60話 納品
次の朝、お腹のぽっこりが収まったリスティをエルフの森へと送り返すためのゲートを開いた。
「では、このミリの希少種は任されたぞ。こちらで増やして広められる量になったら、少しづつエルフの森の外に植えていくことにするからの」
あの赤いミリの草は一度エルフの森に預けて、そこで栽培してもらうことにする。少し時間は掛かるかもしれないが、俺が死蔵したり、ここらに生やしておいたままにするよりは良いだろう。旅している先でミリの群生地を見つけたら、またフローリアに頼んでもいい。
急いで戻ると、冒険者ギルドが開く時間に被ってしまいそうなので、ちょっとゆったり目に朝ごはんを頂いてから移動することにする。ユリアナが調理している間、俺は手持ち無沙汰になりその辺りをぶらぶらする。すると、低い蔓の草に鈴なりの小さな白い花が咲いているのを見つけた。これってもしかしたら。
「ちょっとフローリア?」
そこらをひらひらと飛んでいるフローリアを呼ぶと、ぴゅーっと音がしそうな勢いでにこにこと笑いながら飛んできた。やっぱり彼女は自然の中の方がのびのび楽しそうにしているな。
「なにー? ゆっきー」
「あのさ、この白い花咲いてる草をさ、ちょっと成長させてみて欲しいんだけど」
「わかったー、実をつけるくらいでいいのね?」
おう、判っていらっしゃる。というか俺の心が伝わったんだろうか、まあいいや。それでお願いすると、花はまだ一部しか受粉してなかったのか実になるものは少なかったが、それは俺には必要ない部分だ。俺はその蔓から生える葉の根元にできた茶色い丸い球状の物体を手に取る。
手に取ったものを割ってみて、匂いを嗅ぐ。刺激臭はないようなので、えいやと口に放り込んでみる。噛んで見ると、やっぱりムカゴだな、ってことはこの地面の下には本体が隠れているはずだが。まあ、今は用がないし、素手であまり触りたくなかったので放置。
手ごろな入れ物がなかったので、スカートの前を持って、その上に詰んだむかごを入れていく。それをもってユリアナの所に行って、軽くゆでてもらった。そして塩を一つまみ振りかけて食べる。
「うまーい」
ああ、これもビールが飲みたくなる味だ……、今からギルド行くのに飲むわけにもいかんのでガマンするが。もりもりと食べながら飲みたいなあ……。
「ご主人さま、それ何の実なんですか?」
「ああ、これは実じゃなくて山芋の赤ちゃんかな?」
「山芋の赤ちゃんですか。ん、ちっちゃいけど芋の味が濃くて美味しいですね」
とユリアナにおすそ分けしたら、なかなか好評だった。ちなみにフローリアはもう塩を振る前からあちちと小さい手で持って齧りついている。
ガキの頃秋の山に入っては、これ集めて食べてた少年時代を思い出した。茹でて塩を振って食べるのが楽しくて、よくナベに塩とマッチを持って家を出ようとして兄貴に怒られたよなあ。さて、ユリアナの作ってくれた朝食と、ゆでむかごで程よくお腹も膨らんだし、そろそろ街に帰るか。
イパナの街の冒険者ギルドを訪れると、昨日より早い時間だというのにもうすでにギルド内はほとんど人が居なかった。ちらっと見ると依頼書の方もスカスカである。本気で仕事が欲しいならもっと早く来いってことなんだろうなあ。ギルド内に目を向けると昨日、いろいろ教えてくれた犬耳受付嬢のユズさんが俺の顔を見るとぱたぱたと駆け寄ってきた。
「ユキさん、まだこの街にいらしたんですね。昨日何度かこの街の冒険者のマリアさんがこちらに来て、ユキさんを探してらしたのですが」
「?? マリアさんがですか?」
「はい、なんでもイパナの街の宿屋という宿屋を確認しても居られないって、結構夜更けまでいらしてましたよ?」
なんだろ、なんか要件でもあったんだろうか。
「ああ、昨日は森の方で野宿してたんです。ミリの草取るのに夢中になっちゃって」
「東の森は比較的安全ですけど、女の子がそんな簡単に野宿とかしたらダメですよ? ゴブリンとか弱いとはいえ化け物も出ますし」
ああ、そいつらなら森に東にあった池に沈んでるからもう大丈夫だと思うけど。だいたい時間停止をかけたうちのテントを物理的にどうこうできる存在はそうそう居ないと思う。あ、まるごと焼かれたらマズそうだけど、水と風を使うリスティたちがいればどうとでもなるな、とは言わないが。
「はい、気をつけます」
うむ、安全には気を付ける。特に同行者が居る時はね。
「じゃあ、ミリの葉採取されて来たんですね。買取いたしますか?」
「はい、沢山あるんでお願いします」
と言うと、ユズさんは俺の肩掛けバックを見て微笑んだ。
「では、こちらのカウンターにどうぞ」
と昨日俺らを応対してくれたカウンターに案内される。俺は、バックから10枚重ねて時間停止をかけてあったミリの葉をカウンターに乗せる。
「今年のミリの葉、もうこんなに育ってたんですかー。大きさも基準以上ですし、虫食いや破れもない良品ですね。去年の事があったから心配してましたが。では、これを買い取らせていただ」
俺は次の10枚をカウンターに出す。
「あ、まだあるんですね。こちらも基準以上なのでこれで二口」
俺は次の10枚をカウンターに出す。出す。出す。
「え、ちょ、3、4,5……」
「早く片付けてくれないと出せないですよ?」
俺はテーブルに所狭しと、ミリの葉を置いていく。テーブルに置かれた未チェックのミリの葉の山ができていくと、ユズさんは。
「ちょ、みんな手伝って。お願い」
と他のギルド職員を呼び集める。その声になんだなんだと野次馬が集まってきてしまった。まあ、これくらいは仕方ないか。ギルド職員たちはバケツリレーの様相で、ミリの葉を受け渡しチェックしていっている。一枚一枚確認するから悪いんだよなあ。こんなの重さで判断とかできないのだろうか。
『すっげーな、採取依頼であれほど気合入った奴も居ないだろ』
『というか、それ以前に異常だわ。なんだあの今取りましたみたいな新鮮なミリの葉は』
『確かに異常に可愛い……』
野次馬冒険者どもが、俺を遠巻きにあーでもない、こうでもないと呟いている。まあランク上げる時点である程度の異常性は隠し切れないと思ったが。こうも決壊が早いとは思わなかった。一部のヤツラが、獲物を見つけた猛禽類のような目でバッグを見ているな。
半分くらい出し終わったあたりで、ユズさん達が一旦ストップして場所を変えようと伝えてきた。
「ごめんなさい、こちらの配慮不足でした。後はギルド奥の部屋で進めましょう」
もう遅いんじゃないかなーとは思ったが、言われた通りに奥の部屋に移動する。
「そのバック、中に物が沢山はいる魔道具なんですよね? とても稀少で、かつ価値が高いので欲しがる人が多いと思います……ですのであまり使っている所を人に見せない方がよいかと思います」
「そうなんですか、軽率でした」
と頭をぺこりと下げると、ユズさんはぺこぺこと頭を下げている。いやそんな気にしなくていいのよ、割と見せ付けた所もあったので。
ユリアナにも彼女用のスリアの街の家の倉庫直結バックを持たせてるから、そちらに注目されちゃうよりは俺のバックの方をマークして欲しかったからね。
俺の方は、変なヤツが来てもなんとでも対処ができるけど、その害意がユリアナに及ぶのは避けたい。まあ、いざというときは、ためらわないでバックは捨てろとユリアナには伝えてある。あんなもの、いくらでも交換できるからね。
日が傾き始める頃、ようやくチェック作業も終わりが見えた。今ユズさんのチェックしているものが終われば、ミリの葉131束って感じだ。リスティと頭真っ白になりながら池のほとりでの初めての共同作業をちょっとばかり頑張りすぎたね、3割も多いとは思っても居なかったわ。
「はあ……ユキさん、もうないですよね?」
「あはは、もう流石にからっぽですよ」
疲れきったユズさんに同情しつつ、バックを逆さにして振ってみる。ミリの葉とる前にすべて荷物は倉庫に一旦移しておいたし、ミリの葉以外入れてなかったからね。そんな振られたバックからひらりと一枚の葉がひらひらと舞い落ちる。
「「「な!!!!」」」
ユズさんをはじめとした、ギルド職員たちが驚きの声を上げ、その目がそのテーブルにひらひらと舞い落ちていく赤い葉に注がれていた。
「ま、まさかこれ、絶滅種のミリの希少種じゃないですか?? どどどどこで、これ採ったんですか!?」
ちゃうねん、それミリじゃなくて赤紫蘇なのとは言えなかった。俺たちが、このギルドの部屋から開放されるのはまだ先のようだね、お腹すいたな……。




