Epilogue La Rose et l'Hiver, Ensemble
夏になっても、薔薇は咲いていた。
春に開いた花が散り、また新しい蕾が膨らんで、今は濃い赤が棚を覆っていた。
ヴァレンタイン家の庭園は、この季節が一番華やかになる。
母のレイチェルが丹精込めて手入れしてきた庭だ。
母はナタリーの件を聞いて、しばらく部屋に籠もっていた。
泣いたのかもしれないけど父が傍にいたと、後から聞いた。
あの人がそういう形で誰かの傍にいるのは、それはやはり母を愛しているからだろう。
そうであってほしい。
今は、母は庭園に出るようになっていた。
新しい侍女を迎えて、少しずつ日常を取り戻している。
母はもともと、強い人だ。
ただその強さが、ヴァレンタイン家の強さとは少し違う。
折れそうになりながらも、また立つ。
そういう強さだ。
私にはない種類の強さだと、最近思う。
✦ ✦ ✦
社交界は、相変わらずだった。
新しい陰謀が生まれ、新しい婚約が壊れ、新しい噂が広まる。
誰かが誰かを沈めようとして、誰かが誰かを守ろうとする。
その繰り返しで終わりはない。
ただ、今日の夜会で一つだけ違うことがあった。
ベネディクトが、最初から隣にいた。
以前は広間のどこかで視線が合って、自然な流れで近づいてという形だった。
今日は最初から並んで広間に入った。
それだけのことなのに、周囲の空気が少し変わった気がした。
『ヴァレンタインとローゼンベルクが並んでいる』という静かな緊張が場に走った。
そんな私たちのことをエドモンド卿が遠くから見ていた。
その顔が以前とは違った。
「災厄だ」ではなく何か別の色をしていた。
諦めのような、あるいは納得のような。
クロエが近づいてきて、耳元で囁いた。
「今夜のお二人は、一段と怖いですわ」
「怖い?」
「誰も近づけない空気がしています。でも、とても美しいです」
私とベネディクトは顔を見合わせた
美しい、か。
それが私たちなのかもしれない、と思った。
近づけない。
でも、目を離せない。
黒薔薇と冬の貴公子。
社交界で最も恐れられ最も目を奪われる二人。
それは変わらない。変える気もない。
✦ ✦ ✦
夜会の帰り、ベネディクトが馬車まで送ってきた。
夜の空気は温かかくてら、夏の夜だから当然だが今夜はそれが心地よかった。
「シェリー」
「何?」
「幸せ?」
ベネディクトの問いにしばらく考えた。
幸せという言葉を自分に当てはめたことが、これまであっただろうか。
「……分からないわ。幸せというものが、どういうものか、まだよく分からないから」
「そうか。では私が君の隣にいるとことは?」
「それは、心地いいわ」
「それで十分だよ」
私は馬車に乗り込んだ。
扉が閉まり窓越しにベネディクトを見た。
彼はまだそこに立っていた。
夏の夜の中で白銀の髪が月明かりを受けていた。
冬の月光とは違う、柔らかい光だった。
馬車が動き出すと彼の姿が遠ざかった。
私は窓の外を眺めた。
夜の街が流れていく。
この街の誰も、今夜の私が「悪くない」と思っていることを知らない。
それでいいし、知られる必要はない。
ただ、一人だけ知っている人がいる。
それで、十分だった。
薔薇は夏も咲く。
冬に枯れ、春に芽吹き、夏に盛り、また枯れる。
そしてまた咲く。
その繰り返しの中で、ただそこにある。
誰のものでもなく、ただ咲いている。
私もそうでいい、と思った。
変わらないまま、ただここにいる。
その隣に、あの人がいる。
それだけが、今の私の全てだった。




