閑話 屋根の上で
「あのオコノミヤキというのは美味いのじゃが、流石に毎日毎食というのは飽きるのう」
そうつぶやいてリスティは、あの棟梁が端材で作ってくれたくれた木のベンチに寝転んだ。空を流れる雲を見ながら、ぼんやりと時を過ごす。
あの女たちの巣にあと数日とはいえ篭っているのは、流石にキツかったので、この家がこの短期間でほぼ仕上げてくれた事にあの寡黙で仕事のできる棟梁に感謝した。人族だというのに、この木材の使い方はなかなか理にかなっているのう、と屋根より少し高く立てられた柵の木目を指でなぞり、リスティは彼の仕事を評価する。
この地域は雪が降らないので、屋根は最低限の排水が出来ればいいのだそうでユキヒロは、ここに植物や花などを植えて、あの精霊女王の小さな空中庭園を造るつもりらしい。まだ何も植わっていないその庭園のベンチに横たわって、ちょっと肉がついてしまった横腹に触れる……。
「あやつはわらわを細い細いというから、ちょっとは肉がついた方が……」
あのルエラの様に可愛がってくれるかも……と考えて、あの不意打ちの口付けを思い出して、一人でわたわたとうろたえる。誰かに見られてないか、と周りを見渡してみたが、ルエラもあのユキの従者のユリアナもオコノミヤキの改良に専念している。
先日、またユキヒロが研修とやらの先で何かトラブルにあったのか、ひどくマナの動きが不安定になり、精神パスも途切れるという事があった。リスティはまた何時もの事とは思ったが、不安になって彼女らに話掛けたのだが、ルエラという娘は不安そうに東の方を見つめていたが、あのユリアナはまったくそんな素振りを見せなかった。
『ご主人さまは大丈夫ですよ、リスティさん。あの方は天使さまですから』
と絶対の信頼を持っているようで、ルエラにもそう話しかけて安心させていた。この中で一番年下の娘だというのに、その心根の強さに少し嫉妬した。
自分はなまじユキの心情が伝わってしまうので、動揺するのだと自分でも判っては居るのだが。
「あやつの事になると、わらわはすぐ心揺らされてしまう……」
思えば、最初の出会い。人間にだまされて、里の外に連れ出された子供たちを見つけたが大蜘蛛に襲われたあの日、木の洞に子供たちを隠し大蜘蛛を引き離そうとして失敗し、そのキバが突き立とうとした瞬間に救われた。
自分も幼いとはいえエルフ。そのエルフをして、美しいと思わされてしまった少女。人族の、それも少女に心奪われた、ユキとのパスが通ってしまったのはそれが原因なのだろう、と思い悩んだ。そのいびつな自分の感情を抱えているときに、伝えられた勇者の死亡という自分の存在意義を揺るがした事実。
そして、畳み掛けるように襲い来た大蜘蛛の群、里そして大樹の危機。その全てをあっという間に解決していったユキに、惚れるなというのは無理だろうと思う。自分は他族の女性に恋してしまったのではないか……と思い悩んだ心も、ユキが男性であると知って自分が彼を選んだは間違ってなかったと本当に胸を撫で下ろした。まあちょっとあの確認は自分も焦りすぎたかとは思ったが。
そんな事を考えながら、街のざわめきに耳をかたむけながらすこしうとうととしていたとき、そのざわめきの中にどこか聞き覚えのある声があるのに気付いた。地上や、他の建物から視界が通らないようにと少し高めに作られた柵から顔を覗かせて、下を探ってみると、やはりジュリエッタだった。地味めな姿をしているがあの綺麗な長い金髪に、後ろにあの剣を手放さない侍女がいるから見間違えではないだろう。
『あの……、この辺りで綺麗な女の子を見かけませんでしたでしょうか……いえ、あの私ではなくてですね』
「いつもより質素な服を着ても、あのいつもの侍女が居たら意味ないであろうに……」
リスティは階下に居るユリアナに声を掛けると、ユリアナはキッチンを離れてそちらに向ってくれた。その姿を見つけたジュリエッタはユリアナに抱きついて喜ぶ。そしてこちらの建物をユリアナに示されて、こちらの方に目を向けたので少し手を振ってみると、こちらをみて微笑んだようだ。あれでユキが居ないと知ったら落ちこむのだろうな。とちょっと可哀想に思ったが、アレが居なくて寂しがっているのは皆一緒だなと思いなおした。
「お嬢様あぶのうございます」
「平気よ、これくらい。何かあったらリスティさんが助けてくれるわ」
と、ベランダからのハシゴをジュリエッタは登ってきたようだ。将来的に階段を作るらしいのだが、今はまだ仮のハシゴが掛かっているだけだ。リスティはそれすら必要なく、風魔法で軽くはねあがることができるので、不便を感じては居なかったのだが。
「よう来たの。ユキも連絡せねばと言っておったが」
「連邦の方から東の森の話が回ってきましたので、名前は伏せられた情報でしたが、すぐ判りましたわ」
なるほど、あのミリ草絡みの話が、クラウセン同盟内で情報として伝わってきて、その確認とユキに会うために馬を飛ばしてきたのだという。
「ならば、今日はユキはおらんから残念だったの」
「なによりお仕事の方もありますので、宿は押えてあります。ところでまだ、あの……お話してないのですが、下に居た方は……」
なんとなく察したのだろうジュリエッタが少し声のトーンを抑える。
「ああ、ユキに助けられた組増員じゃよ」
「なら、仕方ありませんね。元よりあの方を独占など出来ると思っていませんし、あの方の行動を制限できるなんて思ってもおりません」
とちょっとだけ苦笑したような笑顔をみせるジュリエッタに、リスティは同意せざるを得ず、すこしため息を吐いて応じる。
「あやつは、本当にあの姿で人をたらしこんでいくからの」
「本当に、あんなのズルいと思います。可愛くて、かっこいいとか」
と、2人で空をなんとなく見上げる。
「多分、かなり近くまで帰ってきておるから明日には帰ってくるじゃろ」
「そうですね。ではその頃にまたお伺いしようと思います」
「ルエラは、挨拶せんでよいのか?」
「あの方はユキさんに紹介してもらおうと思います、それくらいの説明はしてもらってもいいですよね?」
とちょっと意地悪い笑みを見せる。リスティはパスを通じて、ユキとルエラの関係を先に知っていたのだが、ジュリエッタはルエラから何か感じるものがあったようだ。まあ、それくらいは確かにユキにやらせてもいいだろう、と同意する。
「しかし、これが終わりではないんじゃろうなあ」
「ええ、きっとまた女の子助けてますよ? きっと」
ユキが勇者となるならば、この地にその子孫を撒き散らすのは必然といっていいだろうとリスティはその点について子供の頃から教えられて居た為諦めはついている。
ただ自分にはアドバンテージがある、勇者となったユキは人族としては異例な程長生きするだろう。それについて生きていけるのは、自分とあの精霊女王くらいだとリスティは判っていた。それならばその時間はジュリエッタたちに貸してあげてもいい、そう余裕があった。
「なんかリスティさん、悪い笑顔になってます?」
「あはは、なんでもないのじゃ。さてじゃあ明日の顔合わせを楽しみにしておくかの」
そう長かったが明日だ、ユキが帰ってきたらなんと小言を言ってやるか、そう考えるとリスティも明日が待ち遠しくてたまらなくなっていた。長く時を生きて、緩やかに過ごしていくエルフたちの中でなんて自分は楽しい時間を過ごしているのだろうと彼の存在に感謝しながら。
ランキングバー押していただいた方ありがとうございます。読んだことのある作品やらが並ぶランキングに入るというのは、なかなか気恥ずかしいものでした。なろう本家のランキングは敷居が高すぎて駆け上れる気がしないのですが、自分なりにマイペースに書けていければと思います。




