シナリオⅣ 3 後章 第8話〈後編〉
シナリオⅣ 3.18〈私が変わったときに変わり、私が頷いたときに頷くような友は必要ない。そんなものは、私の影がずっとうまくやる〉
I don’t need a friend who changes when I change and who nods when I nod; my shadow does that much better
草創歴0449年9月(9/21)〈後編〉
塔に残った一行は、内壁に設けられた螺旋状中央ルートを上昇し、輸送回廊と共に最上部区画へと向かっていた。
それは「天幕の宮殿」(パラディーゾパラッツォ)である。
かつて、オ・ギリュッティーナに案内された道を再び辿る事となったソウマ・ヴァストック・キア。並びに追随者である妖精族のエメヲラ・ヴィ・ドゥ。
タッキーノ・アルジェントムニツィオーネに代わり案内役を買って出たものの、予期せず、事が順当に進行せぬ場合は「刻印」の力を有するソウマにしか、打開する手立てが無いと懇願された為だ。
「…手助けは無用だ。彼女は私が一命を賭して、黄幡星へ送り届ける。」
リンベルはきっぱりと断って見せた。
とは言え、ソウマとてそれだけが目的では無い。オ・ギリュッティーナがそれと察して向かい合う。
「…ソウマ殿、無論、エノイキアン・ダイダロス大老の遺言に従い、あなたの友に掛けられた聖刻術式、イムメモラーティオ(忘却)の解除方法について、塔の知識を総動員して解明しました。」
「…そうですか。では、その為の答えは?」
「結論として、やはりイムメモラーティオ(忘却)を解除するには、更に強力な忘却の力を以って打ち消す他に無いのですよ。」
だが、聖刻術式による封印ほど強固なものは無い。ましてや、シャリアロンド・アールデンスによる、己の死と引き換えにした封印でもある。
それ以上のものとなれば、おのずと限られてこよう。
「…一つだけ方法があります…それは、同じ忘却と言う意味を持つ都市、そのものを用いて対消滅させる事。」
「馬鹿な…それはっ?」
エメヲラが呻いた。
その通り、その名を冠する都市は中央大陸にただ一つ。
だが、それを奪うとなれば茨の道…都市と言うからには、住まう住人もいよう。
「そう、あの銀の種族 (アエテルニタス)の首都ベネヴォランス(忘却)ですよ。あの空間は比類なき銀の台地 (アルジェント・ウィルダネス)と呼ばれる、言わば樫の木の精霊の見る夢…これをあなたの「原始回帰」で奪い取り、アルピュタス聖不可侵域で使用すれば封印は必ず解かれます。」
「だが、そうなれば、その都市は…?」
「無論、消え去る定めにありましょう。故にソウマ殿、あなたが真にその友たる者を救う覚悟があるのならば、何も躊躇う必要は無い筈。」
ましてや、「銀の種族」(アエテルニタス)は現在、帝国に与し、第弍帝国総軍に編成されている。
その総戦力の大半を南ソルティアに配置し、首都ベネヴォランスは手薄な状況となっていると言う。
この機を逃すべきでは無いと、オ・ギリュッティーナは念を押した。
戦略的に見るのならば、第弍帝国総軍の戦力を奪うに効果的な手段でもある。
だが、そうは言われても、ソウマの顔色は優れない。
理屈ではなく、エメヲラにせよ、敵対する種族であるとは言え、都市一つを丸ごと消滅させるとなれば躊躇せざるを得ない。
「……。」
そして、それを成す力がソウマには備わっていた…。
軌道エレベーターは亡き塔主、エノイキアン・ダイダロス大老の姿亡き「天幕の宮殿」(パラディーゾパラッツォ)に到達した。
塔の外壁は既に大気圏外にあり、頂上ゲートの先は宇宙空間に繋がっている。
急遽、設えられた大気圏外防護服が持ち込まれたが、これも固辞するリンベル。
それは同行する彼女を気遣ってのことか。
今の今まで口を閉ざし、黙して語らぬまま、リンベルに付き従ってきた女性が初めて口を開いた。
「妾に、こんな物を着れと言うのか。無礼な…。」
その口から出た言葉は、憮然とした拒否反応である。
船内に於いても、近寄り難き拒絶感を醸し出していた少女だ。
それは、切れ長の瞳に異彩が宿り、独特の髪結いと、霊子の輝きを放つ簪がもたらす所以か。
煌びやかな装飾が縫い込まれ、施された和装の着物を引きずり、まさに静々(しずしず)と中央に進む。
だが、その足取りは重い。
「お嬢様。私が必ず無事に護り通しますので、何の心配もいりませんよ。」
「…そうは言うけど、いつになったらあの人のところに連れてってくれるのよ、リンベル?」
打って変わって、リンベルに詰め寄る様は、まるでじゃじゃ馬のようであった。
「ですから、これが上手くいけば、ちゃんと元のヤマさんに戻りますから…。」
「あの人、きっと浮気してるんだわ。キィィィーーー許せない!妾と言う婚約者がありながらっ!」
ヒステリックに怒鳴り散らす彼女を尻目に、リンベルは黙々(もくもく)と準備を整え始める。
何やら、そこら辺は慣れた対応であった…。
懐から取り出した「霊符」を床面に順次張り付け、円形の簡易「奥の院」(エウブレウス)を創り上げる。
完成を再度確認の後、その中央に立つリンベル。並びに、傍らに彼女を呼び寄せ、袖着の端を握らせた。
「…私の合図と共にゲートを開いて下さい。」
ソウマ達はことの成り行きを見守るべく、輸送回廊まで引き下がった。
オ・ギリュッティーナも同様、隔離された制御室に入り、その合図を待ち受ける。
リンベルは己れの妖刀・香具山食を抜き放ち、高々と頭上に掲げる。
それは「天の構え」である。
と、その刀身から無数に桜の花弁形状に凝縮された霊子が吹き出し、周囲を舞い躍った。
キィィィーーーィィィン!!
それらが床面の「奥の院」(エウブレウス)に共鳴し、また膨大な桜の花弁が渦を巻いて2人を包み込む。
これぞ「桜花の祇園図(術式)三摩地」である。
例え、宇宙空間の絶対零度たる真空状態であれ、生命維持を可能とする究極の空間 生成法である。
その効果の程は、深海の凄まじき潮流の中にあって実証済みであった。
その恩恵を受けた者がヒロト・グラーティア・ドゥーロである。
「…ゲートを開けてください。」
内部の空気を放出しながら、頭上の頂上ゲートの開口部が二重三重に展開し始め、気圧ロックが解除さていく。
ガチャン…ガチャン…ガチャン…。
同時に重力までも吸い出され、リンベル等を包む桜の花弁による球体は、まるで水中を浮き上がるかのように押し出された。
「行きますよ、お嬢様。」
「とっとと済ましてちょうだいっ!」
あらぬ速度で宇宙空間に投げ出され、虚空の果てかとも思われる深淵に飲み込まれる。
自らの母星が遠ざかり、心細く動悸が高鳴る。
刻が止まったかの如き静寂が包む。
…どれほどの刻が流れたのか。
されど、祇園図(術式)の集中を途切れさせる訳にはいかぬ。
丸一昼夜に及ぼうとも、退路は無し。
「来るわっ!あれよ!!」
感ずるままに、彼女がそれを察知し、視線を投げ掛ける。
彼女の中の「それ」が強く感応しているようだ。
「!?」
迫る箒星 の煌めき。
それは深淵の闇を引き裂き、猛々(たけだけ)しい雷光を以って母星を巡る。
我らが祖、かつてのラーマス族が作りし人工衛星「黄幡星」である。
全長40メートルにも及ぶ超巨大建造物が、一定の周期を経由し、この太陽系を循環していた。
無論、無人の放棄された衛星である…。
だが、この衛星の主動力源は二つに別れ、黄幡星の起動因子として精製され、その末裔の遺伝子に刻み込まれた。
即ち、その一つが「羅候の星辰」。
「御神座」を受け継ぎし陽家の血統である。
「…あれに取り付きます。掴まっていて下さい。」
「感じるわ…妾が感じるように、そなたも妾を感じるか?ヤーマンターカよ。」
桜の花弁が翼を形成し、猛烈な速度で2人を押し出す。
しかし、同時に霊子の消耗が激しい。「奥の院」(エウブレウス)の消費も限界を越えている。
背水の陣なればこそ、彗星となりて、その輝きは夜空を貫いた。
交差する流星…。
「行け、ホウギョク!ヤーマンターカを頼んだぞ…。」
…流れ落つ星。
ホウギョク・メノウダイを黄幡星の外壁に辿り付かせ、そこでリンベルの「奥の院」(エウブレウス)が崩壊した。
桜の花弁が宇宙に散り消え行く…。
ホウギョクは咄嗟に手を伸ばすも、もはやリンベルの姿は急速に遠ざかっていった。
「…妾に宿る「計都の星辰」よ!その起動因子を返還し、ヤーマンターカの「羅候の星辰」と一つとなるがよいっ!」
彼女の内なる「計都の星辰」が「黄幡星」にリンク(結合)し、彼女を構成する霊子を内部構造体に取り込んでいた。
ゴゴゴ…ゴゴゴゴ…ゴゴゴォォォ…ン。
およそ4889年振りに覚醒する「黄幡星」が神々しいまでに霊子波動を一際強く、まさに生命の灯火を燃やすかのように瞬く。
燦然と瞬く輝きを遠目に、リンベルは安堵の微笑みを浮かべた。
よもや、自らの命を賭した万に一つの賭けと、友とも呼べる「戸隠の郷」(レクスサクリフィクルス)の次期当主を討つ事を天秤に掛けられ、前者を選ぼうなどとは思いもよらぬ決断であった。
…だが、事は成った。
ヤーマンターカ・ヘイ・ラーマスを呪縛する「イムペリウム(支配者)」の聖刻術式と、その中に潜むラシュア・エクナスの意思。
これを撃ち破る為には、彼の中の「羅候の星辰」に、黄幡星を介して陰家の「計都の星辰」を送り込み、その統合を以ってする以外に方法無し。
「黄幡星」内部の霊子機関が脈動を開始し、ホウギョクの意思を体現する。
『…ヤーマンターカ…妾を感じよ。』
霊子感応が極地的に増幅され、地表の起動因子を座標点として捉えた。
即座にホウギョク・メノウダイは、自らの思念を投影する。
己が婚約者、ヤーマンターカ・ヘイ・ラーマスは「喜見城」の中枢部、「覇光核管理中枢の間」の中央玉座に座していた。
降臨するホウギョクの幻影。
だが、ヤーマンターカは微動だにしない。
その瞳は何も捉えていないのか?
なれば、その周辺に2人目、3人目、4人目のホウギョクが舞い降り、ヤーマンターカを取り囲む。
『ヤーマンターカ、妾の名を思い出せ…。』
「…お前は…ホウギョク…?」
「イムペリウム(支配者)」の仮面に亀裂が生じ、ヤーマンターカは苦痛に身を屈めた。
「…やめろ…助けてくれ…リンベル…。」
『そのリンベルが、今や風前の灯ぞ?よいのか、あれを救えるのは、そなただけであろうがっ!?』
ホウギョクの幻影が叱咤し、膝を折るヤーマンターカの瞳が、カッと見開かれた。
この刻、「黄幡星」底部の地表に向けられた霊子放出口から、圧倒的な霊子の渦が放射され、天と地とを結んだ。
ドドドドォォォ…ォォォオオオ…ンンン…。
光の柱は喜見城の超巨大尖塔高層物体を貫き、ヤーマンターカの内側に注がれた。
「…リンベル…そうか…これが、真の対極の力か…。」
ホウギョクの肉体遺伝子から「計都の星辰」が抜き出され、霊子となってヤーマンターカ・ヘイ・ラーマスの遺伝子を補完した。
元より、二つは別たれし一つの物。
「…我は…猛き黎明 (ネツァク・アズヴォガ)なり。」
碧色の光彩が瞳に宿り、ヤーマンターカの眉間に静寂に満つる紋様が浮かび上がった。
刹那、頭の芯が灼き切れ、瞬時に「イムペリウム(支配者)」の聖刻術式が砕け散った。
迸る碧き雷光が、全身を透過し、周囲の霊子を喰らい尽くす。
それは留まるところを知らず、砕け散ったそれさえも喰らい、「喜見城」を構成する全ての区画を走り抜けた。
全ての「覇光核」機関がショートし、あらゆるライフラインが断絶を余儀無くされ、緊急警報が鳴り響く。
それは機械化された術式円環紋の電子構成である事が災いした。
各所で誘発される爆発。
だが、放電の余波凄まじく、近付く事もままならず…。
帝都は混乱の只中に放り込まれていた。
またそれは最下層、辺獄(公族専用監獄)区画最奥部にも及び、「電子の監獄」(センテンスト)の監視システムさえも無力化する。
この混乱に乗じ、監獄を解き放ちて退路を確保せんと、先に潜入した「鉄鎖騎士団」の敗残兵一同が、決死の覚悟で鍔迫り合いを果たす。
これを指揮するは、重症の身のケンタ・ウルス・タングマアイである。
内部の構造を知りつくす彼ならばこそ、適任の潜入劇であったのだ…。
また、不可思議な現象に護られながら、彼等の脱出の手助けともなった。
それはヤーマンターカの霊子が電子と結合し、妨害的な誘爆で帝国兵を遮り、脱出を後押しした結果である。
「リュー、あいつ等を助けて、人質の脱出に協力しろっ!兄ちゃん達が帝都に乗り込んで来てる。一緒に船で脱出するんだぞぉ。」
傍らより現れし、冷徹な表情の「左近の橘」。
それがリュー・シュレンメイの表情に立ち戻った。
「うん、分かったよ、ヤマさんっ!」
あのプニプニ顔でリューが微笑んだ。
「…俺はリンベルのところに行ってくっからな。」
リューの後ろ姿を見送り、ヤーマンターカは天を見上げた。
その身は未だ、碧き雷光と一体化している。
即ち、光の速度は秒速29万9792.458キロメートル。
瞬時に踏破し、その手を伸ばす。
黒き深淵を挟み、友と友との手が結ばれた。
「やっぱり、お前は頼りになる男だよなぁ、リンベルよぉ。」
「…ヤマさんは、私がいないとダメな男だからね。」
後は頼むぞ、と託した思いが2人を繋いだ瞬間。
広がる広大な宇宙を前に、遥か遠くに瞬く我らが母星。
さあ、戻ろうあの場所へ…。
おっと、ホウギョクを置いたままだと大目玉だった。
我知らず、笑みがこぼれるヤーマンターカであった…。
(^ー^)ノヤマさん救出編…でしたw




