第23話 はじめての交渉
オレと弟さまは、こいつに魂の回廊での会話が聞こえたのではないかと、その反応を期待した。
だが待っても待っても何も尋ねてこない。
聞こえたわけではないのか。
でも何だろう。不安だ。別に胡乱げな視線を向けられているからではない。
聞こえてたなら、それはそれで初の魂の回廊での他者との会話成功となるんで、嬉しい側面もあるのだ、が──。
どうなんだろう。
「いま何か言ったか」
オレはパッと顔を輝かせた。
脇で弟さまもビックリしてる。
「おいおいおいおい。マジかよ」「やっぱりそうなのか?」
オレは勇んで魂の回廊を開く。
(聞こえるか? 聞こえてたら返事しろ~)
しかし返事は返ってこない。
オレが首を傾げると、向こうも首をかしげた。
(兄さま。もう一回だ)
(お~い、風の精霊さんや。最上真司だぞ~。返事してくれ~)
「話しかけてるようだな、俺に」
「ああ」「二回ほどね」
「でも聞こえなかった、わけか」
そう言うと精霊は自らの身体を見やった。
消えてなくなった右上の羽。
なるほど。そういうことか。
「身体が万全なら聞こえたのかもね」
弟さまが慰めるように、そう言った。
「そうだな。しかしなるほど。お前達は面白い特技があるようだな」
「そうだね」「特技ね。そんなことは考えたこともなかったな」
「俺と会話も交わせるようになったし」
「それは特技と言えるか」「得意技だろ、オレたちにしてみたら」
「相当な地位にあるのだろうな。お前たち二人は」
「二人というか双子ね」「兄弟なんだ。オレと兄さまは」
「ふ~ん」
「でも地位なんてないぞ。オレたちは二人とも幼稚園児だ」
「地位がないだとっ」
衝撃を受けたようだ。
「それであんな得意技を持ってるのか? それなのに地位無しの無冠とは。これは…………、恐ろしい世界に来てしまったようだ」
「ああ~、なんか誤解してるようだけど、この世界はそんな世界じゃないから」
「そうそう。地位とかは能力に応じて与えられるような物じゃないし」
「じゃあその得意技は? この世界では意味を為さないのか? とてもそうは思えないが」
「意味なんかないね」「だってそもそも隠してるし」
「なに?」
「誰にも言ってないんだ。真理ちゃん以外に」
「真理ちゃん?」
「そこにいる子だよ」
と言って止まったままの真理ちゃんを紹介する。
「こんな得意技を持ってて、他の者に秘密にするのか。解せないな」
「まあまあ、そんなのどうだっていいじゃん」「それよりそっちの、精霊の得意技って何なの」
「見てわからないのか? 俺は風の精霊だ」
そこは相当誇りがあるようだ。ふんぞり返って自己紹介してた。
(どうする兄さま?)
そう言ってから弟さまは一度口を噤んだ。
これはきっと、風の精霊がまた魂の回廊での会話を聞けているのか、その確認をしたのだろう。日本語で理解出来ぬよう念を押してるから、対策としてもバッチリだ。その上で、
(土のこと触れてこないけど)
と問うた。
風の精霊の表情を盗み見る。
眼の光彩が虹色に煌めいていた。でもそれ以上の反応はない。
(スルーしよう。狂ってるとこあるし。情報を引き出せるだけ引き出して、それから狂気を除いて、精霊という存在を解き明かしてくしかないんじゃね)
(おっけ~。それで行こう。進めてくれ)
「なんだよ。黙りこんで」
「いや、風の精霊って話にビックリしたもんで」
「そうなのか?」
「はあ。何せ初めて見るもんで」「風の魔法を司る精霊ってことみたいだね。解析だと。眉唾だけど」
「眉唾だと? 何でも出来るぞ。何を風化させたい」
「そっちも壊すんじゃねーか」「てか無理だよ。そんなの出来ないんだろ?」
「おう。出来ねー」
「出来ねーのかよ」「ほらね。狂ってるんだよ」
オレも弟さまもノリで付き合ってるけど、中々に大変だ。ぶっちゃけ疲れる。
なんか、気の毒な目でオレはその精霊を見た。
「おいおい。そんな目で見るなよ」
「とは言ってもなぁ」
「調子よくなったら見せてやるよ。微風、雷風、炎風、太陽風でもいいぞ」
「おいおい、何気にやばいの混ざってなかったか?」
「そうだね。太陽風ってのはやばいだろ」
たしか太陽風の温度は百万度以上あったはずだ。しかも秒速数百キロメートルもの速度を誇る。
もし本当にそんな物で攻撃されたら、オレたちは対処する間もなく一瞬で消し炭だ。いや、消し炭すら残らないか。
ただただ消滅するだけ。
後には何も残らない。今度きちんと調べておこう。今度があったらだけど。
隣で寛司が肩をすくめてる。それを見て精霊が調子に乗った。
「ん、なに? もっと規模のでかいのがいいの?」
誉められてるとでも思ったのか。
それはそれで壮大な誤解だ。オレたちは身の危険を感じたのだ。
「いやいやいや」
手を振って宥めにかかる。
「それは今度で頼む。出来れば見たくないけど」「おっかないしね」
すると精霊が、ん? と言った顔をした。
「別におっかながらなくてもいいぞ。さすがに俺だけじゃ宇宙開闢風は無理めだしな。
俺たちが集まってやらないと出来ないぞ」
集まれば出来るのかよ。てか精霊っていっぱい居るのかよ。
けど宇宙開闢って──。
「おいおいおい」「おまえ、それってさ、宇宙が生まれちゃうよね」
「古い宇宙が全部ぶっ壊れるんだよ」
「なにそれ、おっかねー」「てか狂ってるよね。盛りすぎ」
寛司が笑うと精霊が気分を害した。
「風の精霊をなめるな」
「風の精霊って言うけどさ、別の精霊でもないの?」
「別の精霊でもあるよ」
「わけわかんねー」
オレが半分匙を投げると、じゃあオレから質問、と弟さまが後を引き継いだ。
これはとってもありがたい。
変なのを相手してると、まともに聞くだけ異様に疲れる。
ホントに、どこまで本当なんだ。
「でも風の精霊って、精霊の中でも最弱でしょ?」
「ふざけるな。どの精霊にも負けない」
「ほうほう。例えば?」
「火の精霊は、俺がちょいと風を吹けば消えてしまう。水の精霊は、波風が立って元の形を保てない。土の精霊は砂塵で吹き飛ばせちゃうけど、こいつは、うん、なかなか動かすのが大変だから俺の次に強いかな」
「四大精霊か。他には精霊っていないの?」
「いるけど大したことない」
オレは何処にでも行ける~。何処まででも上れる~。どんな場所にも入り込める~。とろい奴等を置いて俺はいつでも一番槍~。逃げ足だって一番早い~。世界の始まりに俺がいて~、世界の終わりにも俺がいる~。
風の強さはこんなにあるんだぞと、羽の一枚を失いヘロヘロになりながらもアピールする姿は、正直とても正気とは思えない。
聞いてる分には楽しいけれど。
交渉相手としては最悪だ。
すると弟さまが手を挙げた。
「はい。なんだい弟さまよ」
「こいつ、ぶっ込んできてるぞ、兄さま」
ああ、そういうことね。
オレたちはダブルで解析して相手の手札を先読みしてる。それを知らない相手は、こちらが無知であるという前提で、いろいろと仕込んできてると弟さまは言いたいわけだ。
となるとオレの役割はひとつ。
オレは弟さまの望むまま、小芝居に乗ることにした。
「ぶっ込んで来てるって、何を?」
「こいつ風の精霊だけど、それだけじゃない。土の精霊の眷属でもあるんだ」
「なな、なんで知ってんだ?」
「お前の住んでた異世界は風の精霊が大半だけど、土の精霊も暮らしてるんだろ?
そしてお前は土の精霊の力も引き継いでしまっていた。その成り立ちはお前にもわからないからオレにもわからないけど」
「な、なんだ、こいつは。化け物か?」
ご機嫌な鼻歌をいつの間にかやめて、弟さまを気持悪そうに凝視してる。
なんて眼だ。
「失礼な。オレの弟さまだぞ」
「いや兄さま。頼むよ。なんか語弊があるから、オレのって所有格は勘弁してつかぁさい」
「じゃあオレの兄弟の弟さまだ、ってことで」
「何かめんどくさいけど、まぁ、おっけ~」
「じゃあ今度はこっちからだな」
「「どうぞ」」
「お前達は、なぜ位相のずれを起こせる」
「位相のずれ?」「何それ?」
バカを見るような目で蔑まれ、それから肩をすくめられた。
「おまえ、最上真司」
とオレが名指しで指さされた。
「お前が何か言ったな」
そうは言われてもな。いっぱい色々言ってるからな。何をもって言ったと云われてるのかがわからない。
「何かってなぁに?」
弟さまに丸投げしてみたが、さぁね、と弟さまもわからない。
「お前たちが精霊言語を操りだす前の話だ。だから何を言ったのかはわからない。
しかし最上真司」
「あ~、めんどくさいから真司でいいよ。弟さまは寛司で。ところでお前の名前は?」
「ケーフと呼べ。許す」
「あっそ」「偉そうだな」
「偉そうだじゃなくて偉いんだ」
「おっけおっけ、じゃあケーフ。オレが位相のずれを起こせるとか言ってたが、そもそもそれは何なの?」
「本気でわからないんだな」
「うん」
「寛司もか?」
「さっぱり」
「それでこれだけ大規模に動けてるって、お前ら本当に化け物だな」
化け物とは失礼だが、こちらもケーフのことは気が狂ってると思ってる。だからそこはお互い様だ。
もっとも、オレはそんなことを口には出さないがね。
相手をわざわざ貶めるメリットがない。
ケーフはオレたちのことをわかってない。
武士は名誉を傷つけられたら、謂われのない侮蔑には命を懸ける。そしてオレはともかく、弟さまにはその傾向が強い。
化け物の意味合いによっては、問答無用で斬り捨てることもあるんだろうな。
オレは弟さまをチラリと盗み見たが、そんなことは毛ほども見せていなかった。
あ~、これ、やる時は一気にバッサリって奴だ。
しかも聞いてるだろうに反応を返してこないんだもん、わかった、わかりました。ケーフの話に合わせていくよ。情報を引き出すんだもんな。
弟さまが首を傾げる振りをして肯いた。
しかし、大規模になんたらと言ってたが。
(動ける)
そうそう動ける。動けるか。動けて当たり前なんだが。
「あ~動けてるってことは、この青い世界のことか」「あ、そっちね」
白々しい。
でも小芝居に付き合うことはもうとっくの昔に決定事項です、と。
そしてケーフが身を乗り出して尋ねて来た。
「どうなんだ」
青い世界にあって、こうしてケーフを見てると、その透き通るような青みがかった緑色の身体がとても美しく、青い世界と調和している。
きっと精霊の世界はこういう世界なんだろう。
ケーフは今、オレたちと交渉しながらその狂った思考を懸命に糺そうと努力してるのだろうか。
失った羽を見て悲しそうにしてたケーフが、今は正気を必死に維持してるように思える。
なので、オレは真剣に答えた。
「そうだね。この青い世界が、時の流れが物凄く遅くなってるって事はわかってる」
範囲がどこまでだとか、効能がどうだとか、そういう細かな話は無視して、青い世界の本質に、そこまでわかってると言及した。
大きく頷いて裏打ちまでした。
だがケーフは拍子抜けした表情をした。
「それだけか?」
「それだけだよね」「そうだね」
オレは弟さまに確認したが、他には何もない。弟さまだってあっさり追認している。
するとケーフが指摘した。
「寛司はわかってて言ってるよね」
「何ガー? ボク全然ワカッテナイヨー」
いきなり弟さまが怪しげな日本語調を操りだした。もちろん会話は精霊言語で成り立ってるわけだが、それでもオレにもわかった。
胡散臭すぎだろ。
もううわーだよ、うわー。絶対弟さま、オレに丸投げしたよね。そんでもってわざとオレに同調してるよね、これ。
ということは青い世界以外にも何かあるんだ。
でも他にオレが何をした?
「わからぬ…………」
「俺がお前らのいう青い世界を発動させた時、お前は床に沈みこんだはずだ」
「あっ」
わかった。
確かにオレが弟さまに指示をした。
「沈むなって思えって、言ったな。確かに」
オレは大きく頷いて納得した。
「それでお前は何をした」
「何も。何もしてないよ」
「それは通用しないよ。何かをしないと動けるわけがないんだ」
「だから、思っただけだよ。沈むなって」
「寛司はどうだ? お前も沈んだ後から舞い戻って来たよな」
「オレは兄さまに教えてもらった通り、兄さまと同じように思っただけだよ」
ケーフが確認するようにオレたちを眺めやり、そして言った。
「本当にそれだけ、のようだな」
「なんなんだよ、一体」「そうだな。説明してもらおうか。今度はそちらの番だ」
よかろうとケーフが頷いた。ちょっと偉そうだ。偉いのかも知れないけど。
「それは、お前たちが位相のずれを、お前たち自らの意思でずらし直して、この青い世界でも動けるようにしたと言うことだ」
「ほう?」
「その際にずれて固定された物が、自分だけずらし直したもんだから、物質と触れ得ることが出来なくなったって事だ。わかるか?」
随分と真剣な眼で見つめられている。
とは言ってもな──。
「狂ってないか? ケーフ」
「狂ってるのはお前らだ。そんな事が出来る人間は、俺たちの世界ではたった一人しかいなかった。だがそれを、お前と、そしてそこの寛司はあっさりと適応してしまった。
何なんだ。驚異的なことだ」
「あ、あるぞ、兄さま。解析の中に、その情報は入ってる。チーズ状態だけど」
「どれどれ。お、本当だ」
するとケーフから身体の力が抜けた。
何かを確信したらしい。何を確信したのかはわからないけれど、オレたち二人がケーフの知りたかった何らかの情報を、発信してしまったらしい。
ケーフが今はゆとりを持って、ゆるりと鳥かごの台座に坐り直している。
何だ? 何を与えてしまったんだ?
わからない。だがケーフはもう余裕を持ってしまった。初めての交渉でこれは大失敗なんじゃないのか?
相手が緊張感を解くということは、もう目的の物を得たということだ。
ここから先は交渉の余地がない。
つまりはそう言うことではないのか?
(また暴れられたら面倒だぞ、兄さま)
(わかってる。だがケーフが何をもって余裕が持てるようになったのか、弟さまにわかるか?)
(わからん。でも、まだ暴れ出さないところを見ると、交渉を打ち切る気はないようだな)
(全力でフォロー頼む。オレは動かさないよう注意する)
(了解。兄さまが破壊させない方向で、オレが万が一の防波堤になる方向で)
オレは息を大きく吐いた。
(ああ、それで頼む。
行くぞ)
(応)
(全力で交渉だ)
ガツンと読み応えのある分量も好きなのですが、
出来たら出来た分だけ投稿していこうかなと、今はそう思ってます。楽しんでもらえたら幸いです。




