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ある前世持ち侍女の納得いかない現状  作者: みあ
本編

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21 騎士の小細工

 その後、レシィリアの――つまりは王弟派の陣営には知られぬようにこっそりと、彼女とシーリィとの交流をはじめることができたのは、セルクが最初に小細工をしたからであった。

 彼に大目玉を食らわせたレイドルが後に複雑な顔で、それがあるから今があるとはいえとぼやく気持ちがアイリアには分かる気がする。

 シーリィの従妹姫、レシィリアに逃走癖があり方向音痴であるということが兵士の間では有名な話であったのだと王女陣営にいるアイリアが知ったのはセルクが教えてくれたからだ。

「毎回出し抜かれる姫の騎士は隠そうとしてるみたいだけど、人の口に戸は立てられないよねー」

 自分が助けなくてもレシィリアはきっと取り巻きを撒いたはずだとセルクは言い切って、

「それがいつものことなら、一度くらいシーリィちゃんとこっそり会っても平気だと思ったんだよね」

 そう、簡単にレイドルの神経を逆撫でた。

「だからといって、軽率でしょうが!」

 思わず語気が荒くなるレイドルの気持ちは分かるが、誰にも知られぬようにシーリィが希望を果たしたのだから今回は怒るまいとアイリアは自分を宥めたものだ。

「というわけでー、俺は王女派にも関わらずうっかり迷子になっているお姫ちゃんを保護してしまった設定で兵士に引き渡しておいたよー」

「なんでそうなるんですか?」

 しかし、気持ちを宥めたもののすぐに危ういやり方を聞かされた気がして、すぐになじるように口にしてしまった。

「お姫ちゃんは王女の騎士に見つかったなんてばつが悪いから誰にも口外しないように、わざと兵士に高圧的に言ってたから平気だよ」

「いや、そういう問題でもなく」

「巻き込んだ奴の人選も、一応ちゃんとしたよ。俺、人を見る目はあるつーもりー」

 セルクはにっこりとウィンクする。

「そうとはとても思えないけど」

「保証する貴方が一番信用ならないと思うのは、私だけですか?」

「同感です、レイドルさま」

「全員に否定されると、さすがの俺もちょっと傷つく」

 そんなことを言いはしたが、彼の立ち直りは早かった。

「まあでも、過去は変えられないから、やっちゃったもんは仕方ないでしょ。俺とその兵士に口外しないように圧力かけたお姫ちゃんだけど、ほとぼりが冷めた頃に感謝の言葉を口にしなかったことに反省してそのうちお礼のお言葉がそいつに届く予定。

 その中に、こっそり俺宛のふりしてシーリィちゃんへの手紙入れるって言ってたから、まあ楽しみにしてて」

「王女の騎士が、密かに王弟派とやりとりして問題ないと思うんですか?」

 今更言ってもどうしようもないと悟ったのかあまり反省の色を見せないセルクに文句を言うのを諦めて、呆れたようにレイドルは問いかける。

「問題ないでしょ。俺、女の子には優しくする主義だし、いつものことかーで流してもらえるよー」

「いつものことって、セルク……」

 セルクの主張にシーリィは絶句する。

「そんでもってアートレス家が、本気でシーリィちゃんを王を戴くつもりで王女の派閥に入ったっていうのは武家ではよく知られているからね」

 そんな彼女にセルクは続ける。

「ながーく魔法使いに頭を押さえつけられていた武家のうちでも、魔力量の関係で騎士になれない家系は割と、王女派だよ。ラストーズの歴史初の魔法を使えない王の誕生で、武家の地位上昇が叶うかもと希望を持ってる」

「それが今の話に何か関係あるの?」

 複雑な顔で問いかけるシーリィと同様に、アイリアも疑問に思ってセルクの返答を待つ。

 まあわりと、とセルクは口を開いた。

「この機会にお姫ちゃんに恩を売っておいて、あわよくば純粋なお姫さまから情報を得られたらいいよねーと、そいつの耳には吹き込んでおいたよ?」

「どういうこと、ですか?」

 首を傾げるシーリィをさておいて、アイリアは尋ねた。

 レイドルが難しい顔でセルクを見据えているのが横目で見える。

「そいつにあの剣幕で恩を感じるなんてないでしょうって言われたけど、それは演技だしあとでこっそりと俺宛に礼状が届くんだもんね。そしたらそれをとっかかりに、あわよくばお姫ちゃんをたぶらかせるかもしれないよねとささやいて、共犯に仕立てようと」

「貴方は本当に、何を考えてるんです?」

「出来るだけ無理のないようにシーリィちゃんがお姫ちゃんに会える計画?」

 怒りに震えそうな声を抑えたレイドルに、セルクはあっけらかんと答える。

 レイドルは彼の真意を探るようにじっと見据えたが、やがてため息を漏らした。

「よくまあ、短時間でそこまで悪知恵を巡らせたものですね」

「お褒めに与り光栄の至り」

「褒めたつもりはありません」

 もう一度レイドルはため息を漏らし、「幸せが逃げるよ」とセルクに言われて目をとがらせ、頭を振った。

「直接やりとりをするのが難しいレシィリア姫と、あちらから一方的なものとはいえ連絡手段を確保してきたのはいいとして」

「でしょ?」

「他人を巻き込んできて、どうするんです? 王女の騎士が姫をたぶらかそうとしているなんて噂が立つかもしれません」

「口が堅い人選をしたつもりだけど……、まあ、直接人となりを知らないレイちゃんが不安に思う気持ちは分かる」

 真剣に諭されたセルクは茶化すのを止めた。

「下手に噂が流れたら専属を止めなきゃいけなくなって、結局シーリィちゃんの助けにはなれなくなるだろうし」

 ねっと微笑まれたシーリィが目をぱちくりさせる。

「えーと、私の為に動いてくれてありがとうと言うべきなのかしら」

「可愛い子のために動くのは男として当然の義務ですので、礼など不要です」

「そういう前置きさえなければ、セルクは意外といい男なのに」

「おお、殿下にそのような言葉を賜るとは光栄です!」

 調子に乗って真面目なふりをしてシーリィに詰め寄るセルクをアイリアは冷たく見据えた。

「セルクさまが自らの立場を危険にさらしかねない方法でシーリィさまの為に動いて下さるなんて、正直意外です」

 アイリアはすっとシーリィと彼との間に割って入った。まさかしないとは思うが、勢い余ってシーリィの手を取って何かやらかしそうだと思ったのだ。

 その何かがどんなものなのかは、自分でもよくわからなかったけれど。

 ぴたりと足を止めたセルクが、目の前に飛び出てきたアイリアを見る。

「これでも一応、騎士だしね。主のご希望に出来るだけ沿えるように努力しますともー」

「お言葉ですが、時に主を諫めることも私たちには求められていると思いますわ」

 視線を逸らさずに、アイリアは目の前の青い瞳を見つめた。彼とここまで真正面から向き合うことはこれまで避けてきたので、それには少し勇気が必要だった。

「違いますか?」

 間近で見る彼の眼差しはやはりかつての彼のものによく似ているように思え、動揺しそうになるのをこらえてアイリアは重ねて問う。

「違わないね」

 一度目を伏せたセルクは、はっきりと同意するようにうなずいた。

「だけど――すぐ会える距離にいて、お互いが会いたいと思っているのに、周りの事情で会えないなんて悲しいじゃない? 自分が協力することでなんとかなるなら、助けになってあげたかった。アイリアちゃんだって、そう思わない?」

 再び開いた瞳の真剣な光に、アイリアはたじろいだ。

 こんなに近い距離で真顔のセルクと向き合うことも、当然初めてだった。その距離が、そして口にした内容が、アイリアをひどく動揺させる。

「それ、は――」

 視線をそらしたいのにそらせなくて、アイリアは掠れた声で呟きながら言うべき返答を探すが、混乱した頭では見つからない。

 何故自分がこんなに追いつめられた気分になるかがわからなかった。

 いや、違う。アイリアは天啓のように思い当たった。

 お互いが会いたいと思っているのに会えないという状況に、記憶が刺激されたからだ。

 顔立ちに多少の違いはあっても、この怖いくらい真剣な顔つきに覚えがあったのだ――前世で。

 こんな表情を見た直後に、アイリアの前世ティーファはつらい別れを迎えた。あまり思い出したくないその後の記憶は単調だったからか、「彼」と分かたれた後の生活をアイリアはほとんど夢見たことがない。

 それでも、会いたくても居場所が分からない人を思い余生を過ごしたティーファの気持ちを、アイリアは知っている。胸にちりりと痛みが走り、時に「彼」を思って少し切なくなってしまう程度には。

 もしかして、彼は……セルクにも、記憶が?

 会える距離にいる従姉妹同士に協力してあげたいと思うくらいに、苦い前世の記憶を覚えている?

 そして、アイリアのことをティーファと悟っているのだろうか。

 思わず問いかけようとした瞬間にこの場は二人きりではないことを思い出し、アイリアは仕方なしにこくりとうなずいた。

「そう、ですね。私も、お二人の仲が引き裂かれることを心苦しく思っていました」

「でしょ?」

 アイリアの同意を得たセルクの表情がくるりといつものそれに戻る。つかみ所がなく、飄々として、「彼」らしさのまったくないものに。

 はっとして、アイリアはセルクから視線を逸らした。

「お二人がシーリィさまのために動いて下さること、とてもありがたいです。奥向きで育った私一人では、何もしようがありませんでしたから」

 とんでもないことを口走りそうになっていた自分を胸の内で自嘲しながら、アイリアは真面目な侍女の仮面をかぶってよろしくお願いしますと頭を下げる。

 まさかセルクが「彼」の記憶を宿しているなんて――そんなわけがない、アイリアは自分にそう言い聞かせた。

 アイリアの動揺はさておいて、ともかくその後噂通り優秀なレイドルと言動の割に頭の回転の速いセルクが協力してあれこれ案を練った結果、様々な方法でシーリィとレシィリアはそれから二年ほど密かに交流を続けることになったのだった。

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