24.御前会議
新たに王に即位することになった第三王子の使者が隣国カサンドラから訪れたのは、マリアージュが覚醒して三日が経った時のことだった。
急きょ、王を上座に抱いて、御前会議が開かれる。
当然、クロードも王太子として出席していた。
席に連なる貴顕は王国の世論を反映し、新たな聖王妃マリアージュの覚醒を祝う者と困惑する者、二派に分かれて揺れている。
リージェの行方が知れない今、正式に覚醒が確認されたマリアージュの出現は喜ばしい。が、噂では姉も覚醒しているという。神の真意はどちらにあるのか。聖職者でなくとも困惑する。
そこへカサンドラからもたらされたのは新王が起ったという布告と挨拶、おこなわれる即位の儀への招待と、継承争いに敗れた一派が王国の民を捕え許しもなく魔の山に踏み入ったことへの詫び。
それから、彼らと自分は関係ない、見かければ即刻捕えて送還して欲しいとの要望だった。
それだけなら予測済みだ。新王が派遣した掃討軍に国境越えを許すか、こちらから動き敗残軍を押し出すか。どちらにしろ隣国に貸しをつくる形で、すでに対応策は練られている。
なのに急きょ御前会議を開いたのは、王位争いに敗れた敗残軍が魔の山でリージェに撃退されたとの情報があったからだ。しかも、
「リージェが白銀の守護獣をつれていた?」
「はい。敗残軍に案内役として捕われ、リージェ様に解放された村人が噂を広め、カディアでは聖王妃……いえ、〈魔女ダリア〉の再来と、リージェ様を尊ぶ声が高まっています」
もたらされた報告にクロードは耳を疑った。リージェが魔の山に潜んでいたことも驚きだが、聖王妃の力は一人に一つ。リージェの力は石の人型を操ることではなかったか。それに。
「獅子の姿をしているのだな、その守護獣とやらは」
ものが聖王妃がらみなので、聖域を代表して同席していた大主教が確認する。
「ならばマリアージュが使役している獣と同じではないか」
そうなのだ。マリアージュが覚醒したとして皆に示して見せた力。それは巨大な獅子を出現させ、操る力だった。
聖王妃の力は一人に一つであるのと同時に、歴代すべての聖王妃の力はそれぞれ固有の物。魔女ダリアは例外として、同じ力をもつ聖王妃は現れないことでも知られている。
そんなときにこの知らせだ。
ただでさえマリアージュの力に感銘を受けた者たちが、リージェの覚醒は噂だけで事実ではないのではないかと言い出している。そのうえリージェが二つの力を持つとなればますますリージェの聖王妃覚醒の信憑性が揺らいでしまう。
(いや、それ以前にリージェの所在がはっきりしたのだ。危険な魔の山から救い出す方策を立てる方が先だろう……!)
クロードはみるみるリージェが劣勢になる議会の流れに手を握り締めた。彼らは少しもリージェの無事を考えていない。知らず、小さな声が漏れていた。
「……行かなければ」
「どこへ行くというのだ、クロード」
隣に座っていた大主教が、ひそめた声で聞いてくる。
「魔の山に決まっています。リージェはただ一人でいるのですよ? 早く保護しないと!」
「リージェは人型を操るのだろう? 今まで半月もの間、潜伏できたのだ。迎えが数日遅れたところで変わるまい」
何を悠長な。思わず言い返そうとしたクロードを大主教が止める。
「それよりも魔の山の周辺を調べたほうが良い。兵で固めたほうが」
「叔父上?」
「カサンドラの動きだ。リージェと合流しようとする一派があるやもしれん」
はっとした。
次期王位をうばわれ、敗残の身となった者にとって、聖王妃の力は喉から手が出るほど欲しい。しかも目当ての少女は警護の厳重な王宮ではなく、一人で魔の山にいるのだ。
「なら、なおのこと早く彼女を!」
「そこなのだ、やっかいなのは」
とんとんと大主教が額を指で叩く。
「そなたはリージェのことを誰よりも知ると豪語したな。では聞く。何故、リージェは南へ逃げた? 頼る当てなどないのに」
思わず言葉につまる。嫌な予感が胸にこみ上げる。
「そうだ。その懸念があるのだ。リージェがもともとカサンドラの一派、敗残の第一王子と合流予定だったとしたら? 聖典を信じるリージェが目的もなく魔の山に踏み込むわけがない」
「それは……」
「説明できまい? それはカサンドラ側にも言える。彼らが何故わざわざ魔の山に踏み込む。彼らの手を逃れた村人の話ではカディアの者たちが密かに祀る、カディアの乱の将の墓を探してとのことだが彼らはそもそもカディアの者がひた隠しにする我らも知らぬその情報をどこで得た。そして何故、都合よくそこへリージェが現れる」
「ですがリージェはカサンドラ人を撃退しました! それに彼女自身、カサンドラ人に矢を射かけられたと目撃者が……」
「同じカサンドラ人でも現れたのが連絡を取っていた相手ではなかったからとも考えられる。かの国の王位争いには四人の王族が名乗りを上げた。王位を継いだのは第三王子。残る第二か第四王子と合流する予定だったのを、今回の第一王子の軍が割り込んだのならリージェは撃退するのではないか?」
理路整然と話す大主教に、クロードは反論しきれない。
「リージェにしてみればカサンドラからの誘いは都合がいい。いや、唯一の救いと言っていい。姉妹のうち片方に死をというのはこの国が決めたこと。隣国の王には関係ない。亡命後の条件さえ折り合えばカサンドラの手を取るのでは。姉妹そろって生き残るために」
姉妹そろって生き残る、その言葉にクロードは衝撃を受けた。婚約者として誰よりも近くで彼女を見てきた。その望みは知っている。あり得る、と悪魔のささやきが沸き起こる。自分と別れた後、リージェが考えた解決策がこれなら。だが。
「……リージェは、この国の人間です。母国を捨てるとは」
「母国、か。そなたはリージェがこの国に忠誠心をもつと思うか? 良い思い出のない国に」
幼いころに親から離され厳しい聖域で育ったリージェ。彼女の錨となっていたのは家族への愛だ。それも父に殺されかけて四散したはずだ。
そして布告を出したにもかかわらず、今なお姿を隠しているのは。
「戻る気がないか、もしくは今の我らの対応にうんざりしているか」
言い返す力を失ったクロードの前で会議は進んでいく。王に出兵を要請する声が多数派になる。
「派兵で決定だろうな。カサンドラの敗残兵を威嚇するための派兵であればリージェを捕らえるとの主目的を隠したまま兵を魔の山に送ることができる。隣国カサンドラの敗残兵とリージェが合流する事態を妨ぎ、同時に、抵抗するようならあの娘を殺すことも可能だ」
「叔父上、何を?!」
「リージェは石人形を操る。そしてかの魔女が騎乗した獣をも支配下においている。それが本当ならそんな娘が敵に回ればどうなる。カディアの駐屯兵だけでは心もとない、中央の騎士団が出るしかなかろう。その程度のことも分からんか」
「叔父上こそ、リージェが隣国の味方をするわけないではないですか」
「自覚せよ。リージェにとってそなたも私も、死を強制する憎い王家の人間だということに」
「それは……、ですから私は姉妹どちらもが生き残れる道を探すよう、王に進言を!」
「そこも問題なのだ。わかっているのか。そなたがこの会議で未だ発言を認められていないのは何故か」
はっとして皆の顔を見る。眼をそらす者、冷ややかにこちらを見返す者がいる。
「発言権を増すために無茶をしたな。そなたは王太子だ。時が来れば王位を継げる。何を焦る。過ぎたる熱は身を亡ぼす。カディアの乱の二の舞になるつもりか」
ここ最近の政治工作のことを言われている。王を追い落とし実権を握ろうとする危険な王子と見なされているのだ。
「自覚せよ。王太子であるそなたの一挙一投足は常に皆に見られている。このままではそなたに王位を奪うようそそのかした傾国としてリージェが魔女扱いされる」
それだけは避けなくては。クロードはぐっと手を握りしめる。だがまさかこの疑惑に父も同調しているのか? 父までリージェを疑っている?
救いを求めて玉座を見る。父王は侍従に何やら耳打ちしているところだった。王がおもむろに皆を見回して発言する。
「では、急ぎ派兵をおこなう。一両日中に出発できるよう準備を進めよ。なお、その際には聖王妃候補を同行させる。故にこの場にて披露目を行うため、マリアージュ嬢の会議への出席を認める。異議のある者はないな?」
すでに待機していたのだろう。王の声と共に扉が開き、頬を紅潮させた正装姿のマリアージュが現れた。
(そんな馬鹿な!)
妃教育をきちんと果たしたリージェでさえ、王家の一員ではないからと王は御前会議への出席を認めなかった。クロードは思わず立ち上がり、発言していた。
「何故、マリアージュ嬢をこの場に! 彼女は教師こそそろえましたがその教育には致命的なまでの遅れがあることは陛下もご存じのはず」
「口を慎め、クロード。余はそなたの発言を許可しておらぬぞ。そもそもそなたが推す姉娘はどこにいる。人心を落ち着かせるためにはもう一人の候補を前に出すしかなかろう。魔の山への派遣にもマリアージュ嬢を正式な〈聖王妃〉として同行させる」
「なっ」
「聖王妃の力に対抗できるのは聖王妃だけだ。まさかそなた、兵に人型に踏まれて死ねと命じる気か」
確かに。あらゆる事態を想定するのが出兵時の基本だ。だが王とここにいる皆はリージェが敵となることを前提に対策をたてている。誰もリージェを保護する方策を話さない。
馬鹿な。感情のままに動くことしかしないマリアージュを前線になど連れていけばリージェに何をするか分からない。
なおも反対するクロードに王がため息をつく。大主教がクロードの肩をおさえた。
「落ち着け。魔の山は特殊な場ゆえ、私も聖域を代表して同行する。悪いようにはしない。このまま騒げばそなたまで疑われるぞ。リージェと隣国の内通も、実は聖王妃ではなかったリージェを助けるためのそなたの指金ではないかと」
「ですが、ならせめて私も同行を……!」
「王の唯一の子で後継者であるそなたを前線に出せるわけがなかろう。頭を冷やせ」
大主教と言い争うクロードに、皆の注目が集まる。
「殿下はお若い、恋は盲目とよく言った」
冷え冷えとした声で、同席している誰かが言った。
「神の祝福であるとともにある意味、混乱の元なのだ聖王妃は。先の事例をお忘れか」
「聖王妃は二人もいらない。王族の婚姻に愛など必要ない」
「殿下は最近、心労がたまっておられるご様子。休養をとられたほうがいいでしょう」
次々と同調の声があがる。クロードが冷静になれない妃問題。皆が円滑に事を進めるため、クロードを締め出す方向でまとめる根回しが終わっていることをクロードは知った。
こんな真似のできる男。父王ではない。父王はクロードがしつこく説いただけあってリージェに同情してくれている。他の貴族たちの動向には気をつけていた。残るは……、
(叔父上、か)
大主教。彼しかいない。これだけの数の人間を陰からまとめることができるのは。だが何故だ、何故この人がリージェを切り捨てるようなことをする? 動機が思いつかない。
だがこれが現実だ。受け入れなくては。
ここで自分が騒げばますます警戒される。動きが取れなくなる。だから。
「……わかりました。今は従いましょう」
だがいつまでもこのままでいると思わないでもらおう。言葉を呑み込み、自室へ軟禁するため連れ出そうとやってきた衛兵たちに従う。
怒りを押し込め、静かに退室するクロードを見やって、大主教が王に退席の許可を求めた。
「早急に準備をしなくてはならない。私もここで退出させていただく」
「では、私も」
他にも武官や文官など、今回の派兵に関わる者たちが準備のため席を外す。
部屋を出た大主教の後を、これまた準備をいたしますと淑やかに席をたったマリアージュが弾む足取りで追っていく。
「大主教様、行きの馬車でご一緒してよいでしょう? 私はお姉様と違ってあまり猊下にお話をうかがっていませんもの。これを機会にお近づきになりたいですわ」
「……そなたはクロードがあのような目にあっても止めないのだな」
「だって、殿下は自由にしておくとあの女のところへいってしまうのでしょう? なら、私が戻るまで安全な王宮にいてくださった方が安心ですわ。違いまして?」
愛しているのではないのかという大主教の問いに、心底不思議そうにマリアージュが答える。
やがて急ぎカディアへ向かう騎士の一団が王宮の一角に整列する。
そこへ横付けされた何台かの馬車のもとへ、いったん旅支度のために侯爵家に下がっていたマリアージュが華麗な旅装姿で現れた。
「お待たせしました、猊下。でも、その前に王宮でちょっと寄っていくところがありますの、お待ちくださる?」
と、マリアージュが貴顕のための牢がある一角へと消える。
しばらくして、破壊音と悲鳴が一つ聞こえた。
「お待たせしました。もうよろしいですわ」
にこやかに戻ってきたマリアージュとは対照的に、真っ青になったお付き女官がなにがあったかを大主教に耳打ちする。さすがの大主教も軽く目を見開いた。
「……そなた、父親を殺したのか」
「だって聖王妃の父親役に顔に醜い傷のある罪人は恥ずかしいですもの。リリューシュ侯爵家には新しい当主が立ちました。結婚式の代理父役はそちらにお願いできるでしょう?」
ルイ叔父様のほうがお若いから聖堂に立たれた時見栄えがするし、とちょっと照れたようにマリアージュが言う。
「それに殺したわけではありませんわ。力が覚醒したばかりで未熟な聖王妃が、出立の挨拶に行った際に父の変わり果てた姿に驚いて力を暴走させてしまっただけです」
つんっと顎をそびやかして、マリアージュが前を向く。
「それより出発しましょう。あの女がいなくなれば殿下は私のことを見てくださるし、それまでの間ずっとお部屋に閉じ込められていたなら、その分、出してさしあげた私を好きになってくださるわ。なによりあの女が顔をゆがめるところを早く見たいもの」
「壊れているな、そなたは」
まったく悪びれていないマリアージュを見て、大主教はため息をついた。
「いや、だからこそふさわしいのか。〈彼〉の目的に」
その言葉は誰の耳にも入ることなく、厚い雲に覆われ始めた空に吸い込まれていった。




