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塔国のラユト  作者: 采火
継承編
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終章・エルド塔国の執事

 朝日が目を焼いた。その白い輝きに瞼を開閉させて、明るさになれようとする。


「姫さん、朝だぞー」

「やーだー」


 布団に芋虫のようにくるまっているレーリィンを見てラユトは苦笑したが、カーテンから離れると布団をはぎ取りにかかる。


「早く起きろよ。俺、一睡もしてないから、早く朝の仕事を終えて仮眠をしたいんだって」


 布団にくるまってぐずるレーリィンだが、暫くラユトが布団をはぎ取っていると諦めて起きあがった。


「なんで毎朝毎朝バトラー君が起こしに来るんだ……クラメラでいいじゃないか……」

「メイド長は姫さんの衣装を決めるのに力入れてるからなー」


 ラユトはもう一度カーテンに近づいてカーテンを束ねた。他の小窓のカーテンも全て束ねる。


「今日の予定は?」

「ウォータック卿がラミレス関係で話があるらしい」

「あー、あれか」


 心当たりがあるようでレーリィンは一人で肯く。


「あと、姫さんの即位式の日取りも決めるそうだから」

「そうか」


 これには淡々と肯くだけのレーリィン。

 ウォルターは三日にわたる短くも長くもない取り調べの結果、暗殺者ルミアを雇い、レーリィンを弑そうとしたのが判明した。

 ウォルター曰く「髪の色だけで王位継承が決まるのは差別で、レーリィンに王としての能力があるとは限らないから私が王であり続ける方がエルド塔国の繁栄を促せる」らしい。自信過剰な気もするし、国を破滅に送る暴君さも垣間見えた。

 昔から銀髪を持った娘に対して好意的ではなかった男だが、これほどではなかったと、レーリィンは思い返す。

 その結果、エルド塔国民主議会の裁判により彼の退位と農業従事が決まった。殺そうとはしたものの結果として殺されてはいないので、死刑は免れた。

 また、ウォルターの裁判が終了してすぐに盗賊達の処分も決まった。ウォルターの裁判は昨夜の夜遅くまで続いていたが、その直後の盗賊達の裁判で、彼らの処分も農業従事で落ち着いた。

 ラミレスの偵察殺しは、はぐれトロルの仕業で落ち着いたらしい。実際、リュイとコダカの話によると、彼らはラミレスの偵察の話を知らなかった。

 今までのんびりと仕事をしていた議会の者たちは、いきなり降って湧いた大仕事に目を回しながらも処理をし、今頃は各自泥のように眠っていることだろう。先ほどレーリィンに報告をするためにラユトに取り次いできた議員のやつれ具合といったら、まるで地の底から帰ってきた死人のようだった。

 レーリィンは見せつけるかのようにぐっすりと眠っていたので、不憫に思ったラユトは廊下で応対して彼の報告を預かったのだ。


「姫様、今日のお衣装をお持ちしました」


 クラメラが扉をノックして入ってくる。その手には鮮やかな薄い赤色の生地と真っ白なワンピースが。いつかルミアと見た衣装に、ラユトはわずかに息をのんだ。


「あー、そういえばバトラー君。ガーデナー達はどうなった? やはり農作業か?」


 寝台から降りながら尋ねるレーリィンに、ラユトは寝台を整えながら答える。


「姫さんのはぐれトロルが偵察を殺した、が効いていたようで死刑は免れたみたいだ。基本、他の盗賊の中心となって農業従事だけど、お嬢さんが望むなら庭師としての仕事も含むと議会は言っていた」

「ふむ。まあ庭師の仕事は辞めておこう。農作業も重労働だから彼らに悪い」


 少し残念そうに言うものの、そんなに大したことではないとでも言うかのようにクラメラの元へ行ってしまう。

 クラメラは姿見の前に立ったレーリィンに言う。


「急いで着替えてくださいね。ウォータック様が朝食の前にお目通りを願い出ておりますので」

「なんでまた?」


 ラユトはクラメラの返答に首を傾げる。


「聞いていないのですか? とうとうラミレスの物々しい使者様がエルドまできたそうですよ」

「……は!?」


 ラユトは急なカミングアウトに愕然する。


「先ほどの会話にも出てきていたラミレス偵察の死です。たぶんあの行商人から漏れたのでしょうと、ウォータック様が以前おっしゃっていましたよ」

「あいつ……なんつーめんどくせえ事を……!」


 ラユトはラミレスに旅立っていったスィークを恨む。別にスィークはラミレス国民じゃないので報告義務はないと思われるのだが。というか、報告というより世間話する要領でうっかりバレた可能性の方が高い。

 ぶつぶつと独りでスィークに対する文句を連ね始めると、クラメラがものすごい眼孔でラユトを射抜いた。


「いない者に対する怨唆もいいですが、いつまでいる気ですか?」

「へ?」


 クラメラが衣装を軽く持ち上げる。


「ふむ。バトラー君はそんなに私の清らかな身体が見たいのか……」

「わーわーわー!」


 ぽっ、と顔を赤らめてレーリィンが照れると慌ててラユトが部屋から出ていこうとする。その背にレーリィンは思い出したかのように声をかけた。


「ラユト、五十七階の掃除はもういいから十二階の掃除に回ってくれ」


 ラユトはドアを開けようとしたところでピタリと止まった。


「どういうことで……?」

「こうなることは分かっていた。ルミアは叔父様の息がかかってなかったのは最初から分かっていたからな。だからラユトだけ上階において、こういうときが来たらラユトをそちらに回そうと思ってた。その後はラユトの元管轄階を武器庫にでもしようかと思っていたんだ。ラミレスとはいつか戦争をするかもしれないから。まぁ、私がいる内は戦争なぞさせないがな」


 当然とでも言うような言葉は早口で、あまりそうであることを望んではいなかったように聞こえた。でもレーリィンの見据える将来はひどく近くて不安に感じる。でもレーリィンはさらにその先を見つめているようで、本当の将来は遙か遠いような気がした。

 ラユトはレーリィンの見据える先に何があるのか分からなくてちょっとどきりとする。


「こういうとき……? 姫さん、あんたはどこまで予想していたんで?」

「いつかお父様が私を殺そうとするのは分かっていた。私の掲げる完全民主主義化計画を厭ってな。それにルミアが一枚噛んでいたとしても驚かない。この状況で本気の暗殺者を送るのはお父様ぐらいだからな」


 レーリィンが自嘲の笑みを浮かべる。

 ウォルターがレーリィンの唱える完全民主主義を厭っているのは分かっていた。王としての威厳を守りたかったからだろう。それに完全民主主義になってしまえば、他国からの攻撃から国を守るのも一苦労してしまう。

 レーリィンが毒を盛られたとき、すでにラミレス国軍編成の報告が来ていたのを考えると、戦争が起こるかもしれないと焦ったのかもしれない。戦争が起きて塔民の不満が過ぎれば当然ウォルターの支持が落ちて、レーリィンの掲げる完全民主主義塔国になびいてしまう。そうなればウォルターはあっという間に退位だ。

 元々レーリィンとウォルターの間は良いとも悪いともいえない微妙な関係だった。親子ではあるが、顔を見合わせれば儀礼的に挨拶を交わす程度の仲。

 レーリィンは自分の銀髪を少しいじる。自分と父の間にはきっと身体的差別からくる確執もあったのかもしれない。

 ともかく、


「十二階は任せたから」


 そう言って、もう出てけと手を振る。


「……御了解」


 ラユトは退出する間際、クラメラが衣装を近くの椅子にかけてレーリィンの服を脱がせ始めたのを見た。

 照れて顔を背けてさっさと外に出る。

 廊下に出て、そのまま伸びをする。


「次はラミレスか……」


 ラミレス国軍からの侵略阻止。きっとこれから忙しくなるだろう。執事職だけでなく、本来のラユトの仕事もいつ舞い戻ってくるか。別にレーリィンがそう望んでなくても、もう一人の主・ウォータックが命ずる可能性だってあるのだ。


「手を汚させない、ね」


 唇の端を上げて薄く笑う。無理かもしれない。自分は戦闘に特化している人間で、執事職はただの真似事だ。劇を演じるかのようにやっているだけ。だからクラメラは掃除以上のことを求めないし、レーリィンも礼儀を強要はしない。

 ラユトの本来の職。それは、


「───東聖霊和国暗殺部隊、閏のラユト。今更だがこの肩書きも忘れられそうだな。なんだって今の主は暗殺者の手を汚させてくれねぇんだから」


 レーリィンに仕えている限りはゆるゆると穏やかな日々を過ごすだけでよいのだ。ラユトはいっそレーリィンだけに仕えようかとさえ思ってしまう。

 ラユトは微笑んだ。

 そして十二階へ向かおうとする。


「それにしてもラミレスかあ。姫さんが即位すれば改革も始まるし。忙しいなぁ……あ」


 ラユトは歩き出してすぐに、はたと止まる。


「鍵、受け取り忘れた」


 しまったなあ、と頭をがりがりと掻いてユーターンする。

 そんなふうだから、ラユトはラミレス国軍の侵略よりも、レーリィンの着替える部屋に入ってクラメラに殺されるそうになることを危惧するのを忘れたのだった。



ラユト「よし、姫さん、準備は……」

采火「ここまでお付き合いして下さいまして誠にありがとうございます!」

ラユト「ここで作者乱入かよ!?」

レーリィン「舞台裏だからこそできる荒技だなー」

クラメラ「そうですね」


お気に入り登録、評価等してくださった方々、本当にありがとうございました。

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