3話 君に決めた
「時空魔法」
目の前のホログラムに映るその文字に震える指を近づける。そして、その詳細を表示させ、その文字に目を走らせる。
時空魔法。
それは、時間、空間に対して術者の意思で干渉する術法。あちらの世界に於いても、神話に語られるような幻の術で、実在すら疑われている。
代表的なもので時間停止、時間遡行、空間保持など。術の発動に際して消費するマナは非常に多く、常人にはとても扱えないシロモノ。もちろん使い手は現在一人も居ないとか。
時間停止。その言葉、なんという素晴らしい響きか!
時間停止した対象は、術者がその術を解くまで全ての感覚が停止する。もちろん対象に時間停止している自覚は無いというのだ。
時間停止しても映像が動くHODのビデオとは違う。
Q.ちょこっと触れるのは犯罪ですか?
A.誰も認識できなければノーカンです! きっと。メイビー。
イヤッッホォォォオオォオウ!時空魔法最高!!
全裸で叫びだしたい衝動を必死に抑え、キリっと引き締めて女神さまに聞いてみた。
「時空…魔法ですか? 創世の初期に試しに設定した魔法ですが、私どもの世界の魔法使いでは使えませんでした。術を発動しようとするとマナが枯渇して発動も難しかったと記憶しています……」
なんか女神さまヒいてません? 俺の内なるテンションがバレたのだろうか。
俺なら使えるのかと聞いてみると、今のマナが希薄な体にマナが充填されれば使える可能性はあるとの事。ちなみにマナの総量は鍛えたりしたら増えるのかと聞いたら、人が持ちうるマナの総量は産まれた時から変わらないという。
残念ながら、修行編は無くなったね。
ただし鍛える事でマナの吸収速度、つまり回復力は高めることはできるらしい。ほうほう。
「俺は、時空魔法を選びます。これからの運命はこの魔法で切り開こうと思います」
そう、女神さまにはっきりと告げた。これ以外の選択などあるものか、と。
「こちらとしてはお願いしている身です、貴方が選ぶというならそういたしますが……」
後悔しませんか?と言外に告げているが、もう決めたことなのよガッデス。
透視魔法があったら悩む可能性は素粒子レベルに存在するが、流石に透視魔法じゃ化け物の居る世界を生き抜ける自信が無い。
もう俺の言葉が翻らないと察した女神さまは、俺をその場にしゃがませると
さっと両手を俺の頭の上で重ねた。囀るような声でなにか真言のようなものを唱えたかと思うと、さらにまぶしい光が眼前に溢れる。目の前のホーリーパイすら見えなくなってしまったよ、残念。
そして頭の中に膨大な情報が流れこんできた。
体全体も燃えるように熱くなってきたーと思いかけたときには意識がまた途切れ……
目を開くと、そこはまだ女神さまの神域だった。
「一度の転写の負荷で気を失われた様ですが、天恵の授与は終わっていると思います」
と言われていろいろ考えてみる。
自分が空間に対して干渉できる術理、その方法を理解していることが判った。そして判ったといってもそれは自動車のマニュアルを理解しているのであって、運転のノウハウを完全に理解できた訳ではないということもなんとなく理解した。
不思議な気分だ。
あと、違う世界の言葉も理解できるようになったことも把握できた。自動言語翻訳機能が頭にインストールされたって感じかな。学生の頃、語学に苦しんだ身としてはありがたい。涙でるレベルで。
「本来なら、武具や旅の支度などお渡ししたい所なのですが、この転移に対するキャパシティがすでに足りず、申し訳ありませんが、その身ひとつでの転移ということになります……」
ただこれをお持ちください。と渡されたのは耳から掛けるタイプのモノクル(片眼鏡)。これを使うと相手の業の量が判る神具で、数字がプラスなら善側に、マイナスなら邪側に寄ってるのを視認できるらしい。
その数字の絶対値の大きい存在が、より世界に大きい影響を及ぼしていく存在だというのが判るのだとか。
「では、」と女神さまがまた両手を挙げようとした所で
「ちょ、ちょっと待ってください!」
と声を上げる。ビクッとなる女神さま、ちょっと可愛い。
「な、まだ何かありましたでしょうか。高坂幸弘さん??」
身震いしながら、俺は女神さまに懇願した。
「あの、トイレ貸してください!!」