12話 くっコロセ…
俺は今、名も知らぬ草原を見知らぬ明日へと向かってひた走っていた。道では、最近どこかで見た意匠の鎧を着て、馬を走らせる騎士の集団に何度かすれ違った。しかし挨拶はせず、すっと道端の深い草むらに伏せたりして道をお譲りした。
彼らがどこを目標にして、整然と馬を走らせている集団が何を目的に走っているのか。俺はあえて考えないようにしていた。といっても後ろを振り返るともう結構離れたはずなのに遠くに立ち昇る黒煙が見えるんですけどね……。油にでも広がって何かに引火して大変なコトになっているような気もしないでもない。
が、あれは目の錯覚、きっと妖怪の仕業だ。
なんどかその兵士たちとのすれ違いを繰り返していると、道が二つに分かれていた。片方はこのまま草原に続く道。多くの轍が残っているところをみるとこっちがメインの街道かな。あの馬にのった人たちはこちらから来ているようだ。
もう片方、すこし坂になっており、その坂を登ると、ゆるやかな稜線を描く山々の方に続いている。
深く考える事もなく、俺は丘の方へ足を向けた。平地の方が大きい街がありそうだが、都会は今ちょっと時期が悪そう。
都会のパリっとした女の子より、今の俺は山地の素朴な女の子に出会いたかった。ということにしよう。うん。
罪からの逃避はこのくらいにして、現実を見据えよう……。まだ日は傾いてないが、なんとか暗くなる前に人里にたどり着きたいところだ。
森を離れて、草原をひた走ってここまできたが、回りには食べれそうな物がなかった。ひたすらに低い草木しか生えていなかった。まれに小さな実をつけている木があったが、これはアレだ。すっぱい奴だ。
ちなみに、フローリアはひらひらと飛びまわり、草原のそこらに咲いている花々に顔を突っ込んでいる。昆虫か! まあ、彼女のご飯は心配する必要は今のところなさそうだな。
なんどか休憩を挟みつつ、しばらく丘の道を進んでいると、ぽつりぽつりと建物のような物が見えはじめた。あれは風車に、水車小屋かな?
羽の形や水車の形など、俺の知っているものとは若干違っていたが間違いないと思う。世界は違ってもこういうものは、自然と似通っていくものなのだろう。
さらに近づいて行くと、綺麗に区分けされた畑も見えてくる。風に穂をゆらしているのは小麦なのかな? まだ青々としてる所をみると収穫はまだらしい。
あの森の監視所みたいな所にいた兵士がパンとか言ってたし、こちらの世界でも小麦は主食なのだろうか。
異世界だけど植生や文化など似通った所が多いみたいだ。これは平行進化の奇跡ってやつだな。
ふと声が聞こえた気がして、そちらに意識を向ける。道の遙か先の方で、髪を後ろに束ねた少女が、道にしゃがみ込んでいた。そして目の前にいるのは、豚面の…オークか!!。
オークといえば言わずと知れた豚面の化け物。その欲望のままに貪り犯す。多くの物語で語られる邪悪な妖人。そんな存在だ。
あのままでは、遠めにもちょっと可愛いと雰囲気で判る少女が、ウスイホンみたいにあんなことやこんなことになってしまう。それは勿体無い!!
そんな事を考えていると、オークが彼女に覆いかぶさろうとしている。もはや一刻の猶予もない。俺は力を込めて、その方向を見据えた。そして俺は弾けるように駆け出す。
フローリアは気づいてないようだが、オークだねどーんされたらまた大惨事だ。女の子まで吹っ飛びかねない。
簡単に使ったらダメ!とは話したけど、この状況で使うか、使わないか判らない。安全装置に不安が残る最終兵器な妖精さんである。
そして自分のスピードと相手の動きを見て間に合いそうだと判断すると、俺は時間停止を用いるのは今回は止めた。
ここは危機一髪の彼女を、襲われる寸前で救い出し、キャッ、素敵っ、抱いて!!となるシーンだ。
時間停止では何が起こったかわからずに途惑うだけだろう。と俺はそんな打算込みの救出を演出するのだ。
「待て!」と大きな声を出しながら駆け寄り、彼女の前に立ちふさがる。急に現れた俺に、オークは驚きとまどっているようだ。その無防備な腹に軽く蹴りを入れて、街路樹に叩きつける。
といってもダメージはさほどない筈だ。ここはまだ倒すべきシーンではない。
「大丈夫かい、お嬢さん」と彼女に顔を向ける。ちょっと気が強そうだが、可愛い女の子だ。その子は俺がオークを蹴り飛ばしたことを見て取ると、
「エリオットに何するのよ!!」と怒って涙ぐんでおられる……あれ?
俺は土下座していた。もう平に。彼はオークではなく豚人族という種族らしい。よく見てみれば粗末だけど服を着ていた。エリオットが彼女に覆いかぶさったように見えたが、しゃがみこんでいたお嬢さん、マリエラさんと言うらしいんだが、彼女がなれない靴で歩いていて足を痛めたために、心配して声を掛けていたところだった。
突然現れたヘンなガキに、腹を蹴られて、木に叩きつけられけて少し腰を痛めたエリオット氏は腰をぽんぽんしながら、その張本人の俺に、
「勘違いさせてすまなかったな。マリエラさ助けてくれようとしたんだべ? ありがとな。旅さしてきたんなら、腹減ってるべ。ほらパンさ分けてやるだよ」
と彼が見間違ったのは自分のせいだといい、更に晩ごはんにと分けてもらってきたパンすらくれるようなイイ奴だったから、もうなおさらだ。
純粋な正義感だけでなく、打算込みだったのでダメージはさらに倍だ。
俺は道に大の字に横たわった。
「くっ……コロセ、ていうかコロして……」




