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第1章 幼稚園時代
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第128話 青い空

 ジェラルドがオレの頭蓋へと攻撃型エー・トゥールの刃を振り落とした。

 アミックは向こうで気を失っている。失血が酷いからアミックもこのまま放って置いたら死んでしまうのではないだろうか。アミックは両足を失っていた。

 そして為す術のないオレはジェラルドの刃をただ見据えていた。この刃がどういう風にオレの頭蓋を突き抜くのか、最後の瞬間まで見届けようという絶対の意思だった。


 だがガツンとぶつかってその刃は通らなかった。

 そしてオレは押されたことも感じてない。実際は貫かれようとしてたのだから、それ相応の威力が胸像のような身体に負荷としてかかるはずだったが、そんな負荷もオレは全く感じなかった。


 さて──。


 最上寛司だ。双子の弟だ。

 セプトのプリンターによって改装された観覧室は、オレの想像を超えて凶悪だった。オレの遣う風の精霊魔法、風壁への対処として、陸戦隊隊長のジェラルドは射程圏内に入った瞬間、全方位からの集中攻撃をオレに敢行し、その結果オレは四肢の全てを失っていた。

 今のオレの姿は美術室などでたまに見かける石膏の胸像のような姿になっている。首から下がる一分計がオレのトレードマークといったところだろうか。ただでさえ攻撃型エー・トゥールによる熱波攻撃で室内に熱がこもっていた観覧室には、今や尋常でない暑さになっている。

 風が割れた窓へと抜けて、その熱も抜けているのだが、床から撃たれたレーザーが抜けたのだろうか、天井に当たったレーザーによって収納式の巨大モニターがゴトンと床に落ちてきた。


 ジェラルドがこちらにゆっくりと倒れてきたモニターに向かって、こっちに来るなとぶん殴った。何発も何発もぶん殴って、再び垂直に立ったモニターに向けて、(とど)めとばかりに素手の右手で殴りつける。


 まー、正気の沙汰ではない。攻撃型エー・トゥールを何のために装備してるんだって話だ。しかしジェラルドはこれが平常運転だった。


 オレは落ちて来たモニターのあった天井を見上げる。あまり首を傾けると仰向けに倒れるからこれも加減がなかなか難しい。

 あー、構造材が半分逝って、重量を支えられなくなったようだ。それがドシンと向こう側に倒れてまた部屋の中の空気をかき回した。

 だがジェラルドはそんな事には一切気にかけず、ただただオレ目がけて歩み寄ってくる。一途なのだ。

 むしろ止めの最中に邪魔をされて、無粋な横槍に怒ってるような気もする。だがそれもお前が自身でしたことの結果なのだがな。そういう頭は(はな)からないらしい。オレを倒すことしか頭にないのだ。


 そしてオレの視界いっぱいにジェラルドが埋まった。ジェラルドがオレのことを確認している。そして眼でしっかりとその視線に合わせてやると、ジェラルドは驚いた顔をした。


「やっぱり通らなかったのか。気のせいだってわけじゃねーんだな」


 そうなのか? 攻撃型エー・トゥールがなまくらになったんじゃないのか?

 一応オレの風刃で一度はバラバラにされただろう。それのせいで性能が維持できないとか、普通にありえると思うんだが。


 しかし通訳は向こうでのびている。

 ジェラルドにオレの思いは届かなかった。


 魂の回廊を通して通信出来るようにして上げても、対象がのびてしまっては用を為さないようだ。

 てかアミック、起きろ。


「改めてあばよ」


 ジェラルドからの別れの言葉を受け止めながら、オレはオレで精素を動かして精霊魔法を放とうと試みた。


(風槍)


 だがやはり精素はピクリとも動かなかった。

 これは何故なのだろうと思う。さきほどは精素がもう枯渇したものばかりだと思ってたのだが、ジェラルドの刃を通さないとなると話は変わる。精素が枯渇したわけではないはずだった。だが意図した通りに精素が動いてくれない。これは初めての経験だった。

 この土壇場でこんな事を試してるのだから、前準備としては終わってる。死んで当然の行き当たりばったりだ。


 だがジェラルドの振り下ろした刃はオレの眉間に(あた)って、ピクリとも動かなかった。

 ジェラルドが一生懸命眉間の間に刃を貫き通そうと力を込めている。ふぬぬとか、ぐぬぬとか、うるさい。

 だがそれでもオレの中に刃が通らなかった。




「不思議だぜ、顔だけは破壊できない。頸も切り落とせない」


 そうですね、とオレは頷いた。


「だから親父は駄目なんだよ。もっと剥き出しの感情はないのか。くるる人の意地はねーのか」


 いや、精一杯の意思表示をしてるだろーが。手足をぶった斬られた胸像人間に対してお前は一体何を求めてるんだ。バカか。


「まるで出来のいい人形を相手にしてるようだ。お前に人としての本能はねーのか」


 あー、こいつ、やっぱスゲーとこ突いて来るわ。

 しかしこうなるとどうなんだろう。オレにも何が起きてるのかわからない。この堅牢ぶりはダブルの状態固定に似ているが、状態固定はブースト深度一によって直前に剥ぎ取られている。風壁も風槍を試した時に精素が動かなかったので、じたばたしなかったのだが、うん、いまやってもやはり風壁も展開できない。

 なんだろう。

 超臨界水が守ってるのか? ここがオレの死に場所だと思ったんだが。

 いや、守られてる(ふし)はない。


「う……」


 向こうで声がした。ようやく失神から正気を取り戻したようだ。


(おい、アミック)


 だが返事はなかった。

 アミックが気づく。寝起きはいいのか。辺りを探ってオレには話しかけても来ない。

 あ、オレが魂の回廊で話しかけたからオレの生存は知ったのか。なら返事しろ。こっちは状況がわからず困ってるんだ。お前の眼から見てどうなんだ。


 やはりアミックはオレのことを無視した。

 そして状況を把握したかと思うと、ジェラルドに話しかけた。


「ジェラルド、お前プリンター使ったのか?」

「おー。わりーな。誤作動だ。親父の時はつい勢いで使っちまったが」

「ただの戦闘なら介入するぞ」


 ジェラルドの前にアミックが立ちはだかる。


「お前、ぶん殴りあいだと言ってたろうが」


(それを言うならオレは魔法だぞ)

(ジェラルドはそれを受けて立った。問題ない)


 何だよ。聞こえてんのかよ。てっきり魂の回廊もおかしなことになったのかと思っちまったじゃねーか。

 それを無視して足のないアミックがジェラルドに襲いかかる。

 浸透戦略部隊隊長と陸戦隊隊長の一騎打ちだ。


 木での移動手段をレーザーがあっという間に無効化した。


「お前、すげーな。いつから木魔法はこんなに自由自在になったんだ」

「さて」

「こんだけ木を生やしたら息切れしてたんじゃねーか?」

「だろうな。息切れじゃなく魔気切れだがな」

「でも出力を上げりゃー」


 木を焼き貫いてレーザーがアミックへと襲いかかった。

 動けないアミックは、いい(まと)だった。


 相性が悪かった。刃物系なら木魔法でも充分防御できるだろうが、焼いて貫くレーザー系は木魔法が一方的に破られて終わりである。

 セプトの科学は容赦がない。焦点温度はどれぐらいあるのだろう。


 だがアミックもただではやられない。細い木の枝の先端を尖らせて、右から左から後ろからとジェラルドへとレーザーと同じように全方位から攻撃をしかける。

 物量作戦だ。

 そして右からの攻撃が通った。オレに輪切りにされた攻撃型エー・トゥールの隙間から入って、両足を貫くと、一気に木を成長させて太い枝と為し、ジェラルドの両足を胴体から引きちぎった。接触してるだけの攻撃型エー・トゥールは輪切りにされた時の形のまま、ころころと床に転がった。

 アミックの肉片もないから、次に復活してもあの太股あたりにはもう攻撃型エー・トゥールを纏うことも出来ないだろう。


 結果アミックは四肢を欠損した。そしてジェラルドは両足欠損。隊長同士の戦いは痛み分けとなった。


 それでもジェラルドは尚も動こうとする。足がないから全く進まないのだが、そこら辺を気合いで乗り越えようとするから手に負えない。

 オレは何となくジェラルドが模擬戦で相手にされない理由がわかった気がした。いやだもんな。負けや引き分けを認めず、こちらがぶっ倒れるまで模擬戦の継続を求められちゃ。


「ふん。まぁいいさ。今日は付き合ってやる」


 その言葉にハタとジェラルドが動きを止めた。


「そうか。親父を守るためだからか。それで今日は俺を相手にするのか」

「気づくなよ、ジェラルド。戦い好きだろ?」

「お前とはいつでも出来るからな。俺は親父とやり合いたい。俺はさっき親父をぶっ殺したと思ったんだぜ。でも知ってるか?」

「何をだ」

「あの親父、親父もガチガチに守りを固めやがって、俺の攻撃を苦もなく受け止めやがったんだ」

「あー、それは凄いな」

「だろう? だから俺は親父とやる。アミックとはまた今度な」

「だからそれをさせないと俺は言ってるんだよ」

「何?」


 アミックがジェラルドの深度一を木の魔法で間に挟まって動こうとしないので膠着状態に入った。


「よく見たらアミック、お前も手足がねーじゃねーか。親父と一緒だな」

「バカ。俺には胴体があるだろうが」

「あ、本当だ。親父のが重傷だな。わはははは」

「まったく。記憶の次は身体かよ」

「なんだ? 心配してるのか? 心配するな。セプトには、陸戦隊には身体を入れ替えてる隊員もいる。あっはははは」


 笑って言うようなことか?

 陸戦隊ではスタンダードなことなのかも知れないが。

 いや、すぐ治るからあのバカにはその大変さがわからないんだろうな。


 アミックは兄さまがアミックをここに寄越したと云っていた。その時兄さまは真理ちゃんと一緒に会敵してるような口振りだった。


 セプトの連中は基本的にフォーマンセルで動く。ということは兄さまは真理ちゃんを連れて尚アミックの手助けを断ったことになる。

 その理由がオレの元に行かせるため、か。

 オレはアミック隊のアッチ・ドーナムにまんまと真理ちゃんを奪われた。あの時は相手は何人だったろうか。

 そんな事すら思い出せないぐらいオレも揉まれて、疲弊もしたようだ。

 随分と情けない話ではないか。

 兄さまに行けと云ったオレが、おそらくあの時のオレと同じ条件だろう兄さまから、アミックの手助けを譲られてしまった。

 オレが奪われた真理ちゃんを連れてるのに、である。

 しかも相手は兄さまが問題にしなかった陸戦隊隊長、たった一人である。


 ──これはなぁ…………。


 腕がないとか、足がないとか、胴体がないとか、そんな事を言ってる場合じゃないよな。そんな事を言ってる時点でどれだけ兄さまの世話になる気だと、そういうお話になるわけだ。

 しかし兄さまが行かせたアミックに、弟のオレがいつまでも経ってもおんぶに抱っこじゃ双子の弟としての沽券に関わる。

 野性でないオレがいつまでも保護下では、養殖された人間のようではないか。

 うわ、喰われるだけの養殖人間か。しかも相手がジェラルドか。

 思ったより肚の底に落ちると嫌な感じだな。

 オレにも矜持があるらしい。



 オレは見える範囲を見渡した。

 東京駅の大深度の地下にある、ありえないはずの巨大地下空間、セプトの秘密基地。その地下四階だかの観覧室だったろうか。

 ここがオレのいる場補だ。

 エー・トゥールによる熱い空気が籠もり、レーザーによる焦点温度も重なり、異様に熱い空気となったこの部屋は閉塞した場所だった。

 そういう……場所であった……。



 なるほど、オレは逝き損ねたようだ。

 オレにはまだオレの知らない何かがあるらしい。そしてそれは──。

 それを為せとそう言うことなのだろう。


 風壁。


 試しに張ってみようとした。しかしやはり精素は動かなかった。

 見る影もない精霊魔法。やはり、オレの中の精素も枯渇してきたようだ。というか精素の動きを感じない。まるでオレを構成するオレという部分でガチッと固まって動かないようだ。

 ならばそれを動かそうか


 オレは──。



 オレは精素を削ってまで精霊魔法を放ちつづけた奴を知っている。

 恵風が青い空を飛びまくりたがる気持が、今ならよくわかる気がした。

 おそらくこれがその精霊魔法の、最期の一線なのだろう。




 死ぬ前に──。




 ──青い空を、もう一度見たいな。


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