19 少女たちは、ほのぼのと
「レシィリアさま、ごゆっくりおくつろぎくださいと申し上げたいところなのですが――」
「わかってるよアイリア。あんまり長居する気はないから。大体どれくらいなら姿を消していて大丈夫なのかは把握してるし」
手早く用意したお茶を差し出しながらおずおずと口を開いたアイリアに、レシィリアはにこやかに応じた。
「――レシィ、貴女そんなこと把握できるくらいよく逃げ出してるの?」
「だって、大勢に囲まれていたら息が詰まっちゃうよ」
いつぞやにセルクが言ったようなことを口にして、レシィリアはカップを手に取り中身をふうふう冷ましている。
「えへへ、それに、一人でぶらついていたらねえさまに会えることもあるかなと思って」
恥ずかしそうに上目遣いで見つめられて、シーリィは目を見張った。
「周りがうるさくてねえさまに会えないの、寂しいもの」
「そりゃあ、私だってレシィとお話ししたいとは思ってたけど」
「ほんと? いろいろうるさく言う人がいるから……ねえさまは私が嫌になってないか、ちょっと心配だった」
「まさか! レシィがもったいないくらい私を買ってくれてるの、知ってるよ」
二人は顔を見合わせて微笑みあった。
魔法が使えないからと王位継承を疑問視されるシーリィと、魔法が使えるため周囲に次代に王になることを望まれているレシィリアは、対外的には良好な関係とは思えないのだけど、久々に顔を合わせてみれば穏やかなやりとりをしている。
従妹姫が変わらず王女殿下を慕っている様子をアイリアは微笑ましく見守った。
やがて、長居する気はないと言った通りにレシィリアは立ち上がった。
「もう少しくらいお話したいけど」
「私も物足りないけど……あまり長く姿を消して大げさなことになると困るから」
「そうよね」
お互い寂しそうだが、シーリィも積極的に引き留めない程度に分別があるようだ。
「そろそろお帰りなの? お姫さま」
しんみりとした空気を引き裂くように、レイドルから逃れてきたらしきセルクが首を傾げる。
レイドルはまだ何か言いたそうな顔をしているように見えたが、仕方なさそうに指を振ってレシィリアの言うところの音を遮断する結界を散らした様子なのが見えた。
「ええ、そろそろ戻らなければ」
「そんじゃ、程良いところまで送るよー」
「セルク、貴方はまた不用意なことを……」
「髪の色はそっくりだし、お姫さまにシーリィちゃんのふりをしてもらってれば、騎士の俺と二人なら問題ない場所まで簡単に行けると思うけど?」
それに対して文句を言い掛けるレイドルの口を、セルクは大胆に手で封じた。日頃冷静なレイドルが目を白黒させながらもがっというのに軽く笑って「いやいやー」と軽い口振りで再び口を開く。
「この近くで王弟殿下のお姫さまが発見される方が問題じゃなーい? たまにはお兄さんの言うことも聞くべきだと思うけどねー」
「誰が兄ですか」
「俺だけど。ほら、一応年上だし? それがダメなら親友でもいいけど」
「親友……? 確かに共に過ごす時間だけは積み重ねてきましたけど、そこまで交流を深めたつもりはないんですが」
あっさりとセルクの手の内から逃れたレイドルは呆れた顔で頭を振る。
「まあ、よいでしょう。貴方の言うことにも一理はあります――途中で貴方を連れているのがレシィリア姫だと周囲に漏れなければの話ですが」
レイドルはすたすたとシーリィの側まで歩み寄った。
「シーリィさま、何か羽織るものをレシィリア姫にお貸し願えますか? そのままのドレスでセルクを連れていれば、姫のお付きは容易くセルクが護衛するのがシーリィさまではないと見破るでしょう」
「アイリア」
「はい、お持ちいたします」
シーリィの指示に従って、アイリアは衣装部屋にケープを取りに行く。
戻ってくるまでの間に、レイドルはセルクの側でなにやら注意をしていたようだった。
手早くレシィリアにケープを纏わせてから、アイリアは彼女の髪を簡単に三つ編みにした。シーリィと彼女は髪の色だけはよく似ているが、髪質が違う。ケープを纏っただけではまっすぐなレシィリアとふわふわの髪のシーリィでは別人だと見るものが見ればすぐにわかってしまうだろう。
「アイリア、ありがとう」
「リボンはシーリィさまが以前レシィリアさまのために用意されたおそろいですので、そのままお持ち下さい。でも、セルクさまとお別れしたあとは外してお持ち帰り下さいね」
「ありがとう、シーリィねえさま! 私も今度おそろいを何か持ってくるね」
「気にしなくていいよ、レシィ。じゃあ、またね」
「うん。またね、ねえさま」
レシィリアは伏し目がちに顔を隠すようにして、セルクを従えながら帰って行った。
「私でも忘れてたくらいなのに、よくあのリボン出せたね」
扉の閉まる音を聞きながらアイリアはにこりとした。
「侍女のつとめですから」
そつなくよい侍女の顔をして、さらりと言ってみせる。二人が仲良く話している間、会話に混じることなく慎ましく側に控えていたアイリアにはそれを思い出すだけの余裕があったのだ。
「シーリィさま」
しかし、ほのぼのする主従に残った一人が割って入った。
シーリィもアイリアも、彼の怒りを感じて恐る恐るレイドルを見る。
「少し、真面目な話をしてよろしいでしょうか?」
いつも冷静な教育係が怒りを押さえ込んだ声を出すのに、生徒である王女は抵抗することなく「はい」と力ない返事をした。




