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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
24/182

第24話 手持ちの手札で勝負する者

 オレたちは次の手札の切り方がわからずにいる。全力の交渉だ。そのためにはケーフから、ケーフが何を持って安堵したのかを聞き出したいところだ。

 そしてそれが叶わずとも、当たりぐらいは付けたいところでもある。

 だがこちらが仕掛ける前に、ケーフの方から手札を切ってきた。


「お前たちのその力は、一体何を元にしてるんだ?」

「元に?」

「特にお前だ、真司」

「オレ?」

「そうだ」

「いや。特に何も」

「そんなわけあるか」


 そう言ってケーフがこれを見ろと言わんばかりに、こんこんと自らの座る鳥かごの底板を叩いた。


「こんな物を作り出しといて、元がないなんて有り得ない」

「精霊の世界でもか?」

「そうだ」

「ふ~ん。そうなのか。精霊の世界では何を元にしてんだ?」

「精素、あるいは精気」


 鋭い眼をケーフが向けた。

 その眼が、俺は答えたぞと言わんばかりだ。


「で、お前は何なんだ」

「いや、ホント、何も元にしてないよ。念ずればそうなる。これは生まれた時からそうだった」


 隣で弟さまも、間違いないと肯く。


「そんなことは聞いたことがない。何かしらのとある元の素か、もしくは…………」


 そこでケーフがハッとした。


「お前たちは、魔法使いか?」

「魔法使い?」「ごめん。何言ってるのかわからない」

「お前たち、オレみたいな風の魔法を使えるか?」

「いや」「全然」

「火は?」

「全く」「欠片も」

「水は?」

 もう面倒臭いのでオレも弟さまもただ首を振った。

「土は?」

 これも答えはおんなじだ。オレたちは魔法なんか使えない。

「嘘は?」

「ついてない」「心外だ」


 なかなかに失礼な奴だ。そしてそのまま信じるチョロい奴でもある。

 答えを聞いた途端、腕を組んで考え込んでいる。さて、どんな論理を組み立ててるのだろうか。

 と思ってたら、ひとつ、頷いた。


「なるほど。だろうな。魔法使いなんて最早伝説の存在だ」

「そうなのか?」「ケーフみたいなのがいるなら、いっぱい居そうだけど。人間はみんな魔法使いなのか?」

「精霊世界にいる人間だって、ただの人間だ」

「おおっ」「人間、やっぱいるんだ」


 ケーフが伝説の存在とまで言ってたのに、弟さまはすっとぼけたことを言ってるなと聞いてたら、鎌をかけてたらしい。ごめんよ。流石である。新情報ゲットである。

 だがケーフはそんなことは些事だとばかりに、委細構わず話をつづける。


「だが魔法は使えない。自力ではな。人間は魔法を使えないんだ。だからそういうのは俺たちが補ってあげる。やるならそうやってやるしかない」

「補ってるのか?」「共存共栄だな」


 オレと寛司は顔を見合わせて頷き合った。

 予想以上にこれはいいことを聞いた。

 少なくとも共存できる可能性があることがわかったのだ。

 精霊の世界でそれが出来るのなら、こちらの世界でもそれが出来ないというのは、乱暴な話にしか思えない。


(けれども(あに)さま)

(ああ、わかってる。セドリックメロディ病のことだろ? この流れのまま聞きたいところだが、今は我慢しよう)

(いいのか?)

(友好的なうちに聞ける話を聞けるだけ聞く。セドリックメロディ病のことは、下手したらまた生き死にを懸けることになる。

 だって蛍ちゃんのお父さんにまた憑かせるわけにはいかないから)

(そうだね)

(そうだ)

 オレは大きく頷いて、核心を告げる。

(二度と憑かせるわけにはいかないんだ。その際に、例えコイツの生き死にが懸かってしまうことになったとしてもだ)


 そもそも今日は蛍ちゃんのお父さん、徹さんのお見舞いに来たのだ。全世界でたった三例目となる奇病、セドリックメロディ病。罹った人は必ず死ぬその病気に、お友達の蛍ちゃんは小さな胸をずっと痛めていた。

 だからオレたちは、可能ならばダブルで未知の病気であるセドリックメロディ病を治すという決意を込めて、今日ここにやって来たのだ。

 だからオレは選ぶ。

 ケーフよりは徹さんを優先する、と。

 ケーフは異邦人で、徹さんは元からこの世界の住人だから。

 命は平等。それはそうだ。命は平等だ。命から見ればそうなる。

 だが状況には優先順位がある。

 状況から見れば、ケーフはむしろ許諾も取らずに勝手に徹さんの身体の中に巣くったあげく、徹さんを殺しかけていた存在となる。そして原因がわかった以上、お前の都合で人を巻きこむなと、ケーフが遠慮しろと、そういう話になるのが自然な流れだった。

 それは例えケーフが人の中に入っていないと生きていけないとか、重大な都合があったとしてもだ。

 だから選ぶ。

 優先するのは蛍ちゃんのお父さんだ、と。


(了解。タイミングは兄さまに任せる)

(ああ)


 そして後顧の憂いはないか、やり残しを検討していた際に、保留していたあることをオレは思い出した。

 ケーフの言ったことだ。

 ケーフはこう言った。

 ずれて固定された物が、自分だけずらし直したもんだから、物質と触れ得ることが出来なくなった、と。


 オレは思うのだ。

 これはケーフも動けてる以上、ケーフ自身も位相がずれてることを表しているのではないか、と。

 そしてもしそれがそうならば、位相がずれたケーフの攻撃は、オレたち以外の見えてる物には(あた)ることなく透過すると言うことになるんじゃないか、と。


(おいおい、兄さま。それマジか?)

(わからぬ。実験するわけにもいくまいし)


 予想が外れて万が一みんなに風刃が(あた)ったら、人の身体なんて簡単に真っ二つになる。そして真っ二つになったお友達の姿を見て、これが実験結果です、なんてオレには言えない。


(じゃあ保留だな)

(当然だ。でも交渉中だ。頭の隅には入れておこう。じゃないと間違いを起こす可能性がある)

(たしかに。前提の齟齬でぶち壊しってのは勘弁だな)


 後顧の憂いだろうが、試せない以上は致し方ない。進めるしかないのだ。

 オレが(はら)を決めると、ケーフの方からも差し迫った空気が醸し出された。

 それはどんどん陰影を増し、最早ケーフにも余裕の素振りはない。

 何だろう。

 この短い時間にケーフにも何かが起きた?

 オレが十分時間をかけて(はら)を決めたように、ケーフだって同じ時間を使って考えをまとめたはずなのだ。


「そう言えば気にかかったことがある」

「どうぞ」

 オレは先を促した。


「真司。お前は風の精霊という話だけで驚いてたな」

「うん」

「初めて見るもんで、とも言ってたな」

「ああ」

「心に(もと)ることを言ってないか」

「言ってないよ」

「俺は誠実に交渉した。精霊世界のことも大元のことまで話した」

「ああ。ありがとう。面白かったし、有意義だったよ」

「だというのにお前は俺に嘘を()くというのか」

「え? ()いてないよ」

「それはつまり、お前はこの世界に精霊なんかいないと、そう言ってるんだが」

「そうだよ。いないもん」

「お前は自分が言ってることの意味をわかってるのか? 幼児とはいえ容赦せんぞ。この世界には精霊がいない。精霊がいないんだぞっ」

「ん? いなくて当たり前なんだが」

「そんな事あるかっ」

 興奮する精霊を、弟さまが取りなした。

「元からいないぞ。強いて言うならお前が初めてじゃないか」

「ちがう。腹芸の通じないチビだな。俺が言いたいのはだな」

 まあ十センチメートル程度しかない精霊にチビと言われるのは心外だが、オレたちは三歳児なので、人類としてチビなのは確かだ。

 だがその言葉は、交渉してる相手に差し向ける言葉ではないだろう。


「言いたいことは何だ」


 オレがムッとして問い返したが、返事は返ってこなかった。

 そのまま押し黙っている。

 しかし急に態度を改めたりして、何が狙いなのだろう。

 怒る要素など何もないと思うのだ。


 そうしてオレと弟さまはケーフを観察する。

 だがそのケーフから向けられてるのは疑惑に満ちた目だ。

 手ひどい嘘を吐かれてるとでも思ってるのだろうか。

 こちらはそんな嘘を吐いた覚えは全くないのだが。

 んー。

 そんな目を向けられるのはイヤだな。


(てか心外でしょ。繰り返すけど)

(ああ、弟さまか。どう思う)

(どうもこうも、もう一戦ありそうだよね)


 そんなんなったらしんどいな。でもケーフもしんどいはずだ。

 オレは壊れた鳥かごの底にジッと座ってたケーフの、そのはかなげな様子は今も目に焼きついていた。

 あいつもギリギリなのだ。

 おそらくだが腐食を混ぜて放った風の精霊魔法は、ケーフは命を懸けてたと思う。

 でなければオレが攻撃してないのに、精霊の羽が消えるなんて事にはならないと思うのだ。

 それまでの攻撃と違って、腐食の風を、風の精霊魔法に新たに織り込んだのは間違いないところだろうが、今振り返ると、あの攻撃には指向性があったのだ。

 あの時は思わず自分の羽さえ腐らせてるぞみたいなことをオレは思わず口にしてたが、今になって思えば風は前に向かって飛ばされていた。決して後ろにある羽にかかったりはしなかった。

 (あた)っていないのだ。

 だがそれでも羽が消えた。

 ということは腐食という新たな手段を攻撃に加えるために、そのために羽は消えたのではないかと、オレは推測する。


 そしてその結果──、


 一枚だけとはいえ、ケーフが羽の在るべき場所を目にして、悲しげに沈んだのだ。

 その姿は未だ印象に残っている。おそらく羽は、精霊の精霊たるアイデンティティーなのだろう。

 ケーフは羽を失って以降、攻撃を仕掛けてくることはなかった。

 そして交渉が始まったのだ。


 そうだ。交渉を持ちかけたのはオレたちだが、それに応えたのは他ならぬケーフだった。そのケーフが精霊がいないなどと言って、戦闘を再開しようとしている。

 これはおかしいのではないかと反問してる間に、ケーフの攻撃が始まった。


 オレに向けて、ただ一刃(いちじん)


 それだけだった。


 オレは掌を向け、そして受け止めた。

 状態固定をかけてるのでオレの手は小揺るぎもしない。

 真正面からの馬鹿正直な風を、真正面から受け止めた。

 こちらもただそれだけのことだ。


 だがケーフは少しだけ笑った。

「ウソつきが、随分と洒落たことをする」

「そうか? 尋常な応対だと思うが」

「尋常か」

「そうだ。ケーフが仕掛けてるのは、そういう(たぐい)の物だ。オレは幼いけれど、それぐらいのことはわかる」

「ウソつきが言葉か」


 狂ってるのか、正気なのか。

 何だよ、その(つわもの)どもが夢の跡みたいな言い回しは。


 ケーフが立ち上がった。立ち上がってオレと対峙した。

 肩で息をしてた精霊が、平静を装って尋常に勝負を再開する。

 それは異常な行動だとオレは思う。

 狂ってるにしてもその狂い方が、悲しいほどに一陣の風なのだ。


 おかしい。

 口では勇ましいのに、最前に見せた威力も連続性もない。

 おまけにネタ明かしした別の精霊魔法を使う様子もない。ここは強がりつつも、先の言葉を証明するために次々と新技で、交渉時の言葉の裏打ちを積み重ねてくところじゃないのか?


 それなのに──、


 すっきりした顔しやがって。

 爽快な自滅なんて、自己完結で終わらせるつもりか。


 いや、もしかしたら、セドリックメロディ病とは風の精霊の、そういった行動の結末なのかも知れない。


「そっくり返そうか、ケーフ」

「ほう」

「その体力で風刃を撃つなど、自殺行為だ」

「生きてるだけで死にそうなんだ。別におかしな事でもあるまい」

「はあ?」「マジぶっ飛んでるな」

「…………」

 ケーフは両腕を広げて、また風刃を乱射をしようとしていた。

「交渉は、交渉にはもう()かないのか?」


 そうだ。交渉を選択したはずなのだ。

 このケーフは。

 ならば何故また攻撃を再開するんだ?


「それは己に問えよ」


 俺に訊くなと言うことか?

 なんだ。男前な答えを返されても、オレにはさっぱりわからんぞ。


(兄さま。追いやった前提じゃないか)

(ん? 詳しく)

(武士は食わねど高楊枝だ)



 すると再び風刃がまずひとつ、飛んだ。

 今度は蛍ちゃんに向けてだ。

 オレは鉄壁を蛍ちゃんの前に創造してそれを防ぐ。風刃は鉄壁の前にあえなくはじけて消えた。


 今さらこんな攻撃に意味はない。

 意味はないのに何故だ。

 ケーフがまた少しだけ笑った。


 オレはハッとした。


 もしかしてこいつ、くじら組のみんなに攻撃するつもりは毛ほどもなく、オレたちと交渉するために見せ札を切ったのか?

 目的はオレが創造した物質各種。それの強度と、創造する際の自在度。瞬時に作れるのか、時間がかかるのか、場所によって何か差異が生じるのか、いろいろと確かめられてたのではないか。

 今はそんな気がして来てる。


 精霊がいないという事実で、確認すべき事柄が発生したということだろうか。


 なるほど。武士は食わねど高楊枝か。

 知らねばならないなら、体力の限界など当たり前のことは慮外に置いて、その目的をやり遂げるために平気な振りして、己がすべてを()すと言うことか?


 いいさ。

 学ぼうじゃないか。

 精霊の世界の流儀ってヤツを。


「精霊がいないと言うことはそれほどの意味があるのか」

「それほどとは?」

「お前が交渉を中断してまでもしなければならないという意味だ」

「その通りだ」

「それは何故だ。言わねばわからんぞ」

「本気で言ってるのか?」

「嘘に見えるなら眼科に行け。眼が狂ってる」

「言ってくれる。ならば茶番に付き合おう」

 そう言ってまた少しだけ笑った。


 それも困るんだけどな、とオレが困惑の返事をしたら、隣で「応」と弟さまが応えていた。

 参ったな。

 ならば出来るだけ早く(こと)を進めないと。


 すると弟さまが素早かった。

「オレたちが何をしたと言うんだ」

 と核心を問うた。


「それはお前達が精霊を絶滅させたってことだ」


 はあっ?


「「何それ」」


「宇宙開闢(かいびゃく)の話は覚えてるか」

「もちろん」「風の精霊魔法の究極奥義みたいなもんでしょ」


 そうだ、とケーフが頷いた。


「そこに理油がある」

「うん、わからん」「同じく。意味不明」


 常識だぞ、とケーフが前置きした。


「宇宙が開闢する。そして宇宙は生まれた」

「「うん」」

「その宇宙が開闢したと同時に、精霊も一緒にあまねく宇宙に四散したはずなんだ。それなのにこの世界には精霊がいない。精霊とは原初を司るから精霊なんだ。

 なのにお前たちの世界には精霊が一人もいない。

 これがお前たちが精霊を全滅させた証拠だ。有り得ないんだよ。精霊がこの世界にいないなんて」


 そうして最後の力を振り絞る精霊がいた。

 狂乱だ。

 言うべきことは言った。だから戦うのだ。

 そう言いたいのだろう。


 だが、こちらの話も聞けと思う。

 もう止まらないんだろうけど。

 ならあとちょっとだけ付き合ってやるさ。

 でも負けたならこちらの言うことを聞けよ。悪いようにはしない。聞きたいことも色々あるんだ。


「風刃極大化。行けーい」


 だがケーフの気合いに反して風刃は小さかった。

 それにしてもまた風刃か。


(これが今のケーフの全力なんだよ、兄さま)

(馬鹿にはしてないぞ。むしろ感心してるわ。でも、力を込めるのにタメがこれだけ掛かってる)

(遅いよね。でも身体が消えてかない。これもさっきとは違うよね)

(小細工はしていないようだぞ)

(それは同感だね)


 そう言って弟さまがオレの隣に並び立った。

 弟さまが受け止めるつもりなのだ。

 ならば任せよう。任せてオレは考察する。


 思えばこの攻撃に、他の精霊魔法を織り交ぜることを、ケーフは最初から選択していなかった。他の要素を練りこむだけの体力がなかっただけなのかも知れない。だがその予想は大当たりとは言わないが、それほど外れてないだろうとも思う。


 今回の狂乱は、本気だったとしても、意図して同じ攻撃を選択してた節がある。

 それはおそらく多分、こいつがオレたちのことを観察してたのだ。

 オレたちの経験則ではわからない意味合いを元にして。

 オレはヒシヒシと感じる。ここには紛れもない叡知がある。

 精霊の育んできたその歴史は、攻撃の手法にも現れてるのだろう。でなければ消滅上等と力押しで力比べに持ち込めもしたはずなのだ。

 だがケーフはそれを選択しなかった。

 精霊には精霊で目的がある。

 そして全滅という前提から始まった攻撃は、対比するならオレたちを殲滅するのがその目的となるはずだ。だがその対象から、オレたちは外れていると思う。でなければ問答無用で言うことを聞かせようとするはずの攻撃が、何かの偽装をするための攻撃だとオレに考えさせる余地など与えないだろうからだ。

 ということはオレが考えてることも織り込まれてるのか?


 ケーフ、いろいろとおかしいんだよ、お前は。

 狂ってる。本気で狂ってる部分と、正気で狂ってる部分がある。


 そうしてオレが考察を進める矢先に、眼前で弟さまがケーフの攻撃を止めて送還した。

 青い世界にケーフの体色にも似た青緑色の風刃がサラサラと塵に帰って行く。青に溶けこむ青緑が本当に美しい。思わず見とれてしまいそうだ。

 その間にもケーフと弟さまとの間で何か言葉が交わされる。

 オレは聞いていない。

 だがまた攻撃が来る。それはみんなへの攻撃だった。

 オレたちにはダブルの状態固定があるから、その攻撃がもう通じないことは、すでにケーフは学習している。


 オレはピンと来た。


(弟さま。これはオレが対処する。それがケーフの目的だ)

(了解)


 そしてオレは鉄壁を全面に展開する。

 誰にも当てさせないよという決意だ。このお約束の行動が見たいんだろ。オレがそう思ってると、案の定、ケーフが少しだけ笑った。


「だからオレが物質創造を使う余地を見越して、その攻撃をみんなに向けるわけだな」

「ハハハハ」


 よく見抜いたな、みたいなドヤ顔は止めろ。お前死にそうだぞ。

 それにこんなのを見抜くのは簡単だ。

 何しろ弟さまが最初に状態固定をかけていた左側にいるみんなには、お前は全く攻撃をしていないのだ。お前はオレに対処させたいのだ。

 弟さまが前に出て、それがより明確にわかった。

 お前が攻撃を右にずらしたからだ。


 オレの右側には真理ちゃんと孝介さんがいる。その全面に創造された鉄壁に対して、ケーフはそれが送還されないよう半ば嬉々として、鉄壁に向けて連続で攻撃を続けてる。

 ケーフの頭髪がどんどん消えている。

 風になびくようだった美しい青緑色の毛並みが、どんどん短くなっている。

 やはり何処が消えてくのかをコントロールすることは出来ないようだ。

 ケーフは目にかかっていた髪の毛が消えてくことに気づいてる。だがそれでも攻撃を止めなかった。


 なぜにそこまでオレに物質創造をさせたいのだろう。


 だから鉄壁の前にもう一枚鉄壁を作ると、そのオレの対処に、間違いなくケーフは喜んでいる。呼応するように攻撃を繰り出している。


「おい、ケーフ」

「何だ?」

「何度も言うが、本当にこの世界には元から精霊はいないぞ」

「それは有り得ない。そんな世界があったら宇宙が開闢(かいびゃく)することなど起こらない」

「ビッグバンには精霊が関わってると言うのか?」

「この世界ではビッグバンというのか」

「そうだ」

「なら、こちらも『そうだ』と答えよう」

「ビッグバンは精霊が起こすのか?」

「起こしたんじゃない。宇宙が開闢すると同時に、俺たちが生まれたんだ。俺みたいな風の精霊が、真っ先に生まれ、熱から火の精霊が、土の精霊が、そして水の精霊が。

 その中にあって、俺たち風の精霊が、あまねく宇宙に全ての要素を運んだんだ。

 だから精霊が存在しない宇宙なんて、どんな異世界だろうと絶対に有り得ないんだ」


 ほう、と思った。

 とっても面白いお話だ。さすがは異世界。色々ありそうだ。


「だがお前のいた精霊の世界ではそうなのかも知れない。

 でもな、この世界では違うぞ。この世界では精霊なんて全く存在せず、物理的な現象でもって宇宙は始まった」

「そうだぞ。ただただ科学的な現象によって宇宙は生まれた」


 弟さまも言い足した。

 するとケーフは青い世界に生まれた(かげ)りのように、少しだけ笑った。


「それは本当か?」


 そうケーフが問うたが、その問いは問い自体が嘘だとオレは思った。オレのことをウソつき呼ばわりしといて大した奴だ。

 お前は徹さんに取り憑いてからも、徹さんに取り憑く前からも、この世界に舞い降りたその時からその眼で散々この世界を見て回ったはずだ。

 そこに精霊はいたのか?

 いなかっただろう

 なのに精霊がいない世界を、狂ってるほど頭の良いお前が考慮に入れないはずがないのだ。


「本当だぞ」

 オレがニヤリと笑うと、ケーフも少しだけ笑った。


「学術書とか物理の本どころか、一般の書籍でもいっぱいあるぞ。宇宙の始まりがどうだったかなんて話は」


 だがオレの話を聞いても、信じられないという体をとって、ケーフは弟さまにも目を配って確認を求めた。

 だから弟さまもつづく。


「それこそオレたちみたいな小さな子供でも知ってるような当たり前の話だ」


「そうか……そうなのか……」


 おいおいおい。

 その翳りは何だ。

 いないことを確認したからそうなってるのではないのか。

 それを現地の人間から直接聞かされたから、そんな顔をしてるのではないのか。でもさ、だったらもうこんな無茶な攻撃は止めろって話だ。

 わかってんだろ──、


「死ぬぞっ」


 オレがガッチリと状態固定をかけた。

 もうこれ以上は必要ない。

 お前がオレたちのことをわかったように、オレたちもお前のことがよーくわかった。


「ハハハ。これじゃもう、立派な捕虜だな」

 ケーフが青緑色の体色を煌めかせて独りごちた。その顔は笑っている。


 ああ、やっぱりそうだ。こいつは見せ札を切っていたんだ。オレたちに勝つつもりはない。むしろわざと戦って負けて、何かを得ようと目論んでいたわけだ。

 そのために粉をかけて来たのか。

 そうだよな。透過すると教えてくれたのに、わざわざみんなを狙って戦い直す理由がないもんな。



(精霊が自らに課した調査とは、かくも過酷なものなのかね)

(弟さま?)

(オレはこいつをちょっと尊敬してきてるよ、兄さま)

(…………)

(コイツは凄い)


 言われてみればそうだ。今のケーフは、精霊の命運を背負って挑んできてるのだ。

 この世界に舞い降りてから自分の目で見続けてきた、確認してきた己自身がその証明なのに、それでも挑まざるを得なかったのだ。

 世界の齟齬をあぶり出すための手段。摺り合わせることが出来ず、常識同士がぶつかり合う言葉の通じぬ世界を、オレたちは垣間見させてもらったのだ。


 存在すると言うことだけなのに。言葉ではこれだけのことなのに。何故だろう。

 オレは胸が(ふる)えていた。


 存在を懸けてとは、そういう物なのか──。


 弟さまにポンと肩を叩かれた。


「お疲れ、兄さま」

「応。お疲れ弟さま」

「ふふ」

「なんだよ」

「いや、大したもんだよ、兄さま」

「そうか? オレは、いや、オレたちはケーフの掌の上で転がされてただけのように思えるが」

「じゃあ、そのケーフをもう解放してやろうか。もう捕虜になったんだから」

「捕虜に立候補して御輿に乗ったんだろうが」

「ははは。オレと兄さまは担ぎ手か」


 そうしてオレはケーフを状態固定から解放した。

 立場というものを明確にして。



 それにしても精霊世界の流儀か。

 狂ってるが、わからなくもない流儀だった。

 特に花のお江戸が大好きな弟さまには、この精霊の流儀はさぞや心に響いてることだろう。


「でだ」

「何だ真司」

「もうちょっと詳しく聞かせてくれ」

「うむ。何でも聞け」


 まあ(しのぎ)を削った後に、鎬のことを聞いても、聞く方も聞かれる方も客観視は無理だろうな。

 ならばとオレは頷いて、別の聞きたいことを聞いた。


「お前がここの世界に入れた、異世界の入り口はどこだ」

「それはあれだ、誰かが何かを開いてオレを通して寄越したのだ」

「ん?」「あれか? 位相のずれを起こせる人物か」

「そう。たぶんそれだ」

「たぶんって」

「すまんな。もう思い出せない。精素をたくさん消耗した。そこに刻みついてた思い出も一緒に消えたんだろう」

「おいおいおい」

「でもな、覚えてることもある。オレは空から下りて来た」

「空か」「広すぎて調べようがないな」

「空から下りて、人体に緊急退避したのだ。精霊世界ではそれが普通だからな」

「なるほど。それで先代は日本を見つけられず、より狂ってカナダに下りた。先々代も狂乱化したままアメリカに下りた。で、三代目のケーフは太平洋を越えずに日本を見つけられた、と言った感じか」


 それなら太平洋を越えない分、狂乱化を抑えられる気がした。

 オレがそんな推測を述べると、弟さまも尋ねた。


「お前は西側はイヤだみたいに言ってたな。今でもイヤな感じか?」

「今、この場所のことか」

「そうだ」

「今はそこまでイヤじゃない」


 オレがハハハと笑うと、弟さまも何言ってるんだお前はとツッコミを入れていた。

 だがそれならば良かった。オレたちも、ケーフも、命を懸けた意味があったというものだ。


「次は俺から聞いてもいいか」

「ああ」「どうぞ」

「犠牲者が三人と言ったな」

「ああ」

「間違いないのか?」

「正確には二人だな」「蛍ちゃんのお父さんは救えたからな。しかし何だよ。そんなに念を押して」

「犠牲者は二人だが、被害に遭ってる人は三人ってことで、理解していいわけだな?」

「そうだね」「間違いない」

「うーむ。数が合わん」

「なぁに?」「ん? いま何て言った」

「数が合わん」

「合わんとはどういうこと?」

「オレは四代目だ」


 四代目…………。

 オレも寛司も言葉がなかった。


「俺は四人目の探索者なんだ」


 病室に、その事実が静かに響いた。


精霊の数え方は「白雪姫と七人のこびと」にならい、単位は人にしました。

動き回るので振り回されました。面白いなぁと人事のように思いつつ、極限で書き終えました。へろへろです。暑さが続きますが、皆さんもお体はお大事に。

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