23.さあ試験を始めようか
「……何で姫さんがいんの?」
「面白そうな話を聞いたからだよ、バトラー君」
ラユトの疑問に、レーリィンは微笑みながら答える。
西塔五十七階、ラユトの部屋の前。
ラユト、リュイ、コダカの三人で昼ご飯を食べた後、ラユトの言うテストのためにここまできたのだが、何故かレーリィンとクラメラが先にいた。
おかしい、二人にはどこから話が漏れたのだろう。お昼時にゼルウィガーにこのことを話したから、そこから話が回ってしまったのだろうか。口が軽いぞゼルウィガー。
しかし、場所までは話していないはず。
「どうしてここが?」
「勘だ」
妙な確信を得たように大きく構えるレーリィンに、ラユトは乾いた笑いしか出ない。なんだこのお嬢さんの勘の良さは。
「私としては各々の仕事をしてもらいたいんですが」
「ひぃっ、鬼メイド……!」
「リュイ本当のことを言ってはならん……!」
「まだまだ使用人としての心構えが足りないようですね……?」
思わず出てしまった二人の本音に、クラメラが冷え冷えとした微笑みを見せる。
本気で頭を抱えてコダカの後ろで怯えるリュイと身構えるコダカを見て、クラメラの教習期間が相当のトラウマになっていることが分かった。
きっと使用人の事を何一つ知らなかった彼らの教習は、言葉通りの地獄だったのだろう。ラユトはクラメラに徹底的に教育されたときの自分を思い出そうとして、やめた。怖い。
レーリィンが心底面白そうに目を細めて見てくるので、ラユトはため息をつきつつも、臨戦態勢のリュイに声をかける。
「リュイ、こっち来い」
階段の前まで行って呼び寄せる。
リュイはそろそろとコダカの後ろから出て、ラユトのもとへやってくる。
「今から俺と競走だ。ルールは簡単、どちらが先に一階まで降りれるかってだけ。ハンデとして、そうだな……一分待ってやる。一分あれば半分は無理でもかなり進めるんじゃね?」
ニヤリと笑ってやると、リュイがムキになる。
「ハンデなんかいらねーよ!」
「過信すんなよ」
ラユトはリュイの言葉を一刀する。
「お前の仲間とコダカ、トロル。こいつらを倒したのは俺だと言うことを忘れんな。俺はお前なんか割とどうでも良いから、今すぐにでも殺してやっても良いんだぞ」
リュイはその視線にぞっとして、知らずのうちに気圧される。笑ってるラユトの方が、クラメラよりもよっぽど恐怖を煽る。
急に場の空気の温度が下がったかのように、まるで氷の冷気に触れたかのような寒気を感じて、カタカタと僅かに震えてしまう体を必死にリュイは押さえつけようとする。
その様子を見ていたレーリィンが二人の間に割り込んだ。
「そこまでだバトラー君。物騒なことを言う奴は給料下げるぞ」
「え。それは困る」
「ならこれ以上はやめろ。ガーデナー君もだ。君は生かされているということを忘れるな。君の周りは今、予想以上に危険なこともな」
「それはひどくねぇか?」
「どの口が言うんだバトラー君。……ラユト、何を考えているかは知らないが、挑発はやめておけ。関係がこじれるだけだ」
レーリィンに諭され、ラユトは軽く返事をするが、リュイはぐっと拳を握りしめ、それでも気丈にラユトを見る。
「でもハンデがあると対等じゃねーじゃん」
「馬鹿正直なのは良いが、認めろ。そうでもしないと、お前が俺に勝つなんて無理なんだからさ」
睨んでくるリュイを一笑して、後ろを振り向く。
「エレベーターで先に一階に行って待っててくれない? メイド長いるならコダカも連れて行ってくれ」
「いいですよ。姫様、コダカ、行きましょう」
「ああ」
「……りゅ、リュイいいいいい!」
「ごめんコダカ! オレはコダカみたいに強くなって鬼メイド長倒してやるから、今は我慢してくれ!」
コダカがあの体躯で情けない悲鳴を上げ、リュイがグッと涙を堪えたように言ったとき、ラユトの視界の隅で何かが動いた。
「あ。」
「───リュイ、せいぜいラユト相手に奮闘することですね」
「ひぃっ」
一瞬のうちにリュイの背後をクラメラがとり、顔は笑顔なのに全く笑っていない声音でリュイの肩に手を置いた。リュイは青ざめて口をパクパクさせている。
そう、クラメラもかなりの強者なのだ。食事用のナイフを壁に突き刺したり今のように一瞬で移動したりなど、単純に考えてやる気のなさそうな雰囲気を醸し出しているラユト程度の強さはあるのだ。だからこそレーリィンの側に控えて護衛の役目もしているのだ。
「……メイド長、また後で」
ラユトが苦笑しつつ、リュイをクラメラから引き離して解放してやる。
クラメラは一瞬だけリュイを睨んでいるのか微笑みかけているのか分からない表情で見てから、レーリィンのもとへ戻っていく。
その後ろ姿を見てリュイがボソリと呟いた。
「……どうやってオレの後ろ来たんだ?」
「気にしない方が身のためだな」
「にーちゃん、やっぱオレをメイド長に勝てるように体術教えてくれ!」
「なんか最初と目的が変わってるし。テストの結果次第な」
リュイと会話をしながらも、視線を三人の方へ向ける。エレベーターに三人が乗り込んだのを見て、リュイに視線を戻した。
「んじゃ、もう一回おさらいな。先に階段を一階まで駆け下りた方が勝ち。俺はリュイが行ってから一分後に出発。いいな?」
「だからハンデいらねーよ!」
「もらえるもんはもらっとけ」
はははと口の端をあげて、リュイに対して余裕の態度をとってやる。
懐中時計を取り出す。時間を見計らって、あっさりとした口調で合図を出した。
「んじゃ、スタート」
「え、ええ?」
「はい、三秒ー」
「うおわあああああ!?」
もうテストが始まっているのかと理解したリュイが、バタバタと階段を駆け降りていく。
転けるなよー、と声をかけるが、もう踊場を過ぎたらしく姿がみえない。
ラユトは軽く笑って、懐中時計と睨めっこする。
階段は一つ十五段で踊場を挟み、もう後十五段あるので、一階の移動で三十段降りなければならない。それを五十七階分。一階五秒で走り抜けれればリュイにとって上々だが、スタミナ等を考えると無理だと思われる。絶対に途中で歩くなり休むなりするだろう。
懐中時計とにらめっこして、指定の時間を待つ。そうしてラユトは余裕綽々で一分を迎えた。
「さぁ、行きますか」
床を軽く蹴った。
リュイ「怖ぇよぉ、にーちゃん怖ぇよぉ……」
ラユト「あ?メイド長に説教くらいたいってか?」
リュイ「はいいいえすみませんざれごとっす」




