第101話 主砲発射 その一
ティリオーダウンの艦橋に緊張が奔った。艦長のホースがモニターを見ながら言葉を発したのだ。
「ミランダに不測の事態が起きたようだ。今あの場に集まってるのはアミックとメアリー、グレン、ハナダ、障害となる者のみ」
そして副長のボブに目を走らせる。
「報告。アミック隊の他の隊員が現在地下五階に向けて階段を移動中」
「大人のくるる人は」
「現在ジェラルド隊長と交戦中」
「ジェラルドか……」
「交信は切ってます。熱感知による感知のみです。映像も入りません」
「相変わらずくるるの魔法使いは小賢しい」
だがその発言に追随する者はいなかった。
「どうせ言っても聞かぬか」
「は。理解できぬかと」
ホースがパチンと指を鳴らした。
「ジェラルドとミランダ達は深度一に潜らせろ。主砲発射用意」
「主砲発射用意」
ボブの復唱と共にティリオーダウンの艦橋はにわかに忙しくなった。
「主砲を発射する。ただちに外にいる者は艦内に入れ」
「機関長」「機関正常。いつでもどうぞ」
「現在開けている出入り口は二十秒後に封鎖。急げ」
「深度一への移行開始」「ジェラルド隊長とくるる人の深度一への移行を確認」
「ミランダ副隊長とアッチも深度一へ、いま入りました」
「艦外活動したクルーの収容を確認。現在格納庫に指定された人物以外の人影無し」
「人影無し」
副長が艦長に報告する。
そしてホースが頷いた。
「超近距離射撃につき、これより一切の出入りを禁じる。総員安全な姿勢を取れ」
副長の下達である。そしてそのまま戦術長に命じる。
手を横に薙ぎ払って声を張った。
「主砲開門」「主砲開門」
副長のボブに戦術長のジョルジオが復唱する。そこにはジョルジオの、普段のおちゃらけたムードメーカーの姿はない。若手の最有望株の姿だけがあった。
ティリオーダウンの外装が主砲の部分だけ開く。本来なら主砲を外に出す過程があるのだが、今回は超近距離につき格納したまま発射する。
そして副長が準備完了とばかりに艦長のホースへ振り返ると、
「撃て」
ホ-スの命令が冷たく通った。と同時に主砲が放たれる。
「ってーーーっ」
◇
最初に気づいたのは恵風だった。
(やべー。あれ、超壊したいんだが)
(恵風?)
恵風がティリオーダウンを眺めてるのが真理にもわかった。
(真理駄目か?)
(駄目よ。約束したでしょ)
(壊しちゃいけないのは地球の物だけじゃなかったのか?)
(それでも駄目よ)
真理自身はちょっかいを出されてるけど、それはあくまでも一個人としての話だ。でも問答無用で宇宙船を壊したりしたら、それはもう戦争だ。しかもこちらから戦争を仕掛けたことになる。
相手が大義名分を得るようなことはしてはいけないと思う。だってあくまでも自分たちの立場は幼稚園児なのだから。
幼稚園児に宇宙船を壊されて戦争が始まりましたなんてことになり、そこに金沢財閥の直系の娘が関わってるなんて事が公になったら、それこそ世界中から責任を取れとハゲタカにたかられて、金沢財閥だって持ちこたえられないとも思う。すると──。
キューーキューーキューキューと何かが集束する音がした。
「何」
真理がハッとして顔を上げる。
ティリオーダウンの外装が静かに開き始めていた。そこに黒い穴が見え始める。
(真司くんっ)
「何あれっ」
真司を含め一同がティリオーダウンに振り返った。
◇
「あれは主砲だよ。ティリオーダウンの主砲」
「何だって開けてるんだろうね」
グレンとハナダが兄妹でのんきに話しはじめた。
せっかく教えてくれたわけだがその瞬間に真司は真理ちゃんのもとに向かった。
「アミック隊もこっちに来い」
真司が叫ぶとメアリー副隊長が表情を強張らせた。
「まさかっ」
「まさかも何も、あなたも敵だと言ってただろう」
「あれは派閥間のことで、セプトの意味では」
「だがあれはもう開いたぞ」
主砲を覆っていた外装が完全に収納されていた。
そして主砲から七色の光が少しこぼれだしている。
キュキュキュキュと何かが集束する音が、先程よりますます早くなった。
「急げ。アミックから預かったお前らを死なすわけにはいかん」
「え? まさか俺たちを狙ってるの?」
「同じセプトだよ。なんでっ」
「急げっ。マークとワルテールもだ。死ぬぞっ」
アッチとミランダさんが落ちた所は土砂の流失が続いてる。あんな足場の悪いところの近くにいるより、真理ちゃんのいるこの場所に来た方がまだ幾らかマシだ。
「彼の言う通りにっ。退避っ」
メアリー副隊長の号令の下、アミック隊の面々がオレたちの後ろに退避してきた。せめて真理ちゃんの前に入れよ。
「アミック隊、幼子の女の子の後ろに隠れるのはどうかと思うよ」
「わたしはいいから。集中して」
思わぬところで味方がいなかったーっ。
「信じてるからねっ」
あー、そういうことですか。
一度裏切って真理ちゃんの左手を失わせてる身としては、退いちゃいけない局面になってしまいましたなぁ。
オレはいつになく気合いが入った。闘魂注入である。
主砲から溢れる七色の光彩がこんな時でも美しい。
煌子力の美しさは、正直地球にはない美しさだ。科学の美しさと言ってもいい。それがオレたちを狙って死を振りまこうとしてるのだ。
死も美しい。
全うした命が天に召されるのはオレはとっても美しいと思う。
だがまだ死ぬ気はない。
オレが抵抗する姿を見せる。わざとどうするか反応を確かめるために挑発したのだ。
「深度一展開っ」
途端にノーラもチャッター仕様の位相のずれを撃ち降ろしてくる。何がなんでも位相のずれを封じる気だ。これがオレへの基本対処なのだろう。
だが寛司の位相の拒絶がそれを阻む。青いキラキラがオレたちの頭上で炸裂して四方に円錐形に分かたれて行く。
「キレイ」
ハナダがつぶやいていた。確かにキレイだ。
だがメアリー副隊長を含め、他のアミック隊の面々は皆息を飲んでいた。
しかしなるほど。ノーラの反応はわかった。
そしてこの土壇場で状況が入り乱れるのは対処に困る。対処は一つに絞った方がいい。
決めろ。
決断だ。
腹をくくれ。
真理ちゃんだけはもう、裏切ってはいけない。
何が何でも守るのだ。
「出し惜しみは無しだっ。超臨界水っ。止めるなよつ。処理なら後で頼むっ」
「ちょっと駄目だよ」
「情報解禁だっ」
オレは手を前にかざす。かざす必要もないけど翳す。勢いだ。そして決意の表明だ。
「ダブルッ」
ティリオーダウンの外装と同じ合金で壁を作る。厚さは厚くできるだけ厚く。
「見えないぞっ」
ワルテールが叫んだ。
「これでいいんだ」
オレが答えるとマークも叫んだ。
「わかってるのかっ。あれは艦載砲どころじゃない。主砲だぞ主砲っ」
盾の向こうで七色の煌子力の残滓が、東京駅地下の大深度に建設されたセプトの秘密基地を明るく照らした。
塵風で光源を失ってた地下五階が久々に明るくなった。むしろ明るすぎるぐらいに明るい。
「すごい。七色の光彩に何と言うか、品があるよね」
真理ちゃんにそこまで信用してもらったのなら後には引けない。せめて美しい思い出にしてもらいましょうか。
代わりにオレが全力だ。まだ重ねてやるっ。
「状態固定っ。オレたち全員と盾と、それから空気も壁になれっ。風壁っ」
七色の光彩を放つ煌子力の残滓が風壁に追い払われて上空や地底へと散って行く。
「本当かよ」
グレンの声が聞こえた。だがそれはオレの講じた防御策に対してではない。
そしてグレンの疑心も虚しくそれは発射された。ティリオーダウンからの主砲発射である。
渦を巻くように煌子力が風壁にぶつかっている。その圧力はオレたちにものしかかる。攻撃は届いていないのに、それでも圧がのしかかって来るのだ。
「仲間を殺すのか」
グレンが泣きながらこぼした。
惑星を制圧するための強襲艦からの主砲攻撃だ。本来なら即死である。
「グレン。作戦行動中に泣くな。我々はまだ死んでない。それが事実だ」
メアリー副隊長は格好いいこと言うな。
これが真理ちゃんの後ろに隠れて言うのでなければ本当にカッコいいんだけれど。まぁそこは真理ちゃんのお墨付きだから仕方ない。
だがそのメアリー副隊長の言葉が効いて、グレンが申し訳ありませんと返事した。
するとハナダがちょろちょろとオレの後ろにやって来た。
「ちょっと冗談じゃないぐらいに凄いこと起こってない?」
「そうだな」
「青いキラキラはこの防御の中に入ってるの?」
「あれは入ってない。正体不明の第三勢力だ。あれはオレの深度一を許さないって感じだな」
「セプトの別働隊かしら?」
「それはない。セプトの科学じゃオレの深度一は破れない。オレの深度一の方が性能が上だからな」
「性能が…………」
「上…………」
グレンとハナダが絶句してる。
だが別に科学立国のセプトの矜持を馬鹿にしたわけではない。オレは単に事実だけを述べたのだ。噛み付いてこないから今がどういう事態で、何をしてもらってるのかは理解してるのだろうが、今はそこをフォローする余裕はない。
主砲の絶大な威力が防御してない格納庫の脇の方を溶かして行く。そしてオレはそこすらも守ろうと状態固定をこのフロアー全体に広げる。
そういえばアミックも地下五階のどこかでアッチを追いかけてるのだ。間に合ったかどうかはわからないがとまで考えて、その先を放棄した。
大丈夫だろう。あいつはある意味、超臨界水に守られている。
そしてグレンとハナダは盾のない周囲を見渡した。
「すごい」
「本当に主砲を防いでいる」
「熱もない。奔流に巻きこまれもしない。有り得ない体験をしてるようだ」
メアリー副隊長も追随する。
「主砲はどれだけの間、撃てるんだ。終わりがないのか?」
「通常十五秒。長くて一分ぐらいです。それより大丈夫ですか?」
「何がだ」
「こんな魔法を展開して、大丈夫なのかと言うことです」
すると真理ちゃんが答えを引き取ってくれた。
「見ての通りです。今は集中させて上げて下さい」
こういうところは本当にありがたい。そしてメアリー副隊長が口を噤む気配がした。
「そうだな。その通りだ」
真理ちゃんも頷いて返事を返してるようだ。
微妙な沈黙だ。この微妙な沈黙はいやだ。
オレは真理ちゃんを守るために気合いを入れたんだぞ。なのに守りきってるのに何でこんな微妙な空気になるんだ。しかもそれをオレにフォローさせる気か、アミック。まぁオレが勝手にフォローしたくなっちゃってるんだけどさ。
でもどうなの。
そこんとこ。
だってアミック、隊長でしょ。
「アミック。この貸しもでかいぞ」
「あ、借りは全部アミック隊長に行くんですね」
メアリー副隊長が訊いた来た。
「もちろんだ。アミックが勝手に持ち場を離れてオレに全てを押しつけたわけだからな。今はアミックがやるべき事をオレが代わりにしてあげてるだけにすぎない」
後方で、何故か頷き合う気配がした。
「安心しました。存分に守って下さい。ツケは全部アミック隊長に」
「「「「アミック隊長にっ」」」」
見事に声が揃っていた。
アミック。
お前は部下に恵まれたようだな。
(除くアッチさん以外)
真理ちゃんがぼそりとつぶやいた。
オレは思わずぷっと吹き、その後その意味に気づいて盛大に笑ってしまった。
他意があったのかどうかは知らない。ただ真理ちゃんを拉致した因縁の相手だなぁとオレは思ったのだ。
いやいや。部下に恵まれてないのか?
思いは巡る。巡るたんびにおかしみが止まらない。
そんなオレの笑い声にグレンとハナダが気を良くしたようだ。長く笑いの止まらないオレに、やがて意味もわからないままグレンとハナダも一緒に笑い出し、
「アミック隊長に」「アミック隊長に」
と掛け声のようにして、自分たちを守りつづけるオレを鼓舞していた。
指を怪我して大変なことに。
キーボードを打つのが不便で不便で、こんな時間になってしまいました。
お待たせした方すみません。楽しんで頂ければ幸いです。




