夏祭り 7
「勝負って……もう、いいじゃん。引きわけじゃダメなのかよ」
「駄目だ」
間髪入れない答えは、まだ憤りの熱を孕んでいて、僕はその理不尽さに眉を寄せる。唇を少し突き出した光の横顔は、さっきまでの頼りがいのあるガキ大将的なものじゃなく、駄々をこねている小さな子の様だ。
僕はもどかしさを覚えて
「どうして?」
と、たまらず訊いた。
でも、光は目を伏せると呟くように言った。
「まだ、お前の事、俺は友達なんて認めてねからな」
「はぁ?」
ごもった口調から聞き取れた言葉に、僕は思わず声を上げた。
なんだよ、さんざん一緒に遊んどいて、その言い草は!
だんだん腹が立って来て、僕は光から目をそらす。
「何が不満だって言うんだよ!いきなり怒りだして、口もきかなくなったと思ったら、今度は変な事言い出してさ」
「勝負が怖いのかよ」
「そんなわけあるか!」
付き合ってらんない!僕は先に行こうとした時だった。
「じゃ、最後の勝負しようぜ」
光の声がした。
嫌な予感に僕はよせばいいのに足を止めてしまう。
視界の端に、僕らを飲み込むように覆いかぶさる雑木林の影がちらついた。
月が雲にさえぎられ、一瞬にして暗闇が世界を覆った。
風が止む。
まるで世界の全てが、僕の答えを待つように静まり返る。
なのに、僕は後ろにいるはずの光の気配を感じ取れなくて、怖くなった。
静寂の中に、僕の乱れた呼吸だけが響く。
答えないと、戻れない。そんな気がして、僕はギュッと目を瞑ると不安を蹴散らすように叫んだ。
「わかったよ! これで最後だぞ!」
「約束だ」
光の声だけが響いて、再び風が吹いた。
いつの間にか止めていた呼吸を再開させ、止めていた空気を宙に吐き出しながら空を見上げると、雲が動き再び月影の世界が息を吹き返し始めていた。
「光……」
振り返った、その時だった。
光の遥か向こう側に白い影。
あの子がこっちをみて、笑っていた。
「ひかっ……あのっ」
すぐには僕は声を出すことはできなかった。
目は彼女に張り付いて離れないのに、なぜか声が喉を震わそうとしない。
彼女はまるで、白い影の塊の様にゆっくりと揺れると、軽く手をあげて、雑木林の闇に吸い込まれるようにいなくなってしまった。
「どうしたんだ?」
光が訝しげに僕の顔を覗き込む。
僕はようやく唾を飲み込むと、座り込みそうになるのを何とか堪えながら答えた。
「昼間の子が、そこに……」
「え?」
僕の視線が差す方へ光は振り返ったけど、当然そこには誰もいない。光は片眉をあげて不敵に笑った。
「とうとう出たな。こりゃ、最終決戦にはもってこいだ」
「え?」
「今から、幽霊屋敷に入る。で、その女の幽霊を捕まえた方が勝ちだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
冗談じゃない!
幽霊を捕まえるだって?
僕はゾッとして、ようやく戻って来た力を振り絞って、彼に掴みかかった。
「ばっかじゃないか? 幽霊なんているわけないよ! あの子は、ここの奥の屋敷の子なんだ。勝手に入ったら叱られるよ!」
「馬鹿はそっちだろ!あの屋敷は正真正銘の幽霊屋敷だ」
光はまるで僕の言い訳を見透かしたような顔でそう言うと、僕の手を振り払った。
「夏休み前に、あの屋敷から物音が聞こえるって噂があったから、不思議探偵局で調査に行ったんだ。だから間違いない。あの屋敷に人なんか住んでいない」
そんな……。
言葉を失いかけて、僕は雑木林を見上げた。
背中に何かの気配を感じる気がして、胃の底がムカムカしてくる。
「でも、遅いと大人が心配するし。怪我でもしたら……第一道もないじゃないか」
「怖いんだったら、素直に負けを認めろよ」
光はそう僕を突き放すと、ニヤリと笑って後方を親指を立てて指した。
「それに、道ならあっちにあるぜ。案外、幽霊が呼んでるのかもな?」
さっきの笑顔を思い出して僕の心臓は縛りあげられた様な痛みを感じる。
そうだ、確か、あの時、あの子は最後に手を挙げた。
あれは『バイバイ』だったと思っていたが
もしかして
―― おいで
だったのか?
あんなに会いたいと思っていたはずなのに、僕の足は竦んでいた。
行くなと何かが警告しているようにも感じた。
そもそもどうして僕は、彼女にあんなに会いたかったんだ?
どうして僕は……。
「行くぞ!」
光の声にハッとして顔を上げた。
見るともう、光はすでに数歩先を行っている。
彼一人放っておくわけにもいかない。でも、周りにも誰もいなくて……。
僕は今度こそ本当に舌打ちをすると「待てよ!」と光の背中を追いかけた。




