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106.皇家は話がダレる

ご覧いただきありがとうございます。

「――あ、明日……もうすぐではありませんか!」


 時が止まった時点で、日付が変わる直前だった。茶会があった今日は風の日であるため、時間が動き出せば、瞬き一つもしない内に次の日が――終の日が訪れる。

 死の神が蘇るにはぴったりではあるが、この状況では不安を感じる。


(終の日が来ると同時に、死の神が降臨可能になる……)


「明日以降、時機を見て死の神の存在を明かす予定であった。そなたと北の御子殿の調子や諸状況も見ながら具体的な日取りを決める予定であったが、現状を鑑みるとすぐにでも公表することになるだろう」

「はい……」


 明香が眉を曇らせた時、始まりの神器の対処に没頭していた秀峰が、すっと目を開いて言葉を発した。


「案ずることはない。私は、いや私たちは世界を終わらせたりなどしない」

「兄上、始まりの神器は……」

「何とか小康状態に持ち込めた」


 ずっと険しかった綺羅の顔色も、僅かに和らいでいる。


「ようございました。さすがです。黇死太子殿下の天威制御は橙日帝陛下と並んで群を抜いておられます」

「そうなのですか?」


 明香は秀峰、高嶺、綺羅を順に見ながら聞き返した。


「ええ。始まりの神器が本格的に危うくなってからは、神器に迫る終わりを死の神が退け、並行して陽神たる我が父、碧陽謙皇が太陽神の力で神器の活力を取り戻させて凌いでまいりました」


 碧陽謙皇――今までの高嶺の話でもたびたび出て来た『叔父上』だ。アドルフの対でありクルーセラの夫であり、綺羅の父でもある。そして、人としての存命中に先祖返りを進めかけ、危うく人間の器が壊れて昇天しそうになったという天威師。


(もしかして――いや、多分その方が……)


 確信に近い推測を抱きながら、明香はひとまず別のことを聞いた。


「じゃあさっきも始まりの神器を延命させようとしていたの? でも義兄様、牢屋にいたじゃない。あれはどうして?」


 言ってからはっとする。豪栄も同席している今は私的な場面ではないため、皇女として話さなければならなかった。


(しまった! ひぃ、いい笑顔で怒られる!)


 秀峰は、髪の長さこそ変わったものの容貌は泰斗のままだ。そのせいで、これまでのように話してしまった。


「ああ、ごめんなさい、いえ申し訳ありません! やり直します! 先程、黇死太子殿下は牢の中にいらっしゃいましたが何故でしょうか!?」


 慌てて言い直すと、高嶺と綺羅が笑いを堪えるような表情をした。

 秀峰は一瞬眉をつり上げたが、溜め息を吐いて頷く。


「……まあいい、すぐに気付いたのだからぎりぎり許容範囲内としよう」


 そして、けろりとした顔で告げた。


「私は暗くて冷たくて静かな所が好きなのだ。落ち着いて集中できる。ゆえにあそこで始まりの神器に対処していた」

「……」


(そう言えば、義兄はじめじめした暗い所によく入り込んでた。物置とか屋根裏とか……)


 そして栄生たちに嘆かれ、注意されていたが――そのうちきのこが生えてきそうである。

 高嶺が悲し気に眦を下げた。


「だからと言って地下牢に行かれることはないではありませんか」


 何でも、状況を知ったラウたちが、絨毯や毛布、調度を用意して地下牢を通常の私室のごとく綺麗に整えたところ、気が散るから戻して欲しいと言われて崩れ落ちたそうだ。

 秀峰は鋭利な瞳で高嶺を見た。


「私の個人的な嗜好だ。それよりも、藍闇太子。そなたの講義は決して悪くはないが、横道にそれすぎだ。元来、皇家の者は感情や思考、話題が脇に流れやすい」


 思考が心の赴くままあちこちに飛んでいた緋日皇の血が濃いためであると言われている。何か考え事をしていてもいつの間にか本題から外れ、別のことに移っていくことが多いのだ。ゆえに、会議や打ち合わせでは自らその癖を自覚して戒め、気を付けなくてはならないのだという。


「初代陛下の親神様のことや謙皇帝のことなどは、今話さずともいいだろう。第四の至高神である死の神がいること、私と綺羅がそれに該当すること、その気で世界を滅ぼしかねない死神は隠されていたこと、しかし世が安定したために降臨可能になる神託が降りたこと、などを告げればそれで済んだはずだ」


 決して怒っているわけではなく、静かに言い聞かせるような調子で、秀峰は言葉を紡ぐ。


「にも関わらず、そなたが率先してだらだらと逸れた話題を続けてどうする。教え手であるならば適切な取捨選択を行い、受講者が脇にそれそうになればきちんと調整することが大切だろう」

「……申し訳ありません」


 高嶺がしゅんと俯いた。明香は条件反射で割って入る。


「で、でも、私は藍闇太子殿下の講義が好きです! すごく丁寧に大らかにこちらに付き合ってくれますし。受けていて楽しいんです。私は藍闇太子殿下――、いえ、高嶺様の講義が好き!」


 秀峰が瞬きして明香と高嶺を見比べた。そして、何故か沈んだ様子を浮かべる。


「……そうか。受講者が言うならそうなのだろう。藍闇太子、失礼なことを言ってすまない。確かに、必要なことだけを伝える講義は明瞭簡潔と言えば聞こえはいいが、その実は無味乾燥なものかもしれないな」


 どことなく落ち込んでいるように見えて、明香は慌てた。


(ああ、そんなつもりじゃなかったのに。今の言い方じゃ義兄様のやり方を否定してるみたいだ)


「いや、義兄様の講義だってすごく良かったよ! 本当に分かりやすく、根気強く教えてくれたし」


『そうよ。私は泰斗様の――秀峰様の講義が好きだわ。身が引き締まるし、必要なことがどんどん分かっていくもの』


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「……え?」


 高嶺と秀峰、綺羅の表情が変わった。眼を見開いた高嶺が言う。


「今何と……」


 だが、その声を遮り、しゃがれた怒声が響いた。


「そ、そんなはずがあるか! お前が全き天威師だなどと!」


 いつの間にか猿轡を外していた豪栄だ。床に顔をこすりつけ、必死に外したらしい。顔の下半分が赤くなっている。


「……」


 冷めた目を向ける明香たちに構わず、豪栄は語気荒くまくし立てた。


「御威も持たぬ出来損ないが、我が霊具に目の色を変えていた軽薄な者が、天威師であるはずがない!」

「黙れ」


 高嶺が一言だけ発した。臓腑の最奥まで貫かれるような威圧――今にも燃え上がりそうな怒りを込めた声であった。

 明香がひやりとして高嶺を見た時、まばゆい橙色の閃光が殿舎の壁をも突き通して爆ぜた。


ありがとうございました。

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