20 教育係は助言する
レイドルは真顔で「殿下は」と切り出した。
これはきっと、今は馴れ合いをするつもりがないという彼の意思表示だ。彼が教育係になった当初を思い起こさせるお堅い態度ではあったが、かつてのような反抗的な様子をシーリィはとらない。
「はい」
神妙な顔で応じるのは、自分が悪いことをした自覚があると白状しているようなものだった。
「何をお考えになって、レシィリア姫殿下を自室へお招きになったんですか?」
「レシィとゆっくりとお話ししたいと思ったの」
「それを短絡的な行動とはお思いにならなかったのですか」
シーリィはすぐには答えなかった。
「……少し、思ったわ」
ためらったあとで彼女は素直にそれを認めた。言い訳をしなかったのは、それが通じる相手ではないと悟っているからだろうとアイリアは思ったのだが。
「セルクがうまいことレシィの取り巻きを遠ざけてくれたものだから――またとない好機だと」
すぐに言い訳が続いた。
レイドルは呆れたように短く息を吐き出した。
「殿下と姫殿下との仲がよろしいようだと、見ているだけで私も感じ取れましたが、いささか軽率ではございませんか? 貴方がたにはご自分の立場というものがございます」
「敵対関係にあるってことは、わかってるわよ。私たちの意志は関係なしにね」
「セルクがお諫めすることなく協力したのも悪いですが、殿下もご自身でもう少しお考えになって下さい。貴女と、姫殿下が共にいるのを目撃されて――結果、危険にさらされる恐れがあるのは、おそらく貴女ですから」
レイドルがまっすぐシーリィを見据える。ややして、シーリィは彼から顔を逸らした。
「そんなに、危険かしら」
「危険ですよ」
そんなことはないと言いたげに呟くシーリィに、応じるレイドルは容赦がない。
「魔法が使えないということで廃そうとしている正当な王位継承者に、自分たちが持ち上げている姫殿下が懐いていたら取り巻きはあまりいい気がしないのではないでしょうか。派閥の長である王弟殿下がそのような短慮を許す方とは思えませんが――突発的に殿下を物理的に排除すればいいと暴走するものがいないとも限りません」
レイドルはその言葉がしっかりとシーリィに意識されているか確認でもするように少し間をおいた。
「もちろん、いるとはっきり断言できるわけでもありませんが。起こり得る可能性は常に頭に入れておくべきであると私は考えます」
「はい」
今度は言い訳せずに、シーリィは素直にうなずいた。
「そして必ずしも姫殿下が殿下のお味方と限らないことも、常に頭の中に入れておいて下さい」
「なんでっ」
「それは、あの方がシーリィさまの地位に取って代わろうとしているご本人であるからですよ」
「そんなの、レシィ自身の希望じゃないわ!」
レイドルの言葉に、シーリィは叫んで反論した。
だってとそんなことないを繰り返して、だけどそれ以上の言葉は怒りのあまり浮かばないらしい。
「――レイドルさま、もっともなご指摘だとは思いますが……私の目から見ても、レシィリアさまがシーリィさまをお慕いなのは目に見えて明らかですわ」
「人の気持ちは変わるんですよ」
アイリアが思わず口を挟むが、応じるレイドルは平然としている。ちらとアイリアを見た青い瞳には、いつになく暗い色が混じっているように見えた。
「権力というものは、人を愚かな行動に走らせかねない危険性があるのです。ええ……実の親であっても我が子が精霊使いの才を見せただけで、その子を捨てかねないほどには」
吐き捨てるような言葉には、常の冷静さが消えて珍しくも感情的であった。
ああ、この人は精霊使いだとされた弟が放逐されたことを気に病んでいるのかもしれない――と、アイリアは思い当たった。彼にとっては痛々しい記憶であろうそれを例に、あえて今シーリィに考えられる最悪の未来を提示しているのだ。
シーリィは言葉を失ったまま、目をぱちくりさせる。アイリアも、何も言うことが出来ず、どうしていいのかもわからずに立ちすくんだ。
「姫殿下は未だ幼くていらっしゃる。今は殿下をお慕いでも――取り巻く者に持ち上げられ続ければ、今後お考えを変えないとは言い難いと私は考えます。もちろん、こちらもそうではない可能性もありますよ」
ふっといつもの冷静さを取り戻して、レイドルは続けた。
「そこまで……考えなければ、いけないの?」
ようやく気持ちを持ち直したらしいシーリィが、あえぐように漏らすと「できれば」とレイドルはうなずく。
「レシィが私に敵対するなんて、あんまり考えたくはないけど」
「私もまさか、弟が父に切り捨てられるなんて考えたことはありませんでした。思いついたとしても、当時の私にはそれを止める手だてはありませんでしたが」
「それを止める手があったら、止めたの?」
「そうですね。少し年も離れておりましたし、無邪気な弟を可愛く感じておりました。もっと私が年上であれば……ええ、きっと、どうにかして、少なくとも所在不明にはならないように手を尽くしたと思います」
「じゃあ――私が、レシィとずっと仲良くしていたいって言ったら、協力してくれるの?」
レイドルの返答に何かの希望を見いだしたらしいシーリィが尋ねると、彼は意外にもあっさりとうなずいた。
「えっ、いいの?」
聞いたシーリィの方が驚いてもう一度問いかけている。
「正直なところ、できれば私的にお会いになることは危険ですので控えた方がよろしいと思いますが、せっかく仲のよろしい二人のご関係が大人の事情で断絶される悲しみは私にも理解できますから」
言って、にこりと笑ったレイドルにシーリィはまたもや絶句している。
普段ほとんどにこりともせず、眉間にしわを寄せてあれこれ細かいことを言う人の貴重な笑顔は破壊力が大きかった。
「……えーと、あの。ありがとう、レイドル」
「礼を言われるほどのことではありません。反対などすれば、私に隠れてセルクが余計なことをやりかねませんからね。その前に手綱を握っておく必要があると考えたまでです」
すぐにいつもの調子に戻って皮肉げに言葉は続いたが、そればかりではないのだろうなとなんとなくアイリアは思った。
「ありがとうございます、レイドルさま」
だからアイリアは、主にならってお礼を言う。
「ずっと交流なさっていた方が、ずっとシーリィさまのお味方でいて下さりそうですからね」
憎まれ口を叩くのは照れ隠しか何かなのだろうか。四つも年上の人に思うことではないのだろうけど、何となく微笑ましい。
可愛がっていた弟と引き離された経験のあるレイドルは文句を言いつつも、姉妹のように仲良くしていた二人が大人の事情で分かたれることを見て見ぬ振りが出来ないのだろう。
「そのためにも、レイドルさまが協力して下さったらとても心強いです。ね、シーリィさま」
「そうね」
アイリアが自分と似たような心境に達したらしいシーリィと微笑みあっていると、騒がしく扉をノックしたあとでセルクが戻ってきた。
「セルク、くれぐれも貴方は一人でなにか余計なことをしないで下さいね?」
「うわー、帰ってくるなりまたお説教って! 別に俺は余計なことしたとは思ってないよー。可愛い女の子たちが仲良くお話ししたいって言ってるのに、それに協力しないでどうしたらよかったっていうの?」
ぶうたれたセルクであったが、レイドルが自分も協力するから勝手をしないようにと付け加えると、意外そうに目を見開く。
「えー、散々文句言っておいて? 協力する気あるってなんなの?」
「今回の貴方の短絡的な行動については、まだまだ言いたいことはたくさんありますけどね」
「あー、それはもうしわけございませんでしたー」
説教を回避したいと言わんばかりに乾いた声で謝罪をするセルクに、レイドルは「反省の意志をほとんど感じませんね」とにべもなく言い切る。
「いくらシーリィさまと仲のよい従妹姫といえど、政敵に当たる方を簡単にこちらの領域に連れ込むなど短慮と言わずなんと言うんです? 貴方は、仮にも、一応は、国王陛下直々に王女殿下の護衛を任された騎士なのですよ? みすみす護衛対象の殿下を危険にさらしかねない行動をするなどもってのほかです」
冷静に諭す教育係に、さすがの騎士も思うところがあるのか、居心地悪げに視線を巡らし――それから真顔になる。
「以後、気をつけます」
真顔のままうーだのあーだの漏らしていては本当に反省しているのか疑わしかったが、最後にピシッと直立不動の体勢をとってセルクはレイドルを納得させるに足る態度で言葉を口にしたのだった。
が。
「でもごめんレイちゃん、またシーリィちゃんに会いたいなーってお姫ちゃんが言ってたから、向こうから連絡できるように小細工してきちゃった!」
すぐにいつもの調子でへらりと言ったので、レイドルを絶句させたあとに怒らせた。




