第25話 春休みはもう終わり
ケーフが地球探索の四代目であることが発覚した。
ケーフ以前に派遣された探索者は、ほぼその結末はわかっている。だが数の合わない残り一人はどうなってるのか、何処にいるのか。
そしてケーフ以前に派遣された三人のうちの誰が生き残り、誰がその身を失ったのか。
そもそもその行方知れずの一人は、生き残ってるのか、消えたのに見つからないのか、その場合はセドリックメロディ病を発症させてないわけだから、調べようがないのかも知れないが、とにかく、思うだけでそれだけ行方不明の精霊の可能性は広がり、本当のところは誰にもわからない。
そしてケーフ以前と、ケーフ以後のことも。
ケーフを探索者に任じた者は、報告が得られず、今もまた位相をずらして地球に新たな精霊を派遣してるかも知れないのだ。
これはまずい。
少なくともケーフは任じた者に会わせないといけない。
でなければセドリックメロディ病の脅威が際限なく続くことになる。
「探すのには付き合ってやる」「約束しよう」
オレが急いで対処しないといけないと判断して、ケーフにそう約束すると、弟さまも肯いて、裏打ちをしてくれた。
「だが兄さま」
「なぁに」
「そうなるとケーフを一人でフラフラさせることになるんだが」
「ん?」
「だってケーフは空から舞い降りて来たんだろ。そうなるとケーフの上司は空に位相のずれを引き起こすってことじゃん」
「あ、そうなるな」
となるとオレも寛司もその場に立ち会えないな。
「どうした、真司」
ケーフが尋ねた。
「いや、オレも寛司も空を飛べないからな。ケーフが上司に報告するところについてくことが出来ない」
「兄さま、オレたちも位相をずらしてついてくことは出来ないか? 可能だと思うんだが」
青い世界をオレたちの手で作って、空中を駆け上がれば空に至ることは出来る。
出来るが出来るだけだ。現実的じゃないだろ。
「いやいや労力を考えろ。いつ位相をずらしてくるかもわからない相手を、ずっと位相をずらして待ち続けるのか?」
「そうか。青い世界は、時の流れが遅いんだもんな」
「そうだ。だから待ってるだけで、べらぼうな時間を食うぞ」
「それを当てもなく、か。
ぞっとするな」
幼稚園だって、普段の生活だってあるんだ。お父さんお母さんに話して通じると思うか?
対処出来るのはダブルを持ってるオレたちだけなんだぞ。
(ムリ。無理筋だった)
弟さまと一緒に頭を抱える羽目になった。
でも決めなければ埒が明かない。
みんなが動き出す前に、青い世界が終わる前に、決めるだけ決めておきたい。
「おいケーフ」
「なんだ」
「この青い世界はあとどれくらい保つ」
「そんなに保たないぞ」
まあ髪の毛が短くなり、羽を一枚失った精霊の姿を見れば、余剰分の体力などないのはわかる。てか、いつ消えてもおかしくないな。
「おいケーフ」
「なんだよ」
若干返事がぞんざいになったな。まあ何度も名前を呼ばれればそうなるか。
「お前、信用してもいいんだよな」
「信用してもいいんだよ」
「うわ~」「嘘くせー」
「いやいや、だから、俺は捕虜だから。捕っ虜っ」
力説しても、立場は弱いんだよと主張されても、その位置に収まったのは全てお前の計画通りじゃないか。
そもそも調べる気満々だろ、お前。
地球のことを。
オレは知らず溜息をこぼした。
「はあ~」
しかし選択肢はないのだ。おそらくこれが最善の選択肢。
「ケーフが上司に会わないと、ケーフ以後の歴史がまた大きく変わるからな」
「弟さまの言う通りだ」
ざっとケーフ以後の歴史をシミュレーションしてみる。
ケーフが上司に会えたら、精霊を放つのをやめてもらえる。地球はそれまでのまま。普通に日々の生活を暮らしていきましょう。
やめなかったらぶっ倒すのみ。
ケーフが会えなかったら、探索の継続となり、またセドリックメロディ病の患者が地球のどこかで生まれ、それが延々と続くことになる。
オレたちに地球をあちこち移動する時間も財力もないから、ぽこぽこ人が死んでくんだろうな。
これは本気でケーフ以後の歴史が、ケーフの報告にかかっている。
「マジ頼むぞ。歴史の転換点にしてくれ」
「願わくばケーフ以前と以後では、ケーフ以後が幸いであることを願うよ」
自分が重要視され、気分が良くなったケーフがふんぞり返っている。
けどまぁ、セドリックメロディ病の後先に関しては、上司に責を取ってもらわんとならないだろうけど。
それはさておき、報告を受ければ、上司は精霊が命を失っていたことも知るから、きっとそれ以降の探索は中止になるはず、と思う。
とにかくケーフが上司に報告することが先ず第一なのは、間違いないのだ。
「心配するな。悪いようにはしない」
ケーフがオレたちに言った。
「あのな、ケーフ」
「なんだ」
「それ、オレがお前を捕虜にする時にいった言葉の真似だろ」
「安心しろ。お前たちは悪い奴じゃない。そのことは戦った俺が一番よくわかってる」
「ホント頼むぞ」
すると弟さまがケーフに告げた。
「だがケーフ。人には憑くな。お前が憑くと、この世界の人は死病にかかる。お前がいた世界とは、そこは違うんだ」
ケーフが目を丸くした。
徹さんが弱ったのは、自分のせいだとは思ってなかったらしい。
「じゃあ、どうしろってんだ。俺が死ぬぞ」
「死ぬのか?」
「俺がこのままこの世界に生身を晒してたら、身体にある精素をつかい続けることでしか生きていけない」
「ってことは、もっと色々と失ってくのか?」「羽とか髪とかか? それ以外にもか?」
「それ以外にもだ。俺を構成するこの身体全てだ」
「「マジかよ」」
「マジだよ」
おいおい。
それ、死ぬどころか消滅じゃん。死体も残らないじゃん。
「じゃあ、そこの壁にでも憑けよ」
「壊していいのか」
「よくねーよ」
「じゃあイヤだ」
「イヤだじゃねえよ」
「ならあの黒いのを出してくれ」
「黒いの?」
「兄さま、鉄板だろ」
「鉄板と言うのか。あれはいい。あれに触れてると力が湧く」
ケーフはこんなこと言ってるが、全て送還して、今ここに鉄壁はない。
出せというなら出してもいい。
けどなぁ──。
確かに最初は鉄の板と思って作ってました。でもそのうち鉄の板改め鉄壁のつもりだったんだけどなぁ。弟さまはあれを鉄板と思ってたのね。ちょっと恥ずかしい。
しかしちょっと待て。
叩きつけられてからも妙に着座してるかと思ったが、鉄壁に触れてることで力が沸いてたのか。
鳥かごを壊しても、鳥かごの外に出なかったのもそう言う理由か。
精素とやらの補給を、オレの鉄壁が栄養源となって補っていたと。
それでより大きくした風刃で反撃することが出来た、と言うわけか。
なかなかに間抜けな絵面だ。戦ってる相手にまさか力を貸していたとは。
(ダブル由来の物質に相性が良いってことなのかね)
(弟さまもそう思うか?)
(他に理由はないだろ。他の物質はイヤだ。でも兄さまがダブルで作った物なら良いというんだから)
(そうだな)
これはあれだな。
何かインゴットを創造して、そこに憑かせる。憑かせて状態固定をかけて封じる。それが一番簡単な気がしてきた。
と言うわけで早速やってみましょう。
ダブルで鉄のインゴットを生成してみる。
「すごいもんだな」
ケーフが感想を洩らしてる。そんな風に見えてたのか。
「おい、ケーフ」
「おう」
「お前休め。力が沸くんだろ? とりあえずこれに憑いてみろ」
「いいのか」
「いいよ」
「捕虜扱いの良い奴だな、真司」
「いいから憑け」
気恥ずかしいので、それに憑かせてみました。
するとしばらくしてケーフの顔だけ出て来た。
「何だコレは、なんだこれは。何なんだーっ」
無事にインゴットに憑けてるようだが、何か問題があるのだろうか。わめき立てるばかりで内容がちっともつかめない。
力が沸くんじゃなかったのか? なのに騒ぎ立てられると、思ったのと違ったように聞こえる。
てか違うのだろうか。
顔だけしか出さないし。
見るも無惨な姿になって出るに出られないとかか。
オレはごくりと唾を飲んだ。
「……イヤか?」
「イヤじゃない。気持いい。気持ちいいぞーーっ」
そ、そうなのか。
「でも形を変えられないか?」
「ん?」
インゴットのままだと嫌なわけか。
「しかし変えられるけど、どうだろうな。精霊の形だと人目についたとき変に思われるし」
「形はなんでもいいぞ。けどこれは捕虜としては困る。おまえら、俺をこんな形のまま運搬するのか?」
「運搬?」
捕虜なんだから、それに憑かせて、家にでも放っておくつもりだったのだが。
(兄さま、それは薄情だろ。捕虜と言っても名目上なだけだし。それに家の誰かが処分したりしたらどうする?)
(誰もしないだろ)
(わからんぞ。叔父ちゃんの物だと思って婆ちゃん辺りがプンプン怒りながら叔父ちゃんの秘密基地に放りこんだり)
(叔父ちゃんが知らぬ間にインゴットを溶かして道具を作り出したり、とかか)
弟さまが肯く。
(やべ。普通にありそう)
ならばと言うことで、交渉の結果、精霊の要望でインゴットを平面にしてしまう。角張ってると持ち運ぶのに痛いので、角を丸くする。
そうして楕円のように丸くしてポッケに入れる。普段はそれで生活しようと、そういうことになった。
そこがお前の新しい棲み家だ。
「やべえ。やっぱそうだ。力が蓄えられる。ここの世界に来て初めてだぞ、こんなこと」
「そうかそうか」
姿形はまだ復活してないが、蓄えられると言うことは補充出来てると言うことだ。それならいずれ姿形も戻るんじゃないかな、とオレは思う。
まあ戻れなかったら、オレか弟さまがダブルで状態回復かけて戻してもいいし。
今はしない。
あくまで経過を見てからだ。
「牢獄、ろうごく~、俺の新しい牢獄~」
よせよ。人聞きの悪い。
しかし、鉄の平面から精霊の声が聞こえてくると言うのは中々にシュールな光景だ。
しかもこの中にどうやって収納されてるんだろう。どう考えてもケーフの身体より、鉄の平面の方が体積が小さい。
すると、さてとケーフが言って、棲み家から出て来た。
「交渉も終わって捕虜と定まり、牢獄も完備したわけだし、確定情報がほしい」
へこたれないというか、逞しいというか、ケーフは大物だな。
「しかし確定情報か?」
「そうだ。真司と寛司が言ってたことが本当に本当かどうか、きちんと教えてほしいね」
「別に嘘は吐いてないぞ」「兄さまに同じ」
「そうなのか。俺もだ」
「そうか」
じゃあ話は終わりだな。改まって尋ねて来たくせに淡泊な奴だ。
「そのまま受け止めるなよ、兄さま。ケーフの場合、狂ってるとこがあるからな。どこまでが事実なのか、判断に困るところがある」
「そっか。それを忘れちゃいけないな」
と言うことで改めまして、はじめの一歩を踏み出しましょうか。
「お前はどこの世界から来たんだ?」
「そんなの決まってる。精霊世界だ」
「精霊しかいないのか」
「人もいるぞ。お前らの精霊がいない世界のがおかしいんだ」
「はいはい」「おっかしいですねー」
どうやら交渉時に言ってたことは本当のことだったらしい。
「けどおかしいのはそっち」「郷に入り手は郷に従え」
「生意気」
風がギュウギュウまとわりついて来た。
正面切って戦争をしたという形の手前、ここがコイツの落とし所なのだろう。
この距離感を縮めるのは、むつかしいだろうな。
でもまあ、このぐらいの距離感のほうがケーフも言いやすいだろうし、こちらも言うことを聞かせやすいか。捕虜という立場で全面的に、業務的、事務的、命令系統確立、そういう関係性が構築されただけマシだというものだ。
(おいおい。かなり自由じゃないか? 兄さま)
(一線を越えてこないんだよ)
(どういうこと)
憑いてこないと言うことさ。
オレたちには。
弟さまがハッとした。
ケーフが相当譲歩していたことに気づいたのだろう。
本来ならケーフはオレたちに憑きたかったはずなのだ。
気持の良い素材を作り出せるオレと、傷を瞬時に治した寛司のダブルも見られてる。
ボロボロになった己の身体を鑑みて、何を望むべくかは自明の理だったろうに、こいつはそこから一歩引いた。
(そうか。何が目的だろうね)
(ケーフは、鉄の中にいて、またこの世界を観察するつもりだってことだよ)
(そっか、そういうことか。でもいいのか、それで?)
(いいんじゃないか。
鉄を出ちゃえばケーフは精霊としての生命活動を維持出来ないみたいだし、命を賭す落とし所をわざわざ捕虜というところに狙い通りに運んだんだ。
その教えてもらった手腕に、敬意を表してもいいんじゃないか?)
(そうだな。わかった。でも、負担が増えたな)
(ダブルの秘匿のことか?)
(そう)
(悪いことばかりじゃないさ)
なにせこれで、セドリックメロディ病の脅威が、今後この地球上で発生することは避けられるだろうからだ。
つかず離れず、いや、憑かず離れず、だろうか。
この距離感を選んだケーフと、それを受け入れたオレたち兄弟の、これがはじめの一歩だった。
◇
俺は春に、この世界に来た。
空から位相のずれを求めて舞い落ちたのを覚えている。
イヤな物を探す役目を命じられたと、そう思っていた。
だから真司と寛司にイヤじゃないかと聞かれた時は、内心笑った。幼い子供の口癖なのだろう。
オレの前に派遣された精霊はカナダとアメリカという国に舞い降りたらしい。
誰がこの世界のどこの誰にどんな状況で憑いたのかはわからない。だが、少なくともアームも、イースも、ミーカも、日本を見つけられなかったことは確からしい。
だが俺はこの国を見つけられた。
これは幸運だったと思う。だが西のイヤな場所から離れて日本に留まったのには理由がある。
ここはイヤじゃなかったのだ。
仮初めの宿主は俺がはなしかけても会話にならず、それどころか言葉すら通じなかった。新たな宿主をさがそうにも周りはみんな言葉が通じないことも観察しててわかった。
困ったが、困った以外の感想もなかった。
やるべきことがあったから。
イヤじゃない理由に決定的な後押しがあった。それはとある朝の出来事だった。今の宿主に憑いてから、初めて身体を駆け抜けるような不思議な感覚が駈け巡ったのだ。
俺は巡り会ったと思った。
これを見つければ、位相のずれの犯人は見つけられずとも、望外の朗報をもたらせると思ったのだ。
俺は気づいたのだ。あれは精素のような心地よさだった。いや、弱っていた身体からしたら、精素以上の心地よさだったかも知れない。
だがおかげでこの場所には何かあると気づいたのだ。
宿主は次第に弱っていった。
だが今さら宿主を見捨てて、他の誰かに憑くのも気分的に憚られた。むしろこのままでは宿主が死ぬんだから、俺が憑いて治してあげればいいと思っていた。
そんな苦闘の日々に、その時はついに来た。
あの清冽な精素にも似た何かを放つ人物に出会ったのだ。それも二人も、いっぺんにである。
初めは敵かと思ったが、位相のずれのことさえ知らなかった。
ならば思い当たる存在はひとつしかない。
そして事は俺の狙い通りに収まった。
最初にやられた時からわかっていたのだ。
真司の作った創造物に触れれば精素が補給出来ることも。体調が良くなることも。
残念ながらもう俺に指令を出した人物のことも思い出せなくなったが、これでこの世界に逗留できる足場が確保できたのだ。しかも精霊世界よりも居心地が良いほどの足場だ。
更には鉄から自在に出たり入ったりしてるのに、それを咎める素振りもない。
やはり悪い奴等ではないのだ。
しかもこんな物を創造する力もある。
どうやら周りには秘匿してるようだが、それは逆に、この二人の兄弟がこの世界においても特別なことを意味している。
人類はこちらの世界でも人類だったのだ。
この幼さでそれを理解してる節があるというのは、特筆すべきことだろう。
この二人は観察する必要がある。ついでに位相のずれを引き起こす輩も探せる。
そして、行方のわからぬ同胞の捜索も──。
この二人の協力も取り付けた。
思い出せない誰かにも、将来きっといい報告が出来るだろう。
願わくばその時が、欠落だらけとなったこの身に訪れてくれればいいのだが。
だから探索を再開しよう。
春の休みは、もう終わりなのだ。
◇
しかしはじめの一歩を踏み出すにあたって、もう一つ注意しなければならないことがあったのを思い出した。
「ひとつか? 兄さま」
「ひとつだろ」
「いやいや、目を離しちゃいけないし」
「それは持ち運ぶから大丈夫だろ」
「兄さまが主体で頼むな。創造系はってことで」
「ああ、わかってる」
なんだかんだ言って、弟さまもケーフの体調が心配なのだ。
「でも一つでもないな。手綱は握ってないといけない」
オレの目の前には、フラフラと鉄から抜け出したケーフが、好き勝手にたゆたっている。
「ケーフ。出かける時はオレたちにひと言な」
「ええっ?」
ケーフの目が泳いで、弟さまに助けを求めてる。
「出かける時に行き先を告げるのは基本だよ」
弟さまはためらいもなく切って捨てた。
その上で助け船も出す。
「お前が出かけて行方知れずになったら、オレたちは手がかりが全くないぞ。すでに一人行方不明なんだ。そこらへんはケーフ、お前が仲間を大切に思ってるのかどうか次第だな。行き先を聞いとけば、お前を助けることも出来るし、囚われてる仲間も助けることが出来るかも知れない」
「おおっ」
ケーフが感動してた。
やっぱり精霊はお調子者というか、チョロいみたいだ。
なのでオレから叩いとく。
「それとケーフ。物は壊すな」
「えええ~~~っ」
存外の衝撃だったらしい。
マジで驚いていた。
「オレたちの許可なく物を壊すことは禁じる。それが出来なきゃ、お前の棲む住処の用意はしないぞ」
抜け出てた新しい棲み家をオレは手に持ち、送還の姿勢をとる。
「横暴だ。捕虜虐待だ」
「うるさい。これは絶対条件だ。お前の魔法がお前の世界の叡知なように、この世界に存在する物だってこの世界の叡知なんだ」
言葉を噛みしめてるが、理解は出来ないようだ。
ならば躾けるしかあるまい。
オレたちが家族や幼稚園で躾けられてるように。
「やらなければ養わない。養われてるうちは親の言うことを聞け」
「おまえは母親か」
「地球での身元引受人だ。例外は認めないよ」
「絶対か?」
「絶対だ」
「わかった。しょうがない」
オレが棲み家を掌にのせると、つむじを巻いてケーフが鉄の中にあっという間に潜り込んだ。
「すごいな。こんな機動も出来るんだ」
「あったりまえさ。力さえ戻れば、誰も俺には追いつけな~い」
また調子に乗りだした。さっきもこんな感じの歌を歌ってたな。
「なあ、おい、ケーフ。力がわずかでも戻ったんなら、すまんがちょっと精霊魔法を見せてくれよ」
「お、それはオレも見たいな」
途端にケーフが鼻高々になった。
入ったばかりの鉄から半身を出す。
「仕方ないな。刮目して見ろよ」
そしてケーフが手を翻すと、風が炎を含んだり、氷を含んだりと、変化した。
「お、これが魔法か?」
「おいおい、本当に生意気だな。精霊魔法だぞ」
むちゃくちゃ弱いけど、とボソリとつぶやいた。
こいつは聞こえないよう呟いたつもりだろうが、しっかり聞こえた。体力がちょっとは戻ったと言っても、それは本当にちょっとなのだろう。だから自慢の威力を誇る精霊魔法もコイツの体調に合わせて、今は無茶苦茶弱ってる状態らしいな。
本当かどうかはわからないけれど。
でもそれもまあ追々わかるだろう。毎日見せてもらって観察するのもいいかもしれない。
こいつが戦闘時に手を抜いてたのも、今回のお遊びでよくわかった。バリエーションは色々あったのだ。だがそれを使わなかった。
やはり落とし所に狙い通りに誘導されたということで間違いないだろう。
ヘロヘロだったくせによく考えた。
むしろへろへろだったから考えたのか。
それでもオレの一分計を切り裂ける程度には威力があるわけだ。
大丈夫だとは思うが、本当に見極めがつくまでは、こいつを本調子にするわけにはいかないな。
弟さまがこちらを見た。
どうやら聞いてたらしい。うんと頷いてた。
「ケーフ、棲み家にもどれ」
「なんでだ? もっと色々出来るぞ」
「もうこの青い世界は消すんだ」
「そんなことせずとも十分ほどで消えるけど、…………消せるのか?」
「消せるよ」
と弟さまがなだめ役に入ってくれた。頭が回るね~、相変わらず。
なのでオレは強気で行く。
「早く入れ。でなければ止めを刺す」
「入る。入るよ」
物騒な言葉をケラケラ笑いながら受け止めるケーフもノリノリだった。
そしてオレたちも元の位置に戻る。弟さまは秋穂ちゃんの前に。オレは、紙袋の紐に手を通し、蛍ちゃんの肩を抑える位置に。
「いいか」
オレが尋ねると、弟さまがオレにやらせてくれないかと言った。
それは別に構わない。
「どうぞ」
オレが譲ると、弟さまが青い世界を見渡した。
本当に色々とあった。
この時間の遅くなる青い世界が、オレたちの知らない世界の扉を開いてくれたのだ。
ダブルは奥が深い。
そして世界は広い。
何よりも、生まれて初めて人助けをすることが出来るのだ。
この世界を、この日を、忘れないように目に焼きつけよう。
「送還」
弟さまが静かに告げると、青い世界は終わった。
◇
みんなが久しぶりに声を上げた。
「光が消えた」
「あれ? いつ消えたんだ」
「よくわからない」
みんなには一瞬だったろうけど、その間に色々あったんだよ。
孝介さんも、蛍ちゃんのお母さんの真知子さんも驚いてる。
けれども目を向けるべきはそこじゃない。
ざわめくみんなにオレは言った。
「でも変なのが消えたんなら、それは朗報じゃない?」
「あ」「確かに」「徹さん」「お父さん」
病室にお見舞いに来ていたみんなの視線が、徹さんに集まる。
徹さんの顔色には朱が差していた。
青白く、苦しそうだった名残は欠片も残っていない。
春眠暁を覚えず。
でも目覚めはいつか来る。
そのいつかが今来たのだ。
徹さんが静かに目を開ける。
蛍ちゃんが顔色の戻った徹さんを見、光の宿ったその眼の力を見て感情が込み上げてきたらしい。
オレが抑えてた肩を解放すると、蛍ちゃんは一目散に父親に駆け寄った。
蛍ちゃんが徹さんの手を握って揺さぶる。
徹さんの目が穏やかに蛍ちゃんに向けられた。
「お父さん、お父さんっ」
「聞こえてるよ、蛍」
そのしっかりとした物言いに、蛍ちゃんはわっと泣いた。
「あなた」
真知子さんもそっと歩み寄る。
「なんだろうね。私の中にもう一人私が居たような、不思議な感じだった」
「あなたっ」
真知子さんの感情も爆発した。
嗚咽がひとしきり病室に満ちていた。だがそれは悲しみや苦しみの嗚咽ではない。蛍ちゃんも真知子さんももう悟ったことだろう。
徹さんは快癒したと。
「この子達は?」
「みんな蛍のお友達よ。あなたのために、お見舞いに来てくれたの」
「そうか。子供たちと一緒にいたら元気になったんだね」
「ねえ、お父さん、おとうさん。どんな気分?」
そうだなと病室の窓を眺めやり、春の終わりに、春に間に合ったような気分かな、とつぶやいた。
オレと寛司は目を見合わせると、これお見舞いの品ですと、オレンジ寒天ミルクを残して病室を出た。
するとみんなもオレたちに続いて外に出て来た。
孝介さんが入院の受付に、報告に行ってくれている。
すると受付からもワッと喜びの声が上がり、そうしてバタバタと病院の動きも慌ただしくなって行った。
医師を呼ぶ声と、経過を確かめるために動き出す看護師さん達を横で感じながら、オレたちはみんなで額を寄せ合って、蛍ちゃん良かったねと言い合っていた。
──蛍ちゃん、お父さんといっぱい話すといいよ。
暑いですね。キーを打つ度に文字の誤変換がすごいです。今日もへろへろですが、何とかお届けすることが出来ました。待っててくれる人がいるというのは励みになります。楽しんでもらえたら幸いです。




