70話 OGRE
俺は、オーガの元に走りながら、その姿を認識に収める。うは、マジで怖い顔だなあ。想像上の鬼を絵に描いたような姿。口角から上向きに鋭い牙が生えていておっかない。あれは確かに子供が見たら泣くわ。そしてその額からは捩れたツノが天を突いて伸びている。
今、打てる手であれをどう倒すか。兄貴に相談したときに考えたアレで行くかなあ……、でもあれ許されるんだろうか。時間停止の運用を兄に相談したときに悪そうな笑みを見せながらオススメされた手は俺もちょっと引いた。しかし、準備が足りない今、それしか手が無いかもしれないと諦めた。俺はオーガの食事が終わらないのと、風の向きを確認して、しばし準備に入る。
準備を終えた俺は、森を抜けて、川を挟んでオーガと対峙した。まだ、オーガはランドタートルを食べている。こちらに気付いているとは思うが、脅威に思っていないのかまったく一瞥もくれない。
まあ、あの人の倍以上もある身体を持っているなら、この小娘なんて脅威に感じるほうがおかしいか。俺は望み薄だとは思うが、まずはコンタクトを取ってみる事にした。
「あー、これ以上人里に近づかず、この森の奥から出てこないのであればボクは何もしない。できたら帰ってくれないかな?」
悲鳴をあげるでもなく、平然と自分に話しかける俺に少し興味を持ったようだ。そしてニヤっと笑うと表現するにはあまりに禍々しい表情を浮かべ、左手で胸元につるされたガイコツをもてあそぶ。磨かれたガイコツはオーガの宝物なのか……、そしてそこに俺の骨を並べたい。そんな意思が伝わってきた。くそ、だめか。
オーガは、こちらを見据え両足に力を込めたかと思うと一気に飛びかかってくる。その爪を俺は時間停止した杖を地面に突き刺しながら受ける。
「ウガゥ!!」
オーガは指を砕き、苦痛に顔を歪ませながら川の上に転がる。凄いな、痛みを感じてあのまま殴りつけるのをやめて転がりやがった。パワーと敏捷性、対応力の高さ。純粋なマナの総量も含めて未だかってない強敵だな。でも、川の上に転がったのは悪手だぜ?
俺は、オーガの手足に水を時間固定して重石をつけてやった。これで満足に動け……るのかよ!!
オーガは水の重さを苦にもせず、俺に水ごとその拳を叩きつけようとする。俺は、時間停止を解除して、バケツで水をかけられるような視界の中、その拳を避けて森に側に飛ぶ。
「グルゥ」
オーガは俺の異常性を察したのか、川をでて、河原に移動する。そして距離をあけてつめてこようとしない。くそー、この川の水深がもう少し深ければ、さっきので終わったと思ったんだが。するとヤツは、河原の石を掴み俺に投げつけ始めた。
バスンっと恐ろしい音を立てて、木や、地面にめりこむ石の弾丸。
「うあ、それはマズいって」
思わず声が出てしまうくらいの脅威だ。恐ろしい初速を保ったまま、飛んでくる質量兵器。オーガが投げる石はアンチマテリアルライフルみたいなバカみたいな威力を持っていた。
奴の投げた石が、俺の左足首に直撃する。俺は、くるくると飛ばされて森の木に叩きつけられる。
足を抑えて呻く俺に、その笑みを浮かべながら近づいてくるオーガ。
「バカだなあ……あんなの当たったら足なくなると思わないのか?」
俺は普通に立ち上がる。砕けたのは時間停止したソックスにぶつかった石の方なんだよ、残念でした。オーガは足を封じられて、怒りの声をあげる。先ほどできた水溜りにドライアイスを投げ込んでおいたブービートラップに見事に足を突っ込んでくれたからね。誘導した甲斐があった。水溜りから吹き上がる白煙を俺は時間停止して、地面にオーガをくくりつけたのだ。
そして悔しそうに開く口を狙って、先ほど用意しておいた水風船を投げ込む。オーガは風船を口の中に留め、吐き出そうとするが中身はほぼ美味しい牛乳だ。忌避感を覚えなかったのか、そのまま飲み込んでしまった。なので俺は時間停止を解除した、それに含まれていた粉末の。
「ごめんな、お前が強すぎたからこんな手しか使えなかった。お前は強かったよ、できたら来世は善の側に来いよ?」
オーガは一気に身体に走る嘔吐感に喉を掻き毟る。が、直ぐにその目がくるっと白目を向いて立ったまま昏倒する。やっぱりこれはやったらダメな手だわ。俺が、牛乳に混ぜて与えたのは薬局で簡単に手に入ってしまう虫除けの○○だ。本来なら溶かした時点で、その匂いから生物は飲み込もうとしないだろうけど、俺はその点チートがある。普通の人間なら2gでアウトなソレを時間停止して、たっぷりと飲ませたのだ。白目を向いて痙攣しているオーガを見ながら、これは封印しようと決めた。これはいくらなんでも禁じ手だ。
「すげー声が聞こえたかと思ったら、お前一人でこれ殺るとかズルくねえ?」
「ひぃ……まさか……これ、オーガですか……」
時間を掛け過ぎてしまったようで、いつの間にか2人もギャラリーが居た。大剣を肩に担ぎ、ニヤけているリックと、痙攣するオーガにおののくメイムちゃん。
「おい、もう倒したんだろ? 立ったまま死んでるみたいだけど、なにをどうやったらこうなるんだよ」
「あの……ユキさん?」
2人は心配しているが、それに返事をする余裕は無かった。くそ、このオーガの動きが凄いから、集中してたせいで、この2人の接近にも気がつかなかったし、あそこでこちらを窺っている相手にも気付けてなかった……。
「リック、メイムちゃん、頼むからボクの言う事を聞いて欲しい」
「?? なんだよ、魔石取りの手伝いなら当然してやるぞ? おれも興味あるし」
「……なんでしょう」
「……死なないで。相手の動きを見て避けるの優先で。ただ、俺が合図したらメイムちゃんは全力で炎の魔法を相手の顔に向けて、倒せなくていい。リックは踏み込んで、ボクもフォローするから」
「何言ってんだよ、もう終わったんだろ……っ、マジか……判った、ユキ」
「……え、う、うそ、やだ……」
木々の間から、怒りの形相のもう一頭のオーガが姿を現した。卑劣な手段で連れ合いを殺された彼の怒りが伝わってくる。くそ、卑劣ついでに○土転生でも使えないものか。
リックは大剣を正眼に構え、オーガを見据える。
「あいつは見た目で判断できない。とんでもなく早くて強い、打ち合ったら負けるとおもってね」
「ああ、ちょっとマジで震えがとまらねーや……」
それでも立ち向かえる胆力は尊敬に値するよ、リック。しかし、メイムちゃんはその場にしゃがみ込んで動けなくなってしまった。SAN値チェック失敗かってそんな事言ってるヒマは無かった。
アイツは俺の搦め手を見ていた筈だ。来るとしたら一番効果的な、早くて、重い攻撃だろう。あの最初のオーガも杖で近接を防げたのは運が良かったのと、アイツがひたすらにこっちをナメてくれたお陰だった。
奴の巨体が猫の様に背を曲げたかとおもうと、川向こうに居た筈の巨体が宙を飛び、こちらに向ってくる。おれは右手に持っていた杖を奴に向けて、例の水蒸気爆発砲を撃つ。空中なら避けられまい。今回は殺る気モードなので、予定通りチタン散弾入りだ。
爆音と高温のスチームと共に散弾がやつの身体に吸い込まれたが、相手のスピードに焦って早く打ちすぎたらしく、致命傷には至らなかった。
マズい、と思ったが奴の爪は空を斬った。呻きながら顔を押えている所をみると片目を奪えたようだ。ここはもうこっちも叩き込むしかないな。
「フローリア!!」
俺は、最後に取って置いた最強の保険に手をつける。
「いくよ!!」
チャンスが来るまで待って、とお願いしておいたフローリアはその注文どおりに渾身の一撃を放つ。その魔力砲は奴のヒザに叩き込まれる。溢れるような白光があたりを満たす。
「メイムちゃん、今だ!!」
しかし、メイムちゃんはその声に答えてくれなかった。頭を抱えてうずくまって泣いている。
「カナお姉ちゃん、助けて、やだ…やだよう……」
「ばか、メイム。うごけ!!」
痛みから怒りの声をあげたオーガがその爪をしゃがんでいるメイムに向ける。リックが駆け寄ろうとしているが間に合わないだろう、俺は全力で地を駆けてその爪の前に立ちふさがった。
「ゆっきー、だめえええええええ」
珍しくフローリアが絶叫してる、大丈夫死にはしないさ。
俺はその爪に弾き飛ばされて、近くの地面に叩きつけられ、肺から空気が漏れる。ぐあっ、この世界にきて初めてのダメージだな……。
ツメが突き刺さる前に服を時間停止して引き裂かれるのだけは防げたが、物理干渉をカットできずに叩きつけられてしまった。叩きつけられた俺を見て、現実に引き戻されたらしいメイムちゃんが泣きながら俺にすがり付いて来た。
「だいじょうぶ、まだ死んでないよ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい。私が言うこと聞かなかったから……」
そんなメイムちゃんの頭に手を乗せて撫でる。
「大丈夫、まだ間に合う。いまボクのパートナーが必死にアイツを抑えているから、もう一度合図をしたら……頼むね」
「……うん、わかったユキさんの言う通りにする」
と、涙を拭いてメイムちゃんはボクに肩を貸してくれて立ちあがらせてくれた。フフフ、この隙に俺は彼女の耳をモフモフしてるのだが、ああ癒され……イテテ、ちょっと無理だった。
俺は立ち上がると、リックに目配せする。彼は小さく頷いた。俺はバックから、水風船をまた取り出しながら、名残惜しいメイムちゃんの肩を離れてまた駆け出す。フローリアが半泣きで連続どーんで足止めしてくれている今がラストチャンスだ。
俺は奴の顔めがけて、水風船をまとめて投げる。オーガはそれを右手で払いのける、空中で風船は尽く弾けて、奴の顔や身体に飛び散った。
「メイム!!」
その声に反応した彼女は、約束どおり、その炎の魔法をオーガの顔に叩き込んだ。オーガはその高いマナを持つがゆえに、高い抗魔力もあるが今ならそれも問題ない。先ほど水風船でぶつけた油にその炎が引火した。奴が視界を失う。
「フローリア!!」
一段と強いどーんが反対のヒザに叩き込まれて、オーガがバランスを崩す。
「リック!!」
「うおおおおおおおお」
力強い雄たけびを上げ、リックがオーガに踏み込む。俺もリックの動きに追随して、後ろからその剣に手を添えて時間停止をかける。そして、バランスを崩し倒れこむ奴の胸に剣先を向けて突き立てた。
ヤツの命を剣が吸い上げている感覚が判る、魔石を貫いたのだ。猛烈な力の奔流がまた俺の体に吸い込まれていくのを感じる。あー、これまたリスティに怒られそうだなと考えながら、俺は意識を失った。
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