74話 引越しの必要性
「ゆっくん、カメラで見てはいたけど……可愛くなっちゃったねえ」
「うん、何の因果かこんな事になっちゃったよ」
「この髪の毛もさらっさらだし、化粧してないんでしょ、これ」
さっきまで泣いていた由香里ねーさんは、間近でみる俺を調べ始めていた。髪の毛に枝毛が無いとか怒ったり、まつ毛がありえないとか観察中だ。
「聞いてなかったけど……まだ男の子なのよね?」
「……ついてるよ」
一応、と心の中で補足する。サポーター買ってもらったりしたのに、この姿を見ていたら判らなくなるのも仕方ない。俺も久々に自分の部屋のまともな鏡で姿を見て、この子供の頃の俺成分がなんとなく残った少女の顔を見ながら思う。声もどうがんばっても野太い声が出ないし。
そうやってまじまじと俺を見ている由香里ねーさんを見ていて、俺もふと思ったのだが……聞いてみて良いのだろうか。
「由香里ねーさん、なんか化粧変えた? というか……」
「なんかゆっくん、隣の馬場さんの奥さんみたいな事言ってるー。違うんだよ、これ」
「由香里、悪いが続きは後だ。幸弘、もう引っ越さないとマズいんだ。この部屋の荷物の整理をしてくれ」
兄貴が会話に割り込んできたが、そんな急ぐ引越しって。まさかあの大金の出所でトラブルがあって逃げなきゃいけないとかか?
「馬鹿な事考えてるのはなんとなくわかるが、そうじゃない。そのゲートというのがこの場所にあるというのがあまりよろしくない。ここは人目につき過ぎるからな。変化が目に付きやすいんだ」
変化……と言われて兄貴の顔を見る。やっぱり由香里ねーさんと同じ感じだ。
「もしかして……活性化が起こってる?」
「ああ、この今の俺達を知っている人が多いところには、もう出入りするのも危険だ」
メガネやめてコンタクトにしたのか、と思っていたがあれは必要なくなったのか。由香里ねーさんも兄貴もアンチエイジングが始まっている。ゲートを抜けてマナが流失しているのか? あれこれマズいんじゃね?
「最近はねー、化粧でシワを書いたりして出かけてたんだよ。でももうちょっとしたらそれも無理かも」
と明らかに由香里ねーさんは喜んでいるが。
「俺はとりあえず移動用のレンタカーを借りてくる」
と、その時もぞもぞとゲートを抜けてリスティが顔を覗かせた。ちょ、まだ呼んでないのに。
「ユキ、みな待ちくたびれておるのじゃが」
俺は慌ててリスティに駆け寄る。
「大丈夫? 息苦しかったりなにか異常があったらすぐ言ってくれ」
時間停止してすぐで送り返すからとは言わなかったが、リスティは焦ることもなく平然としている。
「精霊女王さまが大丈夫なら、わらわたちも心配なかろ?」
「いや、だってこの世界はマナが希薄だからさ」
「わらわたちだってマナを吸って生きているわけではないぞ。それをいったらマナの塊のような女王の方が先に大変なことになるじゃろ」
と言われて納得した。
ゲートからもぞもぞとリスティが出てくると、ユリアナ、そしてジュリエッタまでがこちらに来てしまった。俺の部屋そんなに広いわけじゃないから人口密度が一気にあがってしまった。
「なんか可愛い子がいっぱい来たよ!!」
その声の主に気付いたのか、由香里ねーさんにユリアナが挨拶した。
「ユカリさん。いつも服ありがとうございます」
「こちらがあの服を作られた方なんですね。私にもいつか服を作っていただけないでしょうか」
「ユリアナちゃんは知ってるけど、じゃああなたがジュリエッタちゃんね? うんうん、作ってあげるよ。ゆっくんとお揃いのウェディングドレス」
ちょっと待って、いろいろ突っ込みたい会話なんだけど、それ以前に。
「……なんで会話できてるの?」
「えっとね、フローリアちゃんと一緒に居るうちに判るようになったみたい。いつの間にかだよね?」
「ああ、俺達が知らない物、たぶんそちらの世界固有の名詞などについては伝わって来ないがな。WEBの機械翻訳を思い出せばいい、あんな感じで伝わってくるし、多分彼女たちにもそう聞こえているはずだ」
ユリアナたちに兄貴たちの言葉が判るのか聞いてみたら、確かにそんな感じだという。カタコトの言葉だが意味は通じるみたいな。
「本当はフローリアさんの会話からそちらの言語を学ぼうと思っていて録音とかしていたんだが、なまじ判るようになったからもうお手上げだ」
そんな事しようとしてたのか。たしかにリスニングのサンプルが全てカタコト日本語になっちまったら勉強もクソもないわな。まあ兄貴の推察では、認識のそごが無くなれば俺のように自由に意思表示できるのではないかということだが。
「じゃあ俺は車を借りてくるが……ワゴン車に変更だな」
俺も久々に運転したいけど、死んだ俺は免許失効してるからダメだな……。あ、それ以前にクラッチとか踏めないかもしれない。
兄貴は、車を借りてくるから、荷物の取捨選択をしておけと言って出て行った。
やあ、久々に君達に会えたけど、さよならだ。俺はそういって彼女らに紐を掛けてキュッと縛る……さようなら俺のお宝たち。
「これが昔のユキか。面影は確かにあるの」
「男らしいユキヒロさんも素敵ですね」
え、由香里ねーさん、何見せてるの? そんな写真残ってるとか聞いてないんですけど!!
俺は心の底からそう叫びたかったが、もうあの黒歴史の写真を犠牲にしてでもこの本棚のお宝たちを片付けなくてはいけない。
「ご主人さま、こちらの下着とかはどうしますか?」
「ああ、それは処分でいいかな……」
マスターオブ家事のユリアナは、もくもくと俺の部屋の片付けを手伝ってくれる。時々こういう指示が必要だけど、その手際でどんどんと整理を進めてくれる。リスティやジュリエッタはこういうのが得意ではないし、教えながらやるくらいなら遊んでいてくれた方がラクだな。
ちなみにフローリアは勝手知ったる俺の部屋って感じで、いつものポータブルで見ているDVDをパソコンのモニタで見て喜んでいる。彼女から見たらあのインチのモニターはちょっとした映画館レベルなのかもしれない。
しかし、服は捨てるとして、本棚を埋めているマンガとかはどうしようかなあ。子供の時から捨てたり売ったりしてないから溜まる一方だったが、今から読み返すことがあるかなあと考えたらそれもなさそうな気がするし悩ましい。
「ゆっくん、迷うくらいならあっちの家に運んじゃえばいいよ。すごい広いからなんでも置けるよ?」
「聞いてなかったけど、そんなに広いの?」
「うん、山の中に売りに出されてた元別荘だからね。敷地も八千平米くらいあるし。家屋もリフォームしたし、温度管理できる倉庫も併設したんだよ?」
ちょっとそれ聞いて引いたんだけど。セカンドハウスだから普通の家想像してたんだが。それ軽く見積もっても10億行くよね……。
「露天じゃないけどでっかいお風呂あるよ? 温泉沸いてるんだって近くから」
「よし、早く片付けていこう。ユリアナ、ペース上げるよ」
「はい」
あれだけ熱望していたお宝たちとの再会も、今の状態ではなにもこみ上げてくるものが無かったという事実から逃げるように、おれは不用とマジックで書いたダンボールにもくもくと本を入れていくのだった。




