夏祭り 2
石段を登りきった僕の膝はもうガクガクで、ついたとたんにへたり込んでしまった。光はそんな僕を呆れ顔で一瞥したけど、小さな溜息をついただけで何にも言わない。代わりにその隣に立つと、他連中を探すように周囲を見回した。
僕は乱れた呼吸を何とか整えようと、深呼吸を繰り返してから、ようやく顔を上げた。
傾きかけた日差しは一刻ごとにその角に丸みを帯びさせ、蝉の鳴き声を連れてきていた。僕達を取り囲んでいるかのように響くその声は、何かに反響しているかのようにも聞こえた。
一番目についたのは、正面にでんと構えた大きな桜の木だ。
きっと樹齢はかなりのモノなのだろうその大木は、それでも瑞々しい生命力と人間を圧倒させる何かを静かにこの空間に据えていた。それでいて、威圧感というものはなく、まるで……そう、まるで、母さんの様だった。
大きくて、包んでくれる……。
僕は、ふとお腹の大きな母さんを思い出して、胸が苦しくなった。僕がここに来る前にも何度か入院を繰り返していた。詳しい状況はわからない。ただ、病院は父さんの事が思い出されて、急に不安になってくる。
光が誰かに手を振った。
その方を見ると、先に行った連中だった。希の姿はないが、小さな男の子と、六年生くらいの男の子。それに手を引かれている小さな女の子だ。
僕はこの小さな子もあの石段を上ったのかと思うと、驚いた。思わず振り返りかけて、さっきの言葉を思い出してギクリとする。
光はその様子に気がついて軽く笑った。
「もう振り返ってもいいぜ。登りきったらいいんだ」
「……別に、そんな迷信信じてないし」
ちょっとビビった事に恥ずかしくて僕は悪態をつくと、そうっと振り返った。石段は地面まで吸い込まれそうなほど伸びている。
「あの子もこの石段を?」
「いや、たぶん兄貴の方が背負って来たんだろ。ハヤテはここの神社の子だからな、この石段なんか全く問題ないし」
そうなんだ。つくづくこの村の子どもの体力に僕は感心して、もう一度桜の木を見上げた。きっと、この桜にも何らかの迷信はあるんだろうな。十分そう考えられたけど、彼らが声をかけてきたので、ここで聞くのは止めた。何より、不思議探偵局の局長さんとやらに、僕がこう言う話に興味があると思われたくなかった。
「よう! お前らもう終わったのか?」
光の声に、三人は頷いた。
「でもさ~、まだお客さん少なくて。俺の時なんて、俺のジィさんと父ちゃんくらいだぜ」
少し大柄の子が妹の手を引きながら口を尖らせた。妹の方はニコニコして手にした綿飴を僕らに見せるように少し上げて見せた。
「で、さっそく買わされたんだ。美味いか?」
「うん!」
女の子は嬉しそうに頷いた。一方、たぶん……この子がこの神社の子っていうハヤテなんだろう……小さな男の子は、二人の後ろに隠れてしまっていた。視線は感じるけど、目を合わそうとしてくれない。
「翼も光も早く行ってこいよ。勝負すんだろ?」
「?」
そうだ、忘れかけてた。僕は祭りで、たぶん正確には祭りの出店のアトラクションで彼と勝負する事になってたんだ。僕は財布があるのを確認すると、立ち上がりようやく整った呼吸を、もう一度だけ深くついて店の方を見た。
座っている時には鳥居とこの大きな桜の木しか見ていなかったけど、思っていた以上に出店の数はあった。
「そうだよ。早く勝負しよう!」
射的に向かい始めた僕の腕が、ぐいと引かれた。僕は眉を寄せて振り返ると、光が唇を尖らせていた。
「何、早まってるんだよ。まずは軍資金稼がなきゃならないだろうが」
「?」
そういや、さっきこの子たちもお客がどうのって言ってたっけ。
光は親指を立ててたこ焼き屋の方を指すと
「ほら、今年はあそこでバイトする事になってるんだ。お前も来いよ!」
「え? 子どもが働くの?」
「子どもでも、大人でも、金が欲しけりゃ働くのに決まってるだろ? 変な奴だな!」
光は今度は馬鹿にするようにそう言うと、カルチャーショックを受けている僕まで引っ張っていた。




