シナリオⅣ 1 前章 第9話
シナリオⅣ 1.9〈もしすべてがうまくいっているようなら、あなたは確実に何かを見落としているのだろう〉
If everything seems to be going well,you have obviously overlooked something
草創歴0449年4月(4/16)
ふと、気配を感じて振り返ったステリアスの視界に、それは唐突に現れ出た。
この場の片隅に、黒狼騎士団将ソラト・パワーの身に付けていた頭部甲冑の残骸がある事には気付いていた。
そして、その周辺に散らばっている、泥のような液体も…。
あろうことか、この場所こそ「ラシャ・コウヤショウ」がソラト・パワーを討ち取った、あの叛旗を翻した現場であった。
泥かと思われた液体より浮かび上がる顔の如き物…。
今にも崩れ落ちんがばかりの顔は、無念に彩られながら、不完全な発声器官を形成するのも、やっとの有様であった。
『ラ…ラシャ・コウヤショウを止めよヨ…不本意ではあるガ、お前達に託すしか無い…ト…トハ…な。』
不明瞭ではあったが、それは紛れもなく、ソラト・パワーそのものだ。
耳に障る機械的な声であった。
と同時に、彼等が集まる中央円型ルームの床面足場が沈み込み、斜行降下を開始する。
ガコンッ…ゴゴゴ……ゴゴゴ…。
「てめえっ!俺達がてめぇの言いなりになると思うなよっ!!」
ミッドガルダーが激昂の声を荒げた。
感情の差異はあれ、同意すべき事項であろう。
「俺としてもラシャを討つ事に異存は無いが…お前の思惑通りになるのは面白くない。」
今や、脅威とも感じられぬ液体状の存在と成り果てていたが、既に二人は臨戦態勢に入っていた。侮るべき相手では無い。
『…だが、ラシャを止めねば…ならぬ…やつは知らぬ…十三星座の結晶 (ゾア・クリスタル)を不用意に持ち出せば…世界は終ワル…ノ…ダ。』
この期に及んで胡散臭い終末論を唱え始めた。
そして、その言葉を鵜呑みにして良い相手では無い事も周知の事実。
ステリアスは背後に控えるサイーシャを一瞥した。
それに気付いた彼女は、意を決したように立ち上がる。
彼女が語るには、「十三星座」とは、かつての超帝國「帝」の西域を守護した「西方ガイア」に由来し、その十三種の血統を意味すると言う。
ガイアの血統は「混沌王(エンジュラ=メイニュ)」と深く関わっており、十三星座の力の恩恵は「禍」から派生したものだと言う。
「…言わば、十三星座の結晶 (ゾア・クリスタル)は混沌そのもの…それを精製した魔界の王の目的は、混沌の力を以って扉を開く事…。」
サイーシャの知る、それが全てであった。
「…煌王家は故に、至光なる貴王 (フィダグマン)の残されし務めを継続し続けなければならない…のです。」
本人にしても、それが真実であるかどうかも定かではないのだろう。半信半疑であるとは言えども。
『…信じる信じないは…お前達の自由ダガ…な…残念ナガラ…私は結末ヲ見る事は出来ナイヨウダ…。』
それは何の前触れもなく、溶けて崩れ落ちた。
かつて黒狼騎士団将ソラト・パワーであった、見るも無残な残骸…。
「機界」の水銀生命体の末路である。
「……。」
そんな何とも言い難い後味を残したまま、斜行降下は中枢最下層に到達し、停止した。
ガチャ…ン…カタカタカタ…ガタン。
そこは中枢部第一回廊。
動力機関「アストマイスキュロン」さえも隠れ蓑にし、それは確かに存在していた。
その光景を何と表現するべきか…。
それはまさしく、巨大な牢獄であった。
「こいつぁ…驚いたなぁ。」
虚空を思わせる空間に固定された、中空の檻。
目まぐるしく回転する光帯の枷。
「聖刻術式」の戒めの摂理が、その巨大な肉塊を天蓋と化して覆っている。
これこそ「フィダグマン因子」による血統封印である。
その中心で悍ましくも膨れ上がり、脈動を繰り返すそれは、ステリアス達の頭上にあった。人の形を歪つに模倣したかのごとき形状…。
ギョロッ!!
その気配を感知したのか、巨大な眼球が蠢き、一行を睨む。
だが、その行為は条件反射に過ぎない。それに魂は宿っていないが故に…。
「ステリアスよぅ…なんか気味悪いぜぇ…。」
しかし、これを「十三星座の結晶」(ゾア・クリスタル)と呼ぶには、あまりに異様な存在であった。
「ああ。悪趣味ではあるな…。」
サイーシャの顔は青ざめている。
彼女自身、それがどのような物なのか、実際に目の当たりにするのは初めての事であったのだろう。
頭上では、退化した胎児の如き手足が、何かを求めるかの如く、儚くわなないている…。
「…どうだ?美しいとは思わないか?」
投げかけられた言葉の真意はともかく、はなから対峙すべき者の気配は感じ取っていた。
奴もそれを隠すつもりは無いようだ。
ラシャ・コウヤショウの、常に飄々(ひょうひょう)とした口調と佇まいに変わりは無い。
ただ一つ違いがあるとすれば、普段は持ち得ない槍を携えていることぐらいか…。
「……。」
それが羅刹の霊質と相反する武器である事が、より一層、ステリアスの警戒心を喚起する。
「そう警戒するな。別に、お前達に危害を与える気は無い。俺は貰うものさえ貰えば、あとはおさらばするつもりだったからな。」
さも悪意の無い口調でラシャは言う。だが、やっている事は火事場泥棒にも等しい。
そんな奸言に動揺するのはミッドガルダーぐらいのものだろう?
案の定、心が傾いているようだ。
「お…おい、何か事情があんのか~?」
もはや特性云々では無く、天然であろう。
「…なりません!それを持ち出せば扉が開き、災いが世界を襲う事になります。」
毅然と、その危険性を講釈してみせるサイーシャの姿に、ああ、そうだったと自身に言い含めるミッドガルダー。
どちらにせよ、雌雄を決しなければならぬ相手に、ステリアスは竜刀を引き抜き、サイーシャを下がらせる。
それを見たラシャが嘲笑う。
「フフフッ…作り物の記憶で言っているのだろうが、やはり母胎を守ろうとする行為は残っているとみえるな。」
キィィィ……ン!
竜刀「アムドゥシアス」の一閃を槍の柄を用いて軽くいなしつつ、ラシャは槍の間合いをとるべく距離を取る。
「ラシャ、お前は何を言っているんだ?」
そうはさせじと踏み込んだ、脇構えからの打ち上げの斬撃を、ラシャの「神殺しの槍」(トリスカイデカトン)が文字道理跳ね返す。
ギシィィ…!!
「その女は、魂を持たない作り物なのさ…。」
槍が持つ歪み(呪い)…それは「永久不変」。
如何な時間経過を経ても朽ちぬ摂理は、同時に傷付けると言う行為そのものを拒絶する。
「また俺を騙す気かっ!?」
竜刀を振るう程に感じた違和感は、その永久不変が原因であった。
「騙すだと?お前の命を救ってやった、この俺が?」
ラシャの双眸は憂いを湛えたまま、慣性の法則を用いた防御圏を保ちつつ、支点を変えることで、それを打ち崩す事を困難とさせていた。
「ラシャ、貴様の言う事は信用できないっ!!」
隙を見出せずも、手数を落とす訳にはいかず、懐に入る事が出来ぬ以上、テコの原理を有する槍の一撃は必殺のものとなり得る…。
迂闊に距離を縮めることも警戒しなければならない。
「思い出すがいい。奴の念動力を乗せた剣を、呪言反射で無効にしてやったのは…この俺だ。」
その警戒が仇となったか、距離を開け過ぎた寸前、槍を用いた朔りでステリアスは足元をさらわれ、体勢を崩す。
ズシャッッ!!
「だがっ!それも貴様のこの計画の一部ならば、感謝する謂れはないっ!!」
覇気と共に、喉元に突き付けられた槍の穂先を、竜刀で弾き返す。
ガキィィィーーーンン!!
弾き返しつつ、跳ね返す力場(呪)を利用して体勢を回復するステリアス。
双方、一旦距離を開ける。
分が悪いのはステリアスの方か?
しかし、加勢に加わろうとするミッドガルダーを「邪魔をするなっ!」と一喝。
地団駄を踏み、巨躯で苛つきを体現しているが、視線の縁よりあえて外す。
「…俺の邪魔をするなら、今度は本当に死んでもらうぞ、ステリアス?」
それは死の宣告か。
だが、ラシャの次の行動は予期せぬもので、これを止める手立ては無かった。
頭上の肉塊、それを覆う光の天蓋を狙い、「神殺しの槍」(トリスカイデカトン)を投擲したのである。
キイイイィィィ……ィィィイイイン!
通常の手段では触れる事も儘ならぬ「聖刻術式」が損傷し、それを中空に支える力が槍の共鳴によって消失した。
地響きと共に地に堕ちる。
ドドドドォォォ……ン!!
「おおいっっ!大丈夫かあっ!?」
見守るサイーシャが変調をきたし、ミッドガルダーが慌てふためく。
「どうしたっ!?」
「ステリアス…気にするな、その女はこの肉より培養された作り物。十三星座の結晶 (ゾア・クリスタル)が取り出されれば、元より存在出来ない命だよ。」
…嘲笑か。
嘲笑と共に「神殺しの槍」(トリスカイデカトン)を手に取り、再度、投擲の構えへと移るラシャ。
その標的は肉塊中央、左胸部心臓位置…。
「ラシャ…貴様の好きにはさせんっ!!」
轟炎の気が個体の生存率を引き上げ、ステリアスの身体能力を超常化する。
神速を以って、その加速を竜刀に載せ放つ!
「邪魔をするなっ、ステリアスっ!!」
見計らっていたかの如く、ラシャは槍投げ競技さながらに、敵対者の名を標的として投じた!だが、こちらも神速。
それは至近距離の攻防。攻撃が交差する。
ズシャッッッ!!
「!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
攻防の中に分け入ったサイーシャの胸を貫き、「神殺しの槍」(トリスカイデカトン)は止まっていた。
…のみならず、ステリアスの竜刀もまた、彼女を背部から貫いている。
止めることは叶わなかった。
だが、その表情は仮面が剥がれ落ちたかのように、慈愛に満ちていた。
「…サイーシャ…お前?」
その瞬間、地で蠢いていた醜き赤児のごとき肉塊が崩壊。
血飛沫を上げて肉繊維がほつれ堕ち、崩れた細胞は蒸発。
血煙を上げて消滅してゆく…。
あっと言う間の出来事であった。
ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…。
もはや、そこに残されたのは、眩ゆく光瞬く金色の心臓と思しき臓器のみが脈打つ。
「馬鹿な…ソラト・パワーめ、この女に罠を施していたのかっ?」
ラシャの驚愕と共に、金色の輝きだけが心臓から抜け出すや、その臓器も崩れて消滅した。
「まあいい…ともかく、これで封印は解かれた…と言うことかな。」
あとは「神殺しの槍」(トリスカイデカトン)で仮死状態にし、持ち帰るだけ。
しかし、十三星座の輝きを秘めた金色の輝きは、まるで吸い込まれるかのごとく、一直線にステリアスの心臓に飛び込んでいた。
「がっ!?こっ、これはっ…?何故、俺にっ??」
目眩と共に、輝きの奔流がステリアスの魂を押し潰す。
「…ステリアス…お前は一体っ!?」
ラシャの慄きも、もはや耳には届いてはいなかった…。