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25.激突

 その頃、リージェは必死に打開策を練っていた。

 カサンドラ軍が国境側の山裾に居座っている。捕われた村人たちは解放することができたし、山の窪地の墓地から彼らを押し出すことには成功した。だがそこからがいけない。

 彼らはそのまま隣国に戻るのではなく残ってしまった。こちらが聖王妃であること、人を傷つけるのをためらう心があるのを気づかれたのだ。今は人型を警戒してこちらにつかれが出るのを待っているようだが、いずれは聖王妃を狙って攻めてくる。時間の問題だ。

(それに、あの白銀の獅子)

 リージェを助けてくれた獅子はあの後、霞のように薄れて消えた。やはりあれはリージェの力ではなく、誰かに命じられてリージェを助けに来ただけだったのだ。

 なら、助けてくれたのは誰?

 あの獅子が現れる前に聞こえた声。あの男が消えた後、あの場には一枚の鏡が残されていた。あの時聞こえた『馬鹿っ、何、人のことばかり気にしてるのっ。早く使える人形を戻しなさいっ、自分が最優先でしょっ』との声はあの鏡から聞こえたように思う。

 何より思い出したのだ。あの声が誰のものだったかを。

(あれは、マリアージュの声だった)

 この二年、聞き続けた声だ。リージェが間違えるわけがない。だがなぜ鏡から聞こえた? それにあの声はリージェを心配して助けようとしてくれていた。

(なら、マリアージュは私のことを家族と受け入れてくれたの?)

 とくん、とこの期に及んで希望の火が胸に点る。

 マリアージュが姉と認めてくれた? それであの獅子をさしむけてくれたのか? なら、マリアージュは聖王妃の力に目覚めたことになる。

 だが疑問もある。

 マリアージュがあの時見せた力は一つではない。鏡から声が聞こえたのだ。

 それもまた聖王妃の力としか思えない。いったい何が起こっているのか。マリアージュはどういう力を得たのだろう。複数の力をもち、鏡を通して声を届けるなど、

「聖王妃ダリア様と同じ……」

 思わずつぶやいて、リージェは手にした羊皮紙の束に目を落とす。

墓近くのカディアの乱の者たちが潜んでいたとおぼしき洞から持ち出したものだ。最後には全滅した彼らだが、一時は王軍を退けカディア全土を支配下においた。

 彼らの為した動きに今の苦境を脱する手がかりがないか調べているのだが、そこに聖王妃ダリアがおこなった祝福のことも書かれていたのだ。

 一人の聖王妃につき一つの力という歴代聖王妃の原則を破り、彼女が複数の力を使うことができたのは事実らしい。

 彼女が使えた力は傷ついた者を癒す治癒の力や未来を垣間見る力、巨大な白銀の守護獣を操る力、そして鏡を通して時を超え、あらゆる場の光景を見、声を届ける力など多岐にわたる。まさに別格の聖王妃だ。そして巨大な白銀の守護獣を操る力とともに鏡の力には覚えがある。マリアージュの声が鏡から聞こえたことだけではない。

(都にいたとき、おかみさんの店で鏡の中から危険を知らせてくれたあの女性は)

 聖王妃ダリアだったのだろうか。彼女は漆黒の髪と黄金の瞳をもっていたという。リージェが見た鏡の中の女性と特徴が一致する。

 聖王妃ダリアは未来を垣間見ることができた。百年前の過去から今のこの時代にいるリージェの危機を鏡を通して知り、警告を発してくれたのなら。

 ならばあの獅子をよこしてくれたのもマリアージュではなく聖王妃ダリアなのだろうか。

(だとしたら、どうしてマリアージュの声が聞こえたの?)

 謎ばかりだ。

 ただ、わかったこともある。魔の山に立てこもったカディアの乱の軍を当時の王が深追いせず見逃すことになったのは、険しい地形と根強い抵抗にあったからではない。

 ここが禁断の地だからだ。奈落に通じるという聖典の記述があるから。

 当時、かの地で不用意に聖王妃の力を使わせてはならないと聖職者たちから撤退するよう声があがったそうだ。だから追撃の手をゆるめた。山を包囲するに留めた。

 なのに王軍が聖王妃を捕らえることができたのは、魔の山にこもったカディアの乱軍を隣国カサンドラが襲ったかららしい。彼らは聖王妃を狙ったのだ。今、リージェを捕えようとしているのと同じに。王家に守られていないのをいいことにその力を己の物にしようとした。

 記録では聖王妃ダリアがカサンドラ軍を撃退するために力を使い、それに呼応して魔の山の地下深くにある〈奈落〉が口を開けかけたという。

 この世界とは違う次元に存在する〈奈落〉。

 この世界とはまったく違う元素から成る奈落は、聖典では地獄として表されている。魔の山の地下でこの世界と境を接しているが通常、互いの界を往き来することはできないという。

(そんな奈落が口を開けかけたというのはどういうこと? なにかの比喩? 魔の山が噴火を起しかけたとか?)

 だが、そんな火山活動の事実はない。

 魔の山はここ数百年、沈黙を守っているが元は火山だ。そのことは地形が証明しているが歴史や地理の講義で読んだ史書には、魔の山が百年前に火を吹いたとの記述はない。

 聖典が魔の山を禁断の地としているのも、奈落を司る意志が聖王妃の力を欲するからだとしか書かれていない。噴火についてはふれられていない。見つけた羊皮紙の束には経年劣化の欠損があるので詳細は不明だが、当時、噴火の事実はなかったとみるのがたしかだろう。

 なら、実際にはなにがあったのか。

 聖王妃ダリアは同朋たるカディアの乱の軍を守るため山の外へ一人逃れ王軍に囚われた。つまり聖王妃が己を守る軍をおいて急ぎこの地を離れなくてはならない事態が起こったのだ。

 それは彼女がカサンドラ軍を退けるために聖王妃の力をつかったから? 聖職者たちは「かの地で不用意に聖王妃の力を使わせてはならない」と言っている。

 そこでリージェはまたまた首を傾げる。リージェはこの地に来て何体もの人型をつくった。こうしている今も彼らを動かし、操っている。

「でも、奈落の蓋が開く気配はない……」

 聖王妃ダリアの場合と根本的な違いがある。それはなにか。なにが禁忌なのかさらに情報を求めて羊皮紙の束に目を落とした時だった。

 カサンドラ軍がいるのとは反対の山裾から見張りの人型たちが急を告げる音がした。


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