夏祭り 5
僕にはまだ妹なんかできた事がない。
そう【まだ】だ。
だから、こんな坂道を肩車なんてできるはずない。第一危険だし、僕は青葉みたいに大柄でもないし。
僕は色々言い訳をしながら空になったラムネのビンを弄んだ。
面倒だ。小さい子なんて本当に面倒なんだ。
だから、僕は妹なんて欲しくない。弟なんてもってのほかだ。
きっと、生まれてきたら、梓の様にううん、赤ちゃんならもっと泣いてウンチして、迷惑かけるはずだ。
そして僕の母さんを独り占めするんだ。あいつみたいに……。
「梓。おぶってやろうか?」
不意に声が聞こえてすぐに僕の手が軽くなった。
「うん!」
梓は反射の様に僕の手をすぐに離れて、背を向けてしゃがんでいた光の背中に飛び込む。
「よし、高くなるぞ!」
「うん!」
梓の顔は真昼の太陽の様に輝いていた。
同様に、彼女を背負う光の顔も……。僕はそんな二人が眩しくて、目をそむけた。光といると、嫌で小さい自分が見せつけられる。
「行くぞ! 青葉、上まで競争だ!」
「お、おう!」
簡単な決闘の申し込みは、簡単に受け入れられて、二人……もとい四人は、あっという間に闇の向こうへと消えて行ってしまった。
笑いながら梓を背負う光の後姿を見送る。
勝負何かしなくても……よっぽど光の方が大人だ。それだけは明白な気がした。
「翼君」
振り返る。そこにはハヤテの手をつないだ希が立っていた。希は苦笑を噛み殺したような顔で皆が消えて行った方を見て、
「気にしないでね。光は兄貴風吹かせるの好きなだけだから」
そういった。僕はもう、恥ずかしさを覚えるよりも情けなくて、悔しがることも逆ギレすることも、ましてや誤魔化すこともできず、ただ曖昧に笑うしかなかった。
――
そこは夏の夜と言うのに、時折吹く風が少し涼しくさえ感じる場所だった。
百メートルほどしか離れていない場所に充満していた、屋台の熱気や香ばしい焼きそばの香りが、ここではまるで感じられない。
まさに異空間だ。
頂上は少し木々が伐採されていて開けており、僕らがけもの道を抜けると急に眼前が開けてこの大きい岩が姿を現したんだ。
僕ら全員が手を繋いでも囲みきれないほどのその大岩は、卵の様な形をしていて、頭の方に白いしめ縄みたいなものがかけられていた。
さすがに河童石のようにそれに登ろうといいだす子どもは一人もいなくて、僕らは一列に並んでその岩を背もたれに空を見上げた。
僕は生まれて初めて、空を見て息を飲んだ。
視界いっぱいに広がったのは、深い深い宇宙だったのだ。
そう、星空なんてものじゃないん。
宇宙だ。
果てなく広がる星の海。
一瞬、自分が浮かびあがる錯覚さえ覚えそうなほどの迫力で、僕は言葉を無くした。
「あれがアルタイル。あれがベガ。そしてはくちょう座のデネブを繋いで夏の大三角だよ」
青葉が膝の上に載せた小町に説明している。
まだ3つの小町はわからないらしく、首を傾げていた。
青葉の長い腕がすっと動く。
「そして、あの赤いのがさそり座のアンタレスだ」
僕はその指が差す先に目をやった。
真っ赤な星がそこには瞬いていた。
青葉のうんちくはまだ続いている。彼みたいな人がきっと将来、先生になるんだろうな、ぼんやりそんな事を考える。
僕は夏の夜空に膨張する赤を湛えるその大きな星をじっと見つめた。
何故か不安を覚えさせる色だった。
ふと、あの子の事を思い出す。
あの子……。
白い横顔
白い腕
白い帽子
あれ?
僕は目を瞬かせた。
どんな声だったっけ……?
「真っ赤なサソリの心臓なんだ。あれは……」
青葉のうんちくのその部分だけが耳に飛び込んできて、僕は祭りで感じたあの居心地の悪さを思い出した。




