後輩侍女は観察する 4
なのに、セルクさまは相当うまいこと立ち回られたらしい。
上司である騎士団長のファートレンさまをはじめとして、シーリィさまのまわりには真面目で融通の利かない方がそろっていらっしゃる。
ただ、思うにセルクさまにとって一番の難関は地位の高い騎士団長や王女さまの婚約者さまではなく、王女さまの筆頭侍女である以外には侯爵令嬢の肩書きしかないアイリアさまだったのだろう。
主の婚約式に休みを申請したセルクさまへのアイリアさまの反応は実に冷ややかだった。
私は同じくセルクさまはアイリアさまを想っているのだという結論に至った同僚と、そんなアイリアさまの反応にもめげずにぶれないセルクさまに驚き呆れたものだった。
アイリアさまが好きなのに機嫌を損ねていいものなのだろうか。
それだけアイリアさまに余計な虫が付くのをおそれていらっしゃる?
あるいは……シーリィさまの許可を得るためにあれこれおっしゃっていたことも、ただ休みをもぎ取るためだけのその場限りの発言ではなかったんだろうか。
確か自分が側にいないことによって新しい護衛との信頼関係を深めて欲しいとかなんとか、耳触りのよいことをあれこれおっしゃっていた。
一足飛びに信頼関係を深めようとしなくても時間をかければなんとでもなるのだし、アイリアさまの不興を買ってまでする事ではない事柄である気はする。
シーリィさまのお耳に入れたくないようなことで、なにかお側を離れていた方がよい事情も、もしかするとあるのかもしれない。
長く他者から侮られるような言動をしていた裏で、暗躍していたような方だ。可能性は高いのではないだろうか。
だとすると、セルクさまがアイリアさまに思いを寄せているというのは私たちの勘違いなのだろうか?
そうは思っても、なにをどうしたものかセルクさまが騎士団長からアイリアさまのエスコート役をもぎ取ってきたことを考えると勘違いではないように感じる。
結局疑問は深まれど、ご本人に直接問うことができない以上解消されることは考えられなかった。
婚約式に向けての準備で加速度的に私たちは忙しくなっていき、仕事に関係ないことに意識を向け続けるわけにもいかなかったから。
王女殿下の婚約式――それに、立太子の宣言までなされるとあっては、国を挙げての大事業だ。少しの瑕疵のないようにあらゆるところが全力を挙げて動いているという。
主役のおひとりである王女殿下、シーリィさまのお側の私たちが関わるのはシーリィさまのお支度の用意だけだとは言ってもやることは山積みだった。
忙しさに拍車をかけたのは、シーリィさまの婚約者であるレイドルさまだ。当日、シーリィさまの身につけるものすべてに守護の術式とやらを仕込むのだとかいうのがその趣旨だった。
元々シーリィさまの教育係をなさっていたレイドルさまは、ぽかんとする私たちにも丁寧に説明してくださったけれど、残念ながら魔法に関わりの薄い兵士家の私たちに、それはまったくもって理解できないことだった。
わかったのは、自らも多忙な中でレイドルさま自らがシーリィさまのために何かをなさること。
そのために、仮縫い状態のドレスやら装飾品の一切が順にレイドルさまに引き取られていくこと。
それらが戻ってくるのは受け渡して数日は後のことで、その分あとの微調整が遅れてしまうことだった。
「それが、シーリィさまのためになるのでしたら」
レイドルさまの説明を私たちより理解したらしいアイリアさまは、苦渋に満ちたようすでうなずかれた。
いずれ国の王となることが定まった方なのにレイドルさまは低姿勢で、「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と丁重に言ってくださる。
迷惑だと思うなら止めてくださればいいのにと私なんかは思ったのに、アイリアさまはゆるく首を左右に振った。
「シーリィさまの御身のために、過ぎるほど警戒することは迷惑だとは思いません。真に迷惑なのは……」
そしてアイリアさまが視線を向けたのは、たぶん今ここにはいない方がいるであろう場所だった。
奥の、シーリィさまがいらっしゃるお部屋の、護衛任務に当たっているセルクさま。
レイドルさまもアイリアさまの視線を追うようにそちらに顔を向ける。
「筆頭騎士という身でありながら、婚約式に悠々と休みを申請なさった方でしょう」
まるで吐き捨てるような、感情の籠もった声をアイリアさまが出すのは珍しい。その申請を通してご自分のエスコートまでセルクさまにお任せになった実のお父さまについてもアイリアさまはご不満らしい。
ぼやくアイリアさまに私は目を疑った。いつも冷静で、職務に忠実な方がよりによって将来の国王陛下に内定されている雲の上の方に愚痴りはじめるなんて予想外だった。
視線をアイリアさまに戻したレイドルさまは苦笑なさっている。
「一度そう定まってしまったものは、そう簡単には覆らないでしょう」
「ですけど。あの方が余計な申し出をしなければ、私は当日シーリィさまのお側に控えていられたかもしれませんのに」
「シーリィさまは、貴方の将来を案じてらっしゃるのですよ」
私のところからはアイリアさまのお顔は見えない。何も返事ができないらしいアイリアさまに向けて、レイドルさまは「わかるでしょう?」と畳みかけた。
「貴方にも、幸せが訪れて欲しいと考えておいでなのです」
「それはわかりますけれど……」
「社交に出ることのできないシーリィさまにならい、すべてを控えていた貴方です。そんな貴方が、シーリィさまの晴れ舞台にお近くにいたくないわけがないと考えるまでもなくご理解いただいていてもおかしくないのに」
レイドルさまはわずかに苦笑する。
「国中の貴族が招かれる婚約式なら貴方のお相手が見つかるかもしれないと思いついたら、それしか見えない方ですよね」
呆れたような声が冷静にそうつぶやく。だけどそこが好ましいのだと言わんばかりにレイドルさまの口の端にはわずかに笑みがにじんでいた。
「そんなシーリィさまの意図に沿うよう、貴方が相手探しに動かないように、セルクが貴方のエスコートをすることで周囲を牽制したい気持ちも、まあ、わかります」
「えっ?」
驚いたように肩を跳ね上げるアイリアさまを見返すレイドルさまは不思議そうだ。
「セルクは貴方に告白をしたことがあると言っていましたが……違うのですか?」
「なっ、それはっ、えっ」
動揺も露わに後ずさるアイリアさまに、「違わないようですね」とレイドルさまは納得のご様子だ。
一連の流れに驚いて声を上げたり、身動きしなかった自分を私は後で誉めてあげたい。
「間違いなく、彼は本気ですよ」
「そ――そんなことを、セルクさまはレイドルさまにお話になるのですか?」
「時には」
「そう、なのですか」
アイリアさまは話している間に多少は落ち着いてきたらしい。
そうか、ご本人に告白するくらいセルクさまはアイリアさまがお好きなのかと、判明した事実に私は密かに興奮した。
今、ここにいない同僚たちにも後で話してあげなければ。
「彼のことを前向きに考えるにしろ、そうでないにしろ、婚約式は彼の側にいるといいでしょう。少なくとも結婚式までは貴方もシーリィさまのお側にいたいのでしょうし、貴方の幸せを望むシーリィさまもそれは同じでしょうから。セルクはその思いを汲んで、貴方を煩わせることのないよう動くはずです」
「あの方が私のエスコート役に名乗りを上げたことが、一番私を煩わせているのですけど」
そうかもしれませんねなんてレイドルさまはさらりとうなずく。
そして、無理難題を私たちに申し渡したこととか、アイリアさまをひどく動揺させたことを気にする風でなく、婚約者のご機嫌伺いのためにあっさりと立ち去られたのだった。




