42話 殺意
※ ちょっとシリアス+微グロ展開です。2回ほどで持ち直す予定ですので、
そういう展開が嫌いな方は、そちらをおまちください。
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「まったく、水あまり飲むなって言っただろ、嬢ちゃん」
「違いますから!!」
やっと訪れた休憩時間に馬車から降り、お尻をトントンしていると、あーなるほどと納得してくれたようだ。本当に皆の視線が生暖かくて困ったわ。まあ折角だから、念の為トイレでも行っておこうかな。まわりの認識を拡げて、人が居なそうな所を探す。
「あまり、遠くにいくなよ? 皆揃ったら出発だからな」
その声に手を上げて答えて、森に入る。そして視界内に誰もいないことを確認してしゃがむ。立ってすると億が一見られたときに面倒になりそうだからな……。念の為、認識を拡げてみる。やや離れた森の中で、傭兵の一人が木を背にしてなにかブツブツ言っている。独り言か?
『……商人が1人、中年の夫婦にガキ、と雌ガキ1匹、こいつは上玉だ』
雌とか何言ってくれてるんだあの傭兵は。って誰と話してる?
『ははは。ちょっとくらいの味見くらいは許されるだろ、あんなの都でも見たことねえよ』
周りには誰も居ない様だ、把握できない。なんらかの魔法で誰かと会話しているのだろうか。
『もう交代の時期だし、ゴミ掃除はおわったんだろ? もうこんな獣臭いとこには来たくねーな』
そんな話を終えて、しばらくすると傭兵は森からでて皆の所に戻っていった。くそ、プロっぽいとか心の中で尊敬しかけていたのに、プロのクズだったらしい。
にしてもお尻といい、駅馬車の旅は面倒だな。逃げちゃうかとも、一瞬考えたが、この後他の乗客がどうなるか考えたら無視できないよなあ。ふむどうするか。
「おせえぞ、嬢ちゃん」
ちょっと考え事してたら長引いてしまって怒られた。とりあえず、前にゲーセンで取ったナスのゆるキャラぬいぐるみをポケットから引っ張り出してタオルに巻いてクッションになってもらった。すまんなっす。お前くらいしかポケット通らなそうだったんだ。またガタガタと馬車は走り出したが、さきほどよりはお尻は痛まなかった。それよりも頭を悩ますことがあったからかもしれない。
夕闇が深くなる頃、駅馬車はいつもの野営場所だという森の片隅に止められた。ここから先に進むと、北側が岸壁となり、風が強く、野営には向かないのだという。皆思い思いに夕食を取り、御者から貸し出された毛布にくるまる。明日は日が昇ったらすぐ出発だという。みななるべくラクな場所を見つけて横になったりして眠るようだ。
夜更けになって、傭兵というかクズ2人は動き出した。ナイフを抜き、一人は親子連れの方に、もう一人は商人の方に歩いていく。まず男手を減らす気か。御者の男もいつの間にか起きていた、彼はニヤニヤしながら剣を持って俺に近づいてくる。くそ、コイツもグルなのか。客商売にしては語調が荒いし、この移動スケジュールもおかしいしこういうコトかよ。普通野営なんてしないで着ける距離なら朝出発して夜着くように移動するよな……初めてづくしで疑うことすら忘れてたわ。
俺の始めての馬車の旅を汚してくれたクズどもにむかっ腹がたってきた。周囲全ての人を時間停止した。その上でクズ3人をロープで縛り上げて、蓑虫の様に地面に転がした。
「な、なんだ」
時間停止を解除した3人はいきなり視点が変わり、体を動かそうとしたら身動きが取れないコトに気付いてもがく。そして周りを見渡し、自分らが転がされていること、そしてそばに立つ俺に気付いた。
「この雌ガキ、お前の仕業か!! ふざけんな、縄を解け!!」
とかふざけるなとか自分の事かな? 俺は傭兵の腹に容赦ないケリをくれてやった。体をくの字にまげて悶絶している。あの手ごたえならしばらく物食えないだろうが、人殺しには容赦はしない。
たとえ、今まで命を奪ってなかったとしても、攫って自由意志を奪うのならそれは殺人と同じだと俺は断定した。
「てめえ、いい加減にしねーと、タダじゃおかねーぞ。俺らのなかぐぁ」
ああ、何ぬかしてんのかねこの人は、混乱しすぎて状況判ってないのかな? 彼にも鳩尾にケリをくれてやった。ふざけた言葉は肺の空気がなくなって続けられなくなったようだ。ガホゲホ咳をしている。
「で、キミらの仲間ってどこにいるの? 教えて?」
偽御者か御者兼人攫い助手のクズは、3発頑張ったが口を開いた。もう俺が普通のガキじゃないことは把握できたのだろう。
「あの森の岩陰にある洞窟の先に…ある船だ…」
俺は4発目を入れて意識を刈ってやった。
森の岩陰を見ると洞窟が見えた、入り口に見張りは居ない。認識範囲を広げていくと、洞窟はいって右手にこちらから判らないような角度で横穴が掘ってあり、そこに男が剣を片手にイスに座って待機していた。洞窟の入り口の地面近くに張ってあった黒い糸、この先に付いている鈴がなったら誰であろうとその相手を殺す、そんな流れか。
その男に時間停止を掛けて、俺は進んでいく。洞窟の先が広い空間になっていて、そこが認識に入った時、俺は吐きそうになった。そこは人によって作られた地獄だった。人が愉楽の為に人を殺す、そんな場だ。もう死した物さえ、なぶり者にされていた。こんな光景、想像もしたことなかったし、見たくもなかった。こんな残虐なことが人はできるのか。
俺は吐き気を抑えながら、ここにフローリアを連れてこなかった事を本当に良かったと思った。自分でも気付かない内に俺は泣きながら歩いていたようだ。俺はこの洞窟すべてに時間停止を掛けて、タルで保管されていた油を荷物や木材などにまいてまわった。ここには生きた人間は居ない。この歪んだ笑みを見せる生物たちはもう人間でない。そう判断した。
広間の先は入り江に続く道になっていた。奥に係留されていた船には船員は残って居なかった。あのソドムの宴の中にいたのだろうか。認識を拡げていくと、船の奥にある奴隷たちの部屋だったらしき檻の中に、一人だけ残っているのが判った。俯いて身動きはしないが、生きてはいる。
俺はその鍵がかけられていたドアを拾った剣で切り落とす。檻の中でうずくまっていた少女が顔をあげて、それが目に入ってきたとき俺は思わず息を呑んだ。その顔は油か何かをかけられたのか酷く焼かれていた。顔として判別できる部分の方が少なかったくらいの火傷、その焼け爛れた唇が言葉を紡いだ。
「アナイカにおシごとでスか?」
俺はそれに何も答えず、持っていた剣で彼女の足にハマっていた鎖を切り裂く。
「アナイカ、ナニスればいいでスか?」
彼女の足は衰弱して歩くことも困難そうだった。俺は彼女をそのまま抱きかかえると外に出る。
「アナイカ、ナニスればいいでスか?」
俺は彼女の問いに答えられなかった。口を開いたら声を出して泣いてしまいそうだったから。
彼女を駅馬車のところまで連れて行く。男3人の声も聞きたくなかったので、時間停止を掛ける。
「ここで待っていて、なにもしなくていい」
と毛布をまとわせて座らせた。
「はい、アナイカ、ナニもシまセん。待ちまス」
俺は洞窟に戻り、松明の火を船や油を掛けた荷物につけて回った。そして十分火が回ったところで時間停止を解除する。洞窟からはうめき声すらも聞こえなかったが、その黒い煙をあげる炎を、俺はいつまでも見つめていた。そうしなければいけない気がした。




