22.襲来
リージェが見張りの人型に呼ばれて駆けつけたのは、あの花に囲まれた墓地だった。
完全武装の男たちが墓地の周囲に展開している。いや、後続がもっといるようだ。
きちんと統制の取れた小隊ごとに、背後の山中にも索敵の網を広げている。山賊や旅人の一段が迷い込んだというレベルではない。
(装備からして、隣国カサンドラの者のようだけど)
確かカサンドラは現在、次期王位をめぐって緊張状態にあるはずだったが。決め手に欠けた候補の誰かがフェルディナンド王国に助勢を求めてやってきたのだろうか。
それにしてもこの人数で、こんな山中にやってくるのがおかしい。
同盟を求めるならもっと警戒心を抱かせない人数で直接王都か、繋ぎとなる有力者の元へ向かうのが常道だ。それに道案内でもさせたのだろうか。麓の村人らしき男たちを後ろ手にしばり、つれている。リージェを追う王国の兵でなかったことに喜ぶべきか、悲しむべきか。
事情が読めずリージェは身を縮めて茂みに隠れる。危険だが、彼らの目的を確かめないと洞に戻るわけにもいかない。囚われた村人も気になる。
困りつつも様子をうかがっていると、指揮者らしき男が現れた。
「記録のとおりだ、本当にあったぞ、魔の山の墓場が!」
花に囲まれた墓地を見るなり、大声で笑いだす。
「あの奈落の混乱を生き延びた者が本当にいたとはな」
「はい。この眼で見るまで信じられませんでしたが、この通り、維持されていることを見ると、もう一つの〈伝説〉とやらも期待できそうですな」
「ああ、〈聖王妃〉か」
やはり隣国の人間だ。カサンドラの言葉を話している。それにしても、記録? それに奈落とはいったい。会話が聞き取れても分からないことだらけだ。
リージェはこの墓地のことを、例の乱の後、生き残った兵士、もしくは遺族が埋葬して、聖王妃ダリアの意思を継いだ誰かが、今も花を手向けていると考えていたが違うのだろうか。
あなたは何か御存じですかとふり向くとあの男はいつの間にか消えていた。相変わらず神出鬼没だ。あんな男でも知る顔があるのとないのとでは違う。人型がいるとはいえ、リージェは他国の兵相手に一人、取り残されたのだ。心もとない。
その間にも男たちは自分たちの目的を遂げるため動き回っている。
やがて一人があの花の手向けられていた墓を見つけた。
「多分これだろう、格が違う。首魁の墓はこれでいいようだな」
「さっさと掘り起こそう、フェルディナンド王の土産にできる、見栄えのするものが残っていればいいが。おい、こっちだ、ここを掘れ。他は邪魔だから脇に寄せておけ」
男たちが墓石を倒し、工具を運ぶ者たちの道をつくろうとする。
それでリージェは彼らの目的を理解した。
彼らは隣国の王位継承争いをしている誰かの配下だろう。この国へ助勢を求めてやってきた。魔の山経由で国境を抜けるついでに王国への心証をよくするため、手土産の一つとして過去の反乱の首魁の躯を確保しようとしているのだ。
リージェは自分の中に怒りが巻き起こるのを感じた。確かに彼らは反乱軍だ。この山を出れば満足な墓すら作ることは許されない罪人だ。それでもしていいことと悪いことがある。
リージェはその場に飛び出したくなった。だが今の自分は逃亡中の聖王妃好捕だ。姿を他の者に、しかも隣国の兵に見せるわけにはいかない。どうすればいい。迷う。
そのためらいが命取りだった。とっさに逃げるのが遅れた。
「誰だ」
今のリージェは服こそ男物の旅装のままだが、もう布を巻いて体型を隠してはいない。髪が短くとも女性だと一目でわかる。何より人型を連れている。
「な、なんだ、お前は。その石像はなんだ、どこから現れた」
「そういえばこの国では今、聖王妃が行方知れずではなかったか。おい、とりあえず捕らえろ。その娘に説明させろ」
人型をただの石像と誤解した兵士たちが、襲いかかってくる。
リージェはおびえた。背を見せ、逃げたくなった。だが踏みとどまる。ここで逃げてもすぐに追いつかれる。山を捜査されればつくった拠点などすぐ見つかってしまう。そうなれば多勢に無勢だ。すぐに捕まる。それになによりフィンの件で学んだ。
自分は怯えてはいけないのだ。でないと石型たちが反応する。リージェを守ろうとする。
人型たちを操るなら、彼らが傷つくことを怖れてもいけない。彼らは決してこの程度で傷つかない、信じる。信じて、敵に圧倒的な力の差を見せる。
戦いは嫌いだ。遠慮してはいけない時もある。確固たる態度で己の意思を示さなければ、よけいに犠牲が増えることをリージェはこの逃避行で学んだ。
「近づかないで。この墓地から兵を引きなさい!」
ふるえを押し込め、言い放つ。示威のため、人型に傍にあった岩を割ってみさせる。
「な、なんだ、あの力は」
「おい、不用意に近づくな、握りつぶされるぞっ」
石型たちの力に抵抗は無理と悟ったのだろう。指揮者が兵たちに、引け、と命じている。
被害を出さずにこの場が収まりそうでリージェはほっとした。彼らがこのまま帰ってくれると、何の確証もなく思い込んだ。油断した。
リージェは自分が未だ世俗の感情に疎いことを忘れていたのだ。
人は矜持を傷つけられることを嫌う。さらに戦意を募らせる。そしてリージェは妃教育を受けていながら彼らの欺瞞、隙を誘うための撤退の姿勢と、実際の行動の差が見抜けなかった。
後退していく隣国の兵士たち。それを追うように人型たちを動かして囚われの村人たちを取り返したリージェは、自分の周囲に気を配るのをおこたった。
人型たちが離れ、リージェの周りが空白になる。
その隙を狙い、列の後方に身を隠していた男たちが弩を構える。
『馬鹿っ、何、人のことばかり気にしてるのっ。早く使える人形を戻しなさいっ、自分が最優先でしょっ』
どこかで聞いたことのある声が、リージェの耳に響く。
叱責の口調やその内容よりも声の主を確かめたくて、リージェはふり向く。いつの間におかれていたのだろう。岩場に小さな四角い鏡があった。
リージェがそれを確認するのと、放たれた複数の矢が飛んでくるのは同時だった。
人型たちが主を守ろうと、こちらに腕を伸ばし、駆け寄ってくる。だが間に合わない。眼をつむり、身を縮めたリージェは死を覚悟した。
だが衝撃は襲ってこなかった。
代わりに男たちの驚きの声と、低い、迫力ある獣のうなり声が聞こえてきた。
「え……?」
眼を開けると、目の前に白銀の輝きがあった。毛皮だ。美しい獣の毛並みが、小山のような大きさで、リージェと兵士たちの間に立ちふさがっていた。
それは銀に輝く巨大な獅子だった。
ゆうに馬の二倍はあるかという逞しい体躯の獅子がリージェを狙った矢をその咢で受け止めていたのだ。
「白銀の、守護獣……?」
「聖王妃ダリア様だ。ダリア様の乗騎だった守護獣だっ……!」
皆が茫然とし、動けずにいる中、案内に連れて来られていた村人たちが膝をつく。手を握り合わせ、歓喜の涙を流しながらリージェに向かって聖句を唱える。
これが守護獣? 聖王妃ダリアが使役したという?
隣国の兵士たちが今度こそ、恐れをなしたように逃げていく。村人たちは完全に自分たちの救い手はリージェだと、リージェがこの獣を操っていると思っている。だが。
(違う)
リージェはかぶりをふった。
この獅子が聖王妃ダリアの守護獣だとしても発現させたのは自分ではない。自分の能力が石の人型を操る力だ。一人の聖王妃に付き一つの力しか使えない。
感覚でわかる。これは他の聖王妃のもの、見知らぬ誰かの能力で出現した聖獣だ。
そして、その頃、王都では。
マリアージュが今日もまた、閉ざされた扉をにらみつけていた。頭にあるのは、理不尽だ、という感情ばかり。クロードのつれないそぶりに、ぎりぎりと爪を噛む。
誰に言われたのかしぶしぶといった態度で面会に来るときの、いかにも義務だといった張り付けられた笑顔。あの女に見せるものと全然違う。
いつだってそうだった。初めて会ったときも彼はすぐ視線をあの女に戻してしまった。こちらを見ようとしなかった。侯爵家に来る他の者は皆、マリアージュばかり気にするのに。彼だけだ。だから欲しくなったのかもしれない。あの綺麗な目に自分だけを映したくて。他の女を映しているのが気に入らなくて。
ぐるぐる歩き回ると、靴の踵が床石にひっかかった。
「きゃっ、何よ、この床っ」
むしゃくしゃして靴を脱ぎ、壁にたたきつける。どうして私がこんなところにいないといけないの? どうして王子はいくら甘えても優しい目を向けてくれないの?
「私がまだ覚醒していないから? 聖王妃だと認めてもらえないから? 殿下の中ではあの女だけが未来の聖王妃、婚約者のままだから私を後回しにするの?」
悔しい。
歯を食いしばり、そうだ、前もこんなことがあったと思い出す。まだ光の加護が現れていないころのことだ。王子はあの女ばかりを誘いに来て自分はいつも取り残された。
だから悔しくて、悔しくて。邸の礼拝室にこもって神とやらに祈ってみたのだ。どうしてあの女にばかり、不公平よ、と泣きわめいて。
「……そうよ、私は神に祈ったわ。あの時よ、私に加護が現れたのは」
あの時、神像の陰から現れたのは誰? 薔薇窓からの光を受けて鏡面のように輝く水盤から立ち上がった人影は? わからない。わからないけど、確か、彼はこう言った。
『望め。お前は神になど祈らずとも力を持っている。すべての望みをかなえる力を』
そう、だから、私はあの時願ったのだ。鏡のように輝く鏡面を通して、自分自身に。
(そして自分の力を使った!)
マリアージュが過去を思い出し、己の力を自覚したその時だ。牢内にある鏡のすべてがここではないどこかにつながった。それぞれがそれぞれの時代の別の光景を映し出す。
刹那、光があふれた。
どがっと壁が崩れる音がして、牢番があわてて駆けつける。
そこには巨大な白銀の獅子と、それに寄り添うように立つ少女の姿があった。
恐ろしい巨獣の傍らで少しも怯えず、少女は微笑んでいた。いや、高らかに笑っていた。夢見る瞳を宙に向けたまま。
「陛下、殿下、どちらにいらっしゃるの。私、覚醒しましたわ。見て、すごいでしょう、こんなに立派な獣が私の意のままに動くのよ」
裸足で、崩れた壁の埃で薄汚れて。
なのにこれから舞踏会にでも出席するような踊る足取りで少女、マリアージュが前へ出る。彼女の眼に薄暗い牢や兵の姿は写っていないのは明白だった。
(だって当然じゃない)
マリアージュは勝利を確信した笑みを浮かべる。
私はこの通り、この程度の兵士などわけもなく蹴散らせる力を手に入れたのだもの。あの女が得たという、石人形を操る力よりよっぽどすごい。
だから。
「殿下、私の王子様、素敵なあの方はどこ? あなたの妃、マリアージュが参りましたわよ。もう私をあの女の代わりだなんて、もう一人の聖王妃候補だなんて言わせませんから!」




