もしヒロインが猫になったら?②
「聞いたか?
ハイレスのやつ、無事に猫になったリディーナ嬢を見つけて抱き上げたあと、部下に『陛下にはどう説明しましょう?』って言われて固まったらしいぞ」
アレクシスの言葉に、エリアスが頷く。
「ああ。第二王子だしな。城の全面封鎖なんて、勝手にできる権限はないだろうな。
……どうしたんだろうな」
「さあな。そこまでは聞いてない」
「……怒られたんじゃないか?」
「まあ、怒られただろうな」
一瞬、沈黙が落ちる。
「でも……」
セシルが、遠慮がちに口を開いた。
「気持ちは分かります。もしキャリーさんが猫になったら、僕も必死に探すと思うので……」
エリアスがぱちりと瞬く。
アレクシスも小さく息を吐いた。
「まあ、そうだな。
俺もセレスが猫になったら、冷静ではいられないだろう」
「……確かに。そう考えると仕方ないのかもな」
エリアスが言った、その時だった。
ノックとほぼ同時に、勢いよく扉が開く。
「歓談中に失礼します!」
研究員の男が、息を切らして飛び込んできた。
「セシル! キャリアーナさんが研究室の薬品を誤って被って、猫になった!」
「……え?」
「そのまま逃げちまって、研究所は大混乱だ!」
セシルが固まった。
だが、次の瞬間には、口元に手を当てて考え込む。
「……猫になったとしても、人間の時と同じ魔力反応が残っている可能性があります」
琥珀色の瞳が、すっと細められた。
「研究室に戻ります。反応を追える薬剤があるはずです」
「あ、ああ」
「それと、外へ出た形跡はありますか?」
「今のところない」
「なら、まだ研究所の敷地内にいる可能性が高いですね」
セシルは少し考え、
「この時間なら……厨房か、温室でしょうか。キャリーさんは寒いところがあまり得意ではありませんから」
そう続けた。
「研究所の皆さんにも、手分けして探してもらえますか?」
「もちろんだ!」
セシルはアレクシスたちへ向き直る。
「すみません。少し失礼します」
軽く頭を下げる。
「行ってこい」
アレクシスが短く返す。
扉が閉まった。
廊下の向こうから、すぐに声が聞こえてくる。
「門番にも確認してください。外へ出る猫を見ていないか聞いてみましょう」
「分かった!」
「温室は僕が見ます」
足音が、遠ざかっていく。
しばしの沈黙。
「……あいつ、十三歳だよな?」
エリアスがぽつりと呟いた。
「ああ」
アレクシスも閉じた扉を見つめたまま頷いた。
――しばらくして。
「突然退出して、すみませんでした」
扉が開く。
戻ってきたセシルの腕には、小さな黒猫が収まっていた。
「見つかったのか?」
「はい」
セシルがほっとしたように微笑む。
「温室の植木鉢の陰に隠れていました。元に戻す薬も注射したので、時間が経てば戻るはずです」
「へえ」
エリアスが一歩近づき、黒猫を覗き込む。
艶のある黒い毛。
小さな耳に、丸い蜂蜜色の瞳。
セシルの腕の中で、ぴたりと身を寄せている。
「可愛らしい猫じゃないか」
「はい」
即答だった。
琥珀色の瞳が、愛おしそうに黒猫へ落ちる。
セシルが指先でそっと頭を撫でると、キャリアーナは安心したように目を細めた。
「皆さんには随分ご迷惑をかけましたから。あとでお礼をしておきます」
そう言って、ふんわりと笑う。
「無事に見つかって、本当に良かったです」
エリアスがセシルを見つめる。
猫を見る。
もう一度、セシルを見る。
「……ほんとに十三歳か、お前」
「しっかりしてるな……」
アレクシスも感心したように息を吐いた。




