後輩侍女は観察する 5
レイドルさまからもたらされた新情報は、忙しさに忙殺されがちだった同僚たちを喜ばせた。
ようやく疑問がすっきりしたので、私としてもうれしいことだ。
唯一そのやりとりを耳にした私は、興味津々の同僚たちに向かって語った。
「あの時のアイリアさまのご様子からすると、これはひょっとするとひょっとします!」
動揺してあわあわするアイリアさまを正面から観察できなかったのが口惜しい。
「これまで見ていた限り、セルクさまは望み薄だと感じていたのですけど……押して押して押していけば案外ころっと恋に落ちちゃいそうに見えました!」
「セルクさまは、押して押して押していきそうな気配ですよね」
「アイリアさまは冷たくあしらっていますけど」
「その気持ちも分かりますよー。だって、筆頭騎士なのに婚約式に出席したいだなんておっしゃるから」
直接目撃していない同僚たちは私の言葉に半信半疑。
ああでもないこうでもないと言葉を交わすのは、シーリィさまのお茶の時間。シーリィさまと、アイリアさまと、セルクさまに、今日は珍しくもレイドルさまが加わって、人払いを命じられたら王女殿下付きの侍女の仕事はさほど多くない。
だから私たちもお茶を手に、かしましくやれるというわけだ。
魔法の使えない王女殿下と、落ち目にあるという名家の当主の縁組みは、話だけを聞くとどう考えても政略だとしか思えない。
だけどシーリィさまのお相手であるレイドルさまは長く教育係としてお側にいらっしゃった方で、お二方の仲は良好なご様子だ。
婚約者といえど男女を二人きりにするわけにいかないということでアイリアさまやセルクさまはその場に同席されている。
中がどのような様子なのだろうと、いつも気になって仕方がない。
仕方がないんだけど、今それ以上に気になるのはアイリアさまの今後だった。
私たちが想像していたそのまんま、セルクさまがアイリアさまを好いていらっしゃるのは明らかで。
思うに、これまで男性への免疫がほとんどなかったアイリアさまは、レイドルさま曰くの「セルクさまからの告白」にとても動揺していらっしゃる。
日頃の様子からすると、すっぱりあっさりその場で断りを入れていてもおかしくないと思うのだけど――レイドルさまの指摘にひどく動揺なさっていた姿から考えると、意外と脈はあると思えてならない。
セルクさまは見るからに美男子で、アイリアさまは――色気も素っ気もないけど、飾りたてたら間違いなく美人だ。武家の一番と二番の家柄の二人は、きっと目の保養になる素敵な一対になるに違いない。
それはとても望ましいことだと、自分のためにも私は思う。
だって、そうでしょう?
アイリアさまは家格の高さから、武家では一番の高嶺の花だ。それだけでも社交界に出れば引く手あまただと思うのに、枕詞に優秀なとついてしまう王女殿下のもっとも信頼する侍女というおまけまで付けば、武家の独身男性が魅力に思わないわけがない。
私や同僚も結婚適齢期で、城にあがったのは相手探しという一面もある。私は別に積極的に上の家柄の方を求めているというわけではなのだけれど、それでもすこーしくらい背伸びしたって罰は当たらないはずだ。
でも、がんばって背伸びしたところで、相手がさらに上を見ていたら夢も希望もないじゃない?
「私、セルクさまの恋を応援するわ!」
「えっ?」
突然の宣言に同僚たちが目を白黒させる。何をするつもりなのという質問には、そっと見守ろうと思うとしか答えられない情けない私だ。
だけど、思うところを力説すれば賛同を得ることができた。
すべては自分たちの中で茶飲み話で盛り上がっただけの妄想なんだけど、自分たちの想像したセルクさまの境遇に私たちはとても同情していたのだ。
不遇の主のために親身になって働く想い人のために、その当人――アイリアさまに嫌われてもなお暗躍し、王女殿下のまわりが落ち着きはじめた今ようやく動き出したはいいものの冷たい反応をされているのだから。
そんな報われない方を応援しようと私たちはその場で決めた。
応援だなんて言っても下っ端侍女にできることなんて限られているんだけど――セルクさまのためにお二人を二人きりになるように誘導することくらいなら、もしかしたらできるかもしれないもの。
なんて思っていたのだけど、結局のところ私たちに出来ることはなかったと言っていい。
まず、アイリアさまをさりげなく誘導してセルクさまと二人きりにするということが困難だった。
そもそもアイリアさまは真面目な方で、仕事をおろそかにすることがない。更に言えば、私たちはそんなアイリアさまの部下だ。部下の身でアイリアさまを誘導することが不可能に近いのだと程なく気付いた。
そのことがとてももどかしかった。
私たちが出来たことなんてほんの少しだ。ただ、シーリィさまの婚約式へアイリアさまが参加しやすいよう、私たちだけでも大丈夫なのだと仕事に力を入れた。
それでもギリギリまでシーリィさまのお側にいたいというであろうアイリアさまを私たちの手で飾りたてようということも密かに決めた。密かにとはいっても、必要なところへの根回しはしておいた。
まず第一に許可を得なければならないシーリィさまは、「それがいいわ!」と諸手をあげて賛成してくださった。
「そうでもしなきゃ、アイリアはなし崩しで私の側に控えてそうだもの」
婚約式の主役であるはずの方なのに、シーリィさまは侍女たちがこぞって上司を飾りたてたいという言葉におおらかにうなずいてくださる。
「そうね、私の用意が終わったらすぐにするといいわ。私もアイリアのドレス姿をじっくり見てみたいもの」
きっと素敵だわとニコニコするシーリィさまは大物に違いない。
当然そんなことは恐れ多いとアイリアさまが断りそうなのだけどとはお伝えしたんだよ?
だけど、思い立ったらシーリィさまの行動は素早くて、瞬く間にアイリアさまのお母さまにまでこっそりと話を通されていた。
アイリアさまのお母さま――シーリィさまの乳母であった方は娘に輪をかけて真面目なお方だと噂を耳にしたことはあった。
それがなにをどうしたものか、娘が主の侍女の手を借りて身支度をするということをお認めになっていた。
私たちが不躾にお願いしてもきっとこうはすんなり行かなかっただろう。すべては自らの我が儘というかたちを取り繕って話を通してくださったシーリィさまのおかげだ。
いくらか苦言を呈されたものの、アイリアさまのお母さまはシーリィさまのご厚意を無碍に出来なかったご様子だ。万事抜かりなくシーリィさまのご準備が整ったならばと条件付きで、最後にはうなずかれていた。
娘の社交デビューのための用意を、それこそ万事抜かりなくアイリアさまのお母さまはなさっていた。他国より嫁がれた王妃さまに長くお仕えされている方に抜かりなんてあるはずがない。
本当はご自分でなさるおつもりだったのではないかと気付いてしまうと申し訳なく。
だけど、ご当人はそれに気付いたかのように「妃殿下のお支度もありますから助かります」とさらりとおっしゃられた。
真意を読ませないそのお顔に、読まれてしまった私たちはひどく動揺し――そして、これでもかと気合いを入れた。
婚約式当日は目の回るような忙しさだった。あらかじめ何度も打ち合わせと練習を重ねていても、いざとなれば予定外のこといくらでもあった。
アイリアさまのお母さまをはじめとした王妃さまの侍女さまがたの手助けがあっても、不慣れな私たちは右往左往することになった。
王家の姫君の晴れの舞台への用意があらかた終わって一息ついたところで、アイリアさまの支度が残っているなんて。
自分たちが言い出したことだけど、私は正直ちょっと後悔した。
だけど体力の限界に挑戦するように私たちは奮起した。
お母さまに「当日のことは任せなさい」といわれただけで何も聞かされていなかったらしいアイリアさまが目を丸くしているうちに、私たちは彼女を取り囲んだ。
「アイリアも準備しなきゃね!」
誰かが淹れたお茶のカップを傾け一服していらっしゃるシーリィさまがにーっこりと微笑む。
「え、ええ、ええええっ? ちょっ、えっと、あなたたちなにをっ?」
予想外のことに動揺するアイリアさまは、やっぱり本当は可愛らしい方だ。
シーリィさまの準備を終えて一段落したかと思ったら不意打ちで囲まれて、いつもは見えない感情がよーく見える。
「素敵な人に見初められるように、綺麗にしてあげてね」
「はーい!」
主の命に私たちは声をそろえた。
一人が衣装部屋の隅に隠しておいたアイリアさまのドレスを持ち出してくることに、アイリアさまは驚きのあまり言葉もでない。
アイリアさまはすでに素敵なセルクさまに見初められているわけで、他の人をひっかける必要はないですけどね!
セルクさまが更にめっろめろになっちゃうくらいに誠心誠意飾らせていただきますとも。
大丈夫、元は飾り気のない方だからそんなに難易度は高くない。ちょっと化粧してお仕着せからドレスに着替えただけで誰もが目を見張ると思う。
時間がない中で私たちは最大限の努力をした。
そして、ものすごい美人さんが誕生した。なんというか、予想以上の出来映えに私たちは自分の才能に恐怖する勢いだった。
――わかってる、結果がめざましかったのはアイリアさまが普段余りに飾り気がないからであり、元から綺麗な方であるとはわかっているけど。
それにしたって、化けすぎだろうと思ったのだ。
こんなに綺麗で仕事が出来て武家の中では身分のある方が、これまで表に出ていなかったなんてもったいなさ過ぎる。
「わあ、アイリア。すごく素敵」
「そ、そうでしょうか……あの、私こういうのは落ち着かなくて。やはりシーリィさまのお側に残るわけには……」
「だーめ。せっかく素敵にしてもらったんだから」
いつもはきりっとした方が、どことなくおどおどしている。
これはもう危険だ。庇護欲がそそられちゃう。私男だったらアイリアさまに吸い寄せられる自信があるわ。
これはもったいないとか言ってる場合じゃない。うっかり一人で社交界に躍り出たら浚われちゃいそう。男性陣は吸い寄せられて大変な事態になるだろう。
そうなれば私たち下位貴族の娘には夢も希望もなくなる。だって、こんなに素敵な人、滅多にいないよ? 仕事も出来て身分も確かな上に、変にすれてなくて可愛らしいとか、なんなの。
なーんて、自分たちの手で危険な存在を作り出してしまった事実に今更気付いても遅い。
朝からのバタバタで精魂尽き果てていた私たちは、笑顔でシーリィさまに送り出されるアイリアさまを半ば呆然と見送るしかなかった。
ただ、希望がないわけではない。
アイリアさまにはセルクさまがいるのだから。悪評を振り払うためになのか近頃はとても真面目になさっていたのに、その評判を気にせずに――おそらくはアイリアさまのために――主の大事な婚約式の護衛任務を休むくらいに彼女のことを想っている方が。
ああ、元気があればお見送りして着飾ったアイリアさまを見た時のセルクさまの様子を拝見したかったなあ。
流れるような美辞麗句が口をつくのだろうか。
だけど、何事もそつがないように見えて、対アイリアさまとなると途端にあらがある方だからなあ。今回エスコートに名乗り出て、アイリアさまからあからさまに冷たくされちゃったりしてたもん。
でもそれも、アイリアさまの魅力を理解していたから、なんだろうな。だからこそこれまでにない美しいアイリアさまを前に冷静にほめ言葉を口にして、嘘くさいとか思われちゃったりする可能性も考えられる。
いくら想像をしても、実際はわからない。ただ、確実なのはお二人がよくお似合いだということだ。
今日の主役であるシーリィさまとレイドルさまが上位貴族の最上位の一対であり、よくお似合いであるのと同じように。
下位貴族の中の上位で、家柄も見合った一対であること。以前にレイドルさまがおっしゃったことを鵜呑みにするのなら、セルクさまは周囲を存分に牽制するのだろう。
それに引き下がる男性陣が多ければ多いほど、一応私たちの未来にも多少の希望は沸くはずだ。たぶん、だけど。
シーリィさまの付き添い役の選から漏れ、お色直しの際にまた奔走することがわかっている私には実際を目にする可能性はこれっぽっちもない。
付き添い役の同僚でも、シーリィさまから遠くに位置するお二人をみることがあるかさえ定かじゃない。
ただ、この機会にお二人が出来ればうまくまとまってほしいなあというほのかな希望を胸に、私はしばし休むことにした。
今話で終了です。
おまけを近いうちに更新します。




