞳を閉じて、イメージをする。自分の手を通じてヴィクトルの手へ魔力が流れるイメージ。細い小川のような魔力が、ヴィクトルの手まで伸びる。繋がったと思ったら、すごい勢いで身体の中を魔力が移動していく感じがした。
「……っ!」
『離すなよ。』
魔力が身体を駆け抜ける感覚に驚き、リュシルの手がびくりと震える。その手をヴィクトルが掴んだ。
『……これは……凄いな。よくこんなにも溜め込めたものだ。』
「……わぁっ……身体が……軽いです……!」
先程まで、重たかった身体があっという間に軽くなる。生まれてから今までこんなにも身体が軽いと感じたことはなかった。驚きに目を開くと、ヴィクトルの周りに水球が沢山出来ていた。フワフワと浮かぶ水球はリュシルの魔力を吸い上げて数を増やしていく。
「……これくらいでいいだろう。」
その声が、今度は脳ではなく、確かに耳から聞こえた。
さっきまでは耳から聞くと言うよりも脳に響く感じだったのに……。
水球に目を奪われていたが、ヴィクトルを見れば召喚した時よりも輪郭もハッキリしている。
「僕達は術者の魔力で身体を維持している。」
「……つまり……?」
「君が魔力を寄越すほど、僕は長く顕現できる。」
「そうなんですね。……こんなにも身体が軽いのは初めてです。ありがとうございます。これなら授業も受けられそうです。」
「……フン。礼などいらぬ。君は僕の研究対象なだけだ。これからしっかりデータを取らせてもらう。まずは今供給された魔力がどれくらいで元の状態に戻るかだな。臨床実験は久しぶりだ。」
嬉々としてリュシルを観察するヴィクトルは繋いでいた手でそのまま脈を測り始めた。
暫しの沈黙の後、どこかから出てきた紙にカリカリと書き込んでいる。その姿をリュシルは優しく目を細めて見つめていた。
不思議な人。そして――きっと、優しい人。
身体が軽くなったリュシルは気になっていた続き扉の向こうを覗きに行く。洗面台にトイレとシャワー室があった。
「……わぁぁ」
思わず小さく声が漏れた。
入口脇の棚には魔石ポットとティーセットが置いてある。魔石ポットは火を使わずにお湯を沸かせるので、簡単なティータイムは自室で取れるらしい。
クローゼットには自宅から送ってもらった服と制服の替え。ドレスも二着入っていた。
ベッドはシンプルだが、お布団はふかふかでサイドテーブルも置いてある。
机には愛用の裁縫箱と、学園の教材が置かれていた。
今日からここで生活するんだ……楽しみでもあり、不安でもある。
うん、頑張ろう。
「そう言えば……ヴィクトルさんはお食事などはどうするんですか?」
「不要だ。魔力さえあれば身体を維持できる。味覚はあるが嗜好品の一種だな。」
「そうなんですね。じゃぁ、嗜好品はいかがですか?」
ティーセットをテーブルへ持って行き、ヴィクトルに問う。
「……不要だ」
変わった子だ……
暫しじっとりとした目でリュシルを見て短く嘆息する。
「それを飲んだら君は少し寝なさい。」
「え?……元気ですよ?」
「自己管理もできないのか。……君、発熱しているぞ。」
「ねつ……?」
「チッ、魔力過多の影響か。……君は恐らく、ずっと微熱が出ている状態だろう。今は魔力を僕に渡しているから少し休めば下がるはずだ。明日から授業に出るつもりならば僕に従え。」
「分かりました。」
「……君はおかしな子だな……」
呆れたような声だった。
けれどその金色の瞳は、初めて興味を持ったようにリュシルを見ていた。
今回の術者はどこまで耐えられるか。魔力過多のデータも取れそうで僕には良いこと尽くめだ。
無表情だったヴィクトルの口角が少しだけ上がっていた。リュシルの向かい側のソファに座り、またカリカリと紙に書き込んでいく。
その姿を眺めながらリュシルは紅茶を飲んでいた。
「君の家系は魔力量が多いのか?」
「そうですね。過多症まではいかずとも魔力酔いで幼少期に寝込むのは系譜のようです。」
魔力酔いは幼少期には珍しくない。
けれど大抵は一、二歳で落ち着くものだ。それがもっと長く続くというなら、それだけ強い魔力を持つ家系なのだろう。
「ふむ……。君はどうやってその魔力を扱っている?」
「物心が着く頃には既に家庭教師がいらしてました。……記憶にない頃から良く暴発していたらしくて……感情を高ぶらせないとか、魔力に蓋をするイメージとか……淑女教育と並行して暴発させないようにと教わりました。」
「なるほど。扱いを学んだのではなく、抑え込むことを学んだ、ということか。」
質問しては書き、質問しては書き……そのやり取りを何度かして、リュシルのティーカップの中身が無くなるとそれは終わった。
「飲んだな。寝ろ。」
ベッドを顎で示し、リュシルのカップを取り上げると魔法で綺麗にしてから片付けた。
「ありがとうございます。」
「礼をする暇があったらさっさとベッドに入れ。」
「はい。」
背を向けたまま冷淡な声で言われるが、内容はリュシルを労るものだ。ふふっと微笑み、言われた通りにする。靴を脱ぎベッドに入った所でヴィクトルは振り向いた。それが彼なりの配慮だったのだと気付いてリュシルは何だか温かい気持ちになった。
「……何をニヤケている?」
「いいえ。ありがとうございます。」
「君はそればかりだな。」
それきりヴィクトルはソファに座って、またどこからか現れた本を読み始めた。
ペラ……ペラ……と時折聞こえてくるページを捲る音が心地良くてリュシルはゆっくりと眠りに落ちていく。
規則正しい寝息を聞こえてきた頃、ヴィクトルは本を閉じてベッドの傍に立った。無表情でリュシルを見下ろす。その瞳はリュシルの魔力の動きを見ていた。
……睡眠時も魔力が蠢いている。まるで凪ぐことを知らない湧水のようだな。この魔力を押し留める精神力には驚きだが……この小さな身体によく『抑え込む』と言う指導をしたものだ。家庭教師の失態だな。
コレは出し続けなければ駄目だ。 大量の魔力は身体を蝕む。
……定期的に魔石へ付与していれば、ここまで衰弱はしなかっただろうに。……休みになったら実験だな。ついでに魔力の扱いを教え込めば冒険者としてそれなりに活動出来るだろう。
脳内で指導計画を練りながらヴィクトルは腕輪の中に消えていった。




