58話 ミリの葉
俺は仕事を探すべく、依頼書が貼り付けてある壁の方に移動する。昼頃という時間もあってか、残っている依頼書はまばらだった。朝一に来たことがないが、最初の説明によると朝ギルドが開いたときにみな良い依頼を得るべくギルドメンバーがこのエリアに殺到するのだそうだ。すでにこの時間だと割が良かったりする仕事はほとんどなくなり、報酬が安かったり、普通に面倒な仕事が残る傾向なのはこちらの世界でも同じなようだ。
俺は残っている依頼をチェックしていく……。依頼にはランクの指定もあり、最低ランクの俺に選べる仕事はほとんど無かった。この町の中での配達、これは昨日ここに来たばかりの俺には厳しいな。依頼主の所に行って荷物を受け取ってそこから指示される人に荷物を届けるという前職に近い依頼もあるけど、知らないことだらけで効率が悪すぎる。俺の移動力と、空間把握があればこなせる可能性も無いわけではないから、まあ保留だな。
夜間飲食店手伝い、無経験可。誰にでもできるお仕事です……。ってこれは冒険者ギルドに来る依頼なのだろうか……。
「あー、その依頼はほぼ常設なのよ。他の街から来た冒険者のコが、ちょっとした小遣い稼ぎをするのね」
へー……って、いつの間にか、俺の後ろにユリアナに並んで犬耳受付嬢のユズさんが立っている。周りを見るとほとんど人も居ないし、ヒマだから新人で仕事していなかった俺のフォローに来てくれたのかな。
「可愛い子だと、依頼料とは別にチップも貰えるし喜んでやる子達も居るわよ、変なお店って訳じゃないしね。まあ、貴女たちは可愛いけどもう少し大人になってからの方がいいかな?」
ってなんかユリアナの頭を撫でている。認識でちょっぴり下から覗いてみると、彼女のゆったりめのスカートに隠れたしっぽがぶんぶんと振られているのが判った。ユリアナも嫌がってないし、俺も嫌な感じは受けないから、これは由香里ねーさんみたいなかわいいもの好きな人だな、ユズさんは。
「変なお店ってどんな店なんですか?」
ってユリアナに聞かれて、どう答えていいのか困っているようだがまあ放っておこう。
やはり時間も遅いし、めぼしい依頼が無いなあ。と依頼書を眺めていくと、ちょっと高いところに張られた割合新しく張られたであろう依頼を見つける。認識の視界を飛ばしてみると、森にこの時期から生えるミリの葉という植物の葉の採取依頼だ。内容は、例年通り規定サイズ以上の葉を10枚一口1銀貨として買い取るとの依頼だ。依頼主は冒険者ギルドとイパナの薬師たちの連名依頼らしい。
近寄って見る振りをしようかと思ったんだが、背伸びしても微妙に背が届かない。さすがにここでエア足場をするわけにはいかないので見ているフリをしようとぴょんぴょんと飛び跳ねていたら、後ろでユズさんが悶え苦しんでいた。だめだ、このおねーさんちょっとダメな人かもしれない。
「えっと、これはこの時期からそろそろ収穫できるかなって事で出された依頼なの」
と、帰ってきたユズさんが説明してくれる。このミリって草は、この時期に葉を広げ出し、成長した葉は独特な良い香りがするので良く分かるそうだ。潤沢にマナを満たしたミリの葉はすり潰されて薬として用いられて、ポーションの材料になるらしい。そういえば、ポーションとか飲んだ事もどころか、見たこともないな。まあこの世界に来て受けたダメージがフローリアに噛まれた耳と、爆風にやられかけた鼓膜だけだからなあ……。
この大陸でちょっと森に入ってちょっと探せば見つかるので、なりたて冒険者の子供の小遣い稼ぎに良い仕事なのだとか。
「そういう初心者向けの仕事としては、オススメしたいんだけどね。去年うちの子たちが近くの森を荒らしちゃったからそこまで数は取れないかもしれないの」
ここで先の迷宮都市のランク足きりが関わってきて、去年、迷宮にチャレンジできるランクが定められた時に、その時Eランク未満だったこの街の少年冒険者たちがこぞってミリ草をかき集めて、ランクを上げたんだそうだ。
「荒っぽい男の子たちだったから、採取も大雑把でね。根ごと引き抜いてきて幾つものコロニーを殺しちゃったの、だから今年はどれくらい採れるのか判らないのよね」
とため息をつきながら、奥にいったユズさんが一枚の葉を持ってきてくれる。
「これがミリの葉ね。乾燥しているけど、独特の香りがまだ残っているから嗅いでみて? これは乾燥して縮んでいるけど見た目この大きさ以上なら買い取れるわ」
俺が興味を持ったのをわかってくれて、サンプルを持ってきてくれたのか。あれ、これ見たことある葉だな。そして匂いを嗅ごうと鼻に近づける、と鼻をかすかにくすぐるこのどこかで嗅いだような香り。目を閉じるとホカホカご飯に混ぜ込んでたべてたゆかり……紫蘇だこれ!!。
へー、この世界ではしそは薬草になるのか。って日本でも元々は薬草だったね。殺菌力は高温多湿な地に住む日本人の腹を守ってきたといっても過言じゃないかもしれない。これなら生えてればすぐ見て判るだろう。うちの庭にも良く生えてたし、天ぷらにして食べてたりしたからね。
「これ、1日何口まで買ってもらえるとか制限あるんですか?」
「ええ。まだ時期的にちょっと早いかもしれないけど、もう薬師さんの方にも在庫がないみたいだから、あればあるだけありがたいかな?」
よし、その言質は頂いた。といってもまずFランクを目指すには1千枚か……あれ、全然ラクそうに聞こえない。まあ、まずは現地を見てみないことには皮算用もできないね。
「教えてくれてありがとうございます。じゃあ、ちょっと森の様子を見てきますね」
と、ユズさんに告げて俺はイパナの街の東に拡がる森を目指すことにした。森なら見つかると聞いていたし、まずは生えている現物を見てみたい。
歩いてそちらに向かいながら、ジャンバーの右ポケットを探って骨伝動マイクとイヤホンを取り出す。そして由香里ねーさんを呼ぼうかと思ったら、
『ゆっくんの気配がした!!』
ってドアを開けて由香里ねーさんが俺の部屋に入ってきた。いや、気配じゃなくてセンサーだろうというツッコミはさておき、お願いしたいことがあったんだ。
『ねーさん、今うちに紫蘇ある?』
『庭に生えてるのでいいなら取ってくるけど?』
『うん、ちょっと欲しい』
『じゃあ、ちょっと待ってて。その間にコレお願いね』
とクリップ付きのUSBカメラを渡される。まあ、ここなら人目も無いし良いか……。
森に入ると、程なくミリという草木が見つかった。ていうか、まだちっちゃいね。葉を調べてみると独特なギザギザと香りがする。
『あー、そっちにもしそあるんじゃん。へーこっちのと見た目は変わらないね。はい、これ』
と由香里ねーさんが持ってきてくれた紫蘇を手渡してくれた、って赤シソの方か。俺大葉って言わなかったもんなあ。
俺はふんふんとユリアナと2人でこっちのミリの葉とあっちの紫蘇を比べていたけど、葉の触り心地や、匂いを比べてみるが何べんも比べていたらよく判らなくなってしまった。俺より味覚や臭覚がすぐれてそうなユリアナも首を傾げている。ほとんど物としては一緒のような気がするんだけど。これが同じものなら日本から何千枚ほど輸入したいんだけどなあ。
「なんかゆっきー楽しそうなことしてる」
と森の収集家のフローリアさんがもぞもぞとウェストバックから這い出してきていた。そして俺の持っている赤シソの葉を見ると目を輝かせて飛びついてきて、その葉に口を寄せる。
「あ、食べないで!!」
止めようと思ったら、フローリアの口元からぺーぷーぺーぷーと音が奏でられている。
って草笛か、あの小さな口で器用だな……。
ぺっぺっぺー、ぺーぷー……って!! そのメロディー危険なネズミな曲じゃないですか。
しかし、空中でその危険な曲を彼女が奏でると、目の前にある木々もそのリズムに乗って揺れ始める。そして、目の前に生えていたミリの草木が揺れ始めたかと思うと、ぐんぐんと背を伸ばしながら赤ずんでいく。そして目の前でぽんぽぽんと音が聞こえるような勢いでどんどんと葉を広げていくのだった。
『うわー、リアルネズミーワールドだよゆっくん』
とこの場面を見ている由香里さんも大喜びでなにより。しかし、これがミリの葉と認められたとしても12,3枚しか1本から取れなそうだな。踊ってるミリの葉を一枚毟ったけど、もう葉が増えなかった所を見ると、100株は必要なのか。
まだ踊り奏でているフローリアを眺めながら、そう簡単にはいかないよなあ……、とちょっと嘆息した。




