仲間はずれ 3
「ごめん。覚えてない」
あれから色々あり過ぎた。
父さんが大きな病気になって、入院して。母さんが看病にかかりきりになって、でも父さんは治らなくて。
僕が母さんを守るんだって思ってた、その矢先にあいつが現れてあっという間に家に上がりこんで、それで、それで……。
色んなことを一気に思い出すと、また涙が込み上げてきた。
哀しいんじゃない、悔しいんだ。
見ているだけで、何にも出来なかった事が、僕は……。
「翼君? どうしたの? いいよ! 覚えてなくて! こんな何にもない田舎と違うもんね。忘れて仕方ないよね。だから……」
希は僕が申し訳なくて泣いているのだと勘違いしているのか、一生懸命に僕を慰めようとしてくれていた。
そうだ、何となく覚えている。
4年前の時も、僕が道に迷って困っている時、この村の子どもが助けてくれたんだ。その時、ずっと僕の手を握ってくれている子がいた。それはきっと……。
「ごめん。希ちゃん」
僕は鼻をすすると安心させたくて笑って見せた。
希はすぐにホッとして、顔をほころばせる。
大きな目に真っ直ぐに伸びた黒い髪。飾り気のないTシャツに短パンで男の子の様な格好。僕のクラスにはいない感じの女の子だ。
「いいよ。そりゃ、忘れられるのって悲しいけど、また会えたんだし、新しい思いで作ればいいんじゃない。それより、今日、お祭り行く?」
そう言われて、僕はおばあちゃんがそんな事言っていたのをチラリと思いだした。次いで、あの男の事も思い出す。帰ってくれてればいいけど、もう顔を合わせるのも嫌だ。祭に特別な興味があったわけじゃないけれど……。
「行こうかな」
僕はぽつりとそう言った。
すると希は嬉しそうな声をあげて両手を合わせ僕を見る。
「じゃ、皆で行こうよ! 私、浴衣着るんだ! 月詠神社ってわかる?」
僕は素直に首を横に振る。
「ここにある大きな神社だよ。ハヤテのお家なんだけど、結構おっきなお祭りなの。皆で待ち合わせて行く事になってるから、翼君も一緒に……」
「希!」
彼女の声を遮って、砂利音と一緒に声が飛んできた。
顔を見なくても誰のものかすぐにわかる。こんな攻撃的な声は奴しかいない。
僕がゆっくりと岩の上から視線を落とすと、光は走って来たのか息を切らせて僕らを見上げていた。
「なんでお前がこいつといるんだよ! さっさと降りろよ! 河童にさらわれるぞ!」
顔を真っ赤にして怒るその様子で、僕はピンときた。
もしかして、光は……。
「何よ! 河童が出てくるのは雨上がりだけです~。ばっかじゃないの!」
希はそう言って舌を出した。二人のやり取りはまるで河童の存在を信じきっているかのようで、いや信じているのかもしれない。僕はその方がおかしくて少し笑ってしまった。
それを光は目ざとく見つけ、地団駄を踏む。
「なんだよ! 何がおかしいんだよ! ほんっとに嫌な奴になったな! もう、祭りにはさそわね~ぞ!」
「私がもう誘いました~」
「なんだとぉ!?」
二人のやり取りはまるで漫才だ。本人たちは本気の口喧嘩なのかもしれないが、傍から見てると恥ずかしいくらい仲が良く見えた。
僕は苦笑を噛み殺しながら岩から降りると、光に見せつけるように希に手を差し出す。
「希ちゃん、つかまっていいよ」
「え? あ、ありがと」
キョトンとする希は意図がわかっていない様子で、目を丸めながら僕の手を取って反動をつけて岩から飛び降りた。
刺さるような光の視線が小気味いい。
僕はわざと希を丁寧に扱って見せた。
「けっ。なんだよ! いつもは自分でサルみたいに飛び降りるくせにさ」
「サルってなによ~!」
「怒ったら、もっとサルみたいだぜ! ウキキ! サル女~ウキキキキ」
光の子どもじみたちょっかいに、希は本当に顔を真っ赤にしてむくれた。僕は手を叩くと
「はいはい。もういいよ。ふざけんのはここら辺で」
そう声をわざと大きくした。サルのモノマネをしていた光はその動きを止めて、つまらなそうに下唇を突き出す。悪いが、よっぽどその顔の方がサルの様だった。
「なんだよ。翼は厭味でその上キザな奴になったんだな。つまんねぇ」
「キザかどうかは知らないけど、君よりは大人だと思うよ」
そう言いかえすと、彼はますますムキになって詰め寄った。
「喧嘩売るつもりか?」
精一杯の低い声は威嚇のつもりだろうが、まるで怖くない。僕は口の端で笑い飛ばすと
「そっちが売るなら買うさ」
と返した。「ちょっと…」と心配する希の声が聞こえたけど、これは男同志の問題だ。
僕より少し背の低い彼を睨みつけると、彼も怯まず睨みかえしてきた。
そして
「いいだろう。じゃ、祭りで勝負だ。祭の日に喧嘩は出来ないからな」
「?」
またわけのわからない事を口走った。
「いいか。6時に神社の石段の前で待ち合わせだ。逃げるなよ!」
「そっちこそ」
光は鼻を鳴らすと、ぐいっと希の手を引っ張った。
「行くぞ!」
「ちょっとぉ!」
非難の声もなんのその、光は希を強引に引きずるように連れて行ってしまった。
そして、僕はまた河原に一人になった。
二人の背中を見送る。成り行きとはいえ妙な事になったな……そう思いはしたけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
それにしても、祭りに日にどうして喧嘩できないんだろう?
「おばあちゃんにでも訊いてみるか」
僕は呟くと足もとの小石を拾った。
祭りで勝負するなら軍資金がいる。どの道家に戻らないといけない。
またあの馴れ馴れしい男の事を思い出して僕は眉をひそめ、小石を水面に向かって思いっきり投げた。
小石は水面を2度だけ跳ねて川に吸い込まれた。
前に来た時父さんは、向こう岸まで小石を跳ねさせた。ふとその事を思い出して、僕はまた嫌な気分になった




