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空蝉  作者: ゆいまる
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夏の終わり 2

 空知八雲さんは『月読神』について調べている民族学者だという事だった。

 月詠神社は、日本では珍しい月の神様を信仰する神社の一つで、名前の由来は月を読む転じて吉兆を占うなんて言う意味があるらしい。


「また、月読神はもともと生命の源である水や海をつかさどり、人に不老不死を与える、若返らせるとも言われていました。加えて月詠神社の『詠み』は『黄泉』にも通じ、昔は甦り信仰があったとされていました……」


 八雲さんはそういうと、自分のポケットからボロボロになった手帳を取り出して広げて見せてくれた。

 そこには良くわからない難しい漢字や、見た事のない珍しい図柄が並んでいる。

 その中に、僕は不思議な形を見つけた。


「あ、これは……蝉、ですか?」


 丸い形に線が何本か交差している。見ようによっては蝉に見えなくない形だった。

 八雲さんは頷くと


「これはこの村の月詠神社のご神体についている模様です」


「へぇ」


 八雲さんはその模様を指でなぞると、ふぅと重い重い吐息を零した。


「私がこの村に来たのは4年前。この村の神社で100年に一度の月詠祭が行われる日です」


「まつ……り?」


 僕は妙な胸騒ぎがして眉を寄せた。

 その響は、昨夜の夏祭りの様な華やかなものと言うより、もっと陰湿で大っぴらではないような……。


「それも、覚えていませんか。君は、その祭りの時にいたはずなんです」


「僕が?」


 八雲さんは頷くと、もう一度蝉の模様に目を落とした。


「翼君は、蝉が何かのシンボルだって聞いた事はありませんか?」


「蝉がですか?」


「ええ」


 僕は急な話の飛躍に戸惑いながらも質問の答えを探してみた。

 蝉……蝉……蝉。

 夏休みの象徴。それくらいしか思いつかない。

 僕は仕方なく首を横に振ると


「わかりません。でも、アヤメちゃんは自分は『空蝉』だって言ってました。空蝉って、蝉の抜け殻の事ですよね?」


 夢の中にいた4年前の僕らはそんな話しをしていた。

 八雲さんは『空蝉』の単語に一層顔を曇らせると、哀しそうな顔をして微笑んだ。


「ええ、アヤメは空蝉。正確には100年に一度の月詠神に選ばれる空蝉の巫女なんです」


 八雲さんはそういうと、視線を窓の外の方に向けた。

 外はもう真っ暗で、カーテンの隙間から星空が見える。


「蝉はね……再生。蘇りのシンボルなんです。中国では今でもそうなんですよ。そして、空蝉の巫女こそ、死者を蘇らせる力を与えられた者」


「え……」


 僕はまた混乱して言葉を失った。

 八雲さんはそんな僕に頷くと、わかりやすいように言いなおした。


「つまり、アヤメは死者を蘇らせることができるんです。そして、その力を授かったのは4年前、君と出会ったあの夏です」


 僕は息を飲んだ。

 死者を蘇らせる?

 馬鹿な。

 じゃ、昨日見た父さんは、今日僕らを助けようとした父さんは……蘇った死者!?


「でも、そんな事が……」


 八雲さんは深く頷くと、もう用無しだと言わんばかりに手帳を閉じた。


「私も信じていません。いや、信じていませんでした。君のさっきの言葉を聞くまではね」


 僕の言葉?

 何か言ったっけ?首を捻る僕を置いて、八雲さんの話は続いた。


「死者が蘇ることなんかあるはずがない。でも、4年前の祭りの日儀式は行われました。実際、こんな話を信じていた人間はその場にもいなかったでしょう。ただ100年に一度の祭事。そんな雰囲気でした。そして、その祭りは……失敗した」


「え?」


「巫女であるアヤメが突然暴れ出したんです。私はこういった儀式にはよくあるトランス状態に入ったのだと思ったんですけどね。でもそれはそんな生易しいものじゃなく……」


 八雲さんは手を握りしめると、言葉を詰まらせた。




4年前の祭り。

僕が忘れている記憶。

忘れた記憶?

それとも

奪われた記憶?




知らないといけない気がした。

だって約束したんじゃないか。

僕がアヤメの記憶を守るって!




「教えてください。僕は、聞かないきゃいけない。聞くべきだと、思うんです」


 僕はそう言うと、八雲さんをまっすぐに見つめた。

 八雲さんは僕の視線にうろたえ、迷っているようだった。


「けれど……」


 目が泳いでいる。

 でも、僕にはわかった。

 きっと彼が全てを知っている唯一の人物だ。

 そして、それは今、聞くべきことだと言う事も。


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