幽霊屋敷 1
光は面白がるように僕をわざと置き去りにする速さで、先を駆けていた。
ふと、彼の姿が雑木林に飲み込まれるように消えて、僕は慌てて手を伸ばす。
さっき彼女のいた場所にもつれる足で倒れこむように辿り着くと、そこには微かな土肌が申し訳程度に見え隠れする、道と言うよりまさに獣道といった一本の線が暗闇に伸びていた。
「来いよ!屋敷に行くにはこの道しかないんだ」
光の声に僕は顔を上げる。
「でも……」
さっきのご神体の岩へ続く道の比じゃない荒れようだ。思わず入って行くのに躊躇してしまう。そんな腰の高さまでありそうな雑草の道ををかき分け入って行く光は、まごつく僕に冷ややかな目線だけを送って来た。
もどかしさが耐えきれないのか、ついに光は「怖いならそこで待ってろ!」そう吐き捨てて背中をむけ、どんどん奥へと入って行ってしまう。
僕はもう一度だけ周囲を見回した。
誰もいない田舎の夜。
街灯も一本もなく、明かりは雲に見え隠れする月明かりのみ。どの道、帰り道も怪しい僕は独りになれるはずもなく……。
「何かあったら、光のせいだ」
そう口の中で呟いて、その茂みに足を踏み入れた。
――
追いつくと、光はニンマリして自分のポケットから何かを取り出した。
「ようやく来たな。明かり、つけるぞ」
そういうと、ぱっと光るの手元からぼんやりとした青白い明りが伸びた。それは闇に生える草木に分散されてはいたが、安全地帯がふって湧いたような安心感を魔法の様に生みだした。
「なんだよ、懐中電灯持ってたのかよ!」
だったら、初めから出してくれたらよかったのに。
「馬鹿。電池が途中で切れるかも知んないし、初めから出してたらお前が怖がんないだろ?」
納得するべきなのかそうでないのかわからない理屈を聞かされ、僕はただ溜息をもらした。そうっと振り返るけど、さっきの道はもう随分遠くにあるように見えた。
かといって、前は全く開けてはいないし、あの屋根を見ていなかったらこのまま遭難してしまうんじゃないかと思わせるくらい、足元の道も頼りなかった。
「本当に、この道であってるのかよ」
「そのはずだ」
「そのはずって!」
僕の非難めいた言葉を、光に集まって来た羽虫を払うような嫌な顔で光はにらむ。
「っていうか、夏休み前はこんなに雑草、高くなかったんだ。もっと入りやすかったし、昼だったしな」
「え、じゃ、お前も夜来るのは……」
「初めてだよ」
その時、僕は初めて光も緊張しているのがわかった。
光の横顔が全く笑っていなかったのだ。
良く考えれば、どんなガキ大将だって彼はまだ小4。怖くないはずない。
「どうしてだよ。そんなんなら、明日の昼でも良かったじゃないか」
僕は無理を押して、こんな藪の中に危険な想いをしてまで幽霊屋敷に向かう意味がわからなかった。
でも、光は怖さと緊張に強張る横顔のまま足を止めず、じっと前だけを見据えて言った。
「嫌だったんだよ。明日もこんな気持ちのままいなきゃいけないのなんてさ」
「え?」
呟きの様な彼の言葉を、僕が訊き返そうとした時だった。
それまで真っ暗だった視界が急に開けたのだ。
僕は目を疑った。
僕らの目の前に、忽然と、そう全く忽然という言葉がふさわしいほどのなんの前触れも置かずに現れたのは、巨大な古い屋敷の姿だった。
それは荒れ果てた庭園の向こう側に聳え立っていた。
錆びて蝶番が外れた鉄の門の向こうに見えるのは、暗闇に不気味に佇む何かの彫像。その周囲を花壇らしきものが見え、噴水だってチラリと見えた。
そして、その奥にあったのは……。
「凄いね」
「でかいだろ」
そういう光も見上げて息をのんでいた。
そう、そこにあったのは山のような大きさの木造の屋敷だった。
洋風と言っていいのだろう。外観からすると二階建ての様な感じだ。門から一番離れた側の屋根の上には、鉛筆の様な尖った部屋が付き出ていた。
きっと、林の奥から見えたのはこの屋根だったのだろう。
「行くぞ」
光の声に、屋敷そのものに圧倒されていた僕は金縛りから解けたように息を吐きだして頷いた。
光が門に手をかけた。
誰かの泣き声か悲鳴の様な音がして、それはゆっくりと開き、僕らを招き入れたのだった。
園庭を抜ける形で屋敷の玄関に向かう。
さっき、雑木林ではあんなに頼もしく感じられていた光の懐中電灯の明かりも、今やか細い命綱でしかない。
「鍵は?」
「前来た時には、窓から入って内側から開けた。その時に開けたままにしといたはずなんだけど……」
そういって光は形ばかりは躊躇いもなく、ドアノブに手を置いた。
それは、さっきの門とは対照的になんの音もなくするりと開いた。
「あ、開いた!」
「だから、開けといたって言っただろ! いちいち驚くなよ!」
光は僕を叱りつけながらも、懐中電灯を握り直した。その度に光が揺れて、闇を白い線が飛び交う。
中はこれまた大きなエントランスになっていた。
洋風と言うより、映画のドラキュラかなんかで見そうな、ゴシックな感じの調度品が寂しげに並んでいる。天井には大きなシャンデリアも吊られているようで、光が当たると視界の上の方でチラチラと反射光が光っていた。
目の前には緩やかなカーブを描いた子どもが三人は並べそうな幅の階段が、頭上の深さの測れない暗闇に向かって吸い込まれるように伸びていた。
「じゃ、こっから別行動な。30分後にここで落ち合おうぜ。で、幽霊を捕まえた方が……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
僕は思わず声を上げた。
もう、ここに二人だ立っているだけでも十分気味が悪いって言うのに、ここから一人だって?
冗談じゃない!
しかも、僕には懐中電灯はないんだぞ!
と、僕は色々言いたい文句の一つも言葉に出来ず、とにかく目で訴えた。
心臓だけは、もうこれ以上ないくらい騒いでいるのに、文字がまるで喉を震わそうとしないのだ。上の歯と下の歯がかみ合わない……まさにそういう状態だった。
光はただただ面倒そうな顔をして、何も言わずに僕に懐中電灯を差し出した。




