シナリオⅣ 3 後章 第7話〈前編〉
シナリオⅣ 3.17〈私が変わったときに変わり、私が頷いたときに頷くような友は必要ない。そんなものは、私の影がずっとうまくやる〉
I don’t need a friend who changes when I change and who nods when I nod; my shadow does that much better
草創歴0449年9月(9/17)〈前編〉
途切れる事なき朝靄に包まれ、その領域は立ち入る者を拒絶する。
濃霧は自然現象をも凌駕する事象を以って、山岳地帯の一角を覆い隠していた。
位置にしてレイアーン公王国より北東に当たる。
学園都市「ウィラ」、「北極の学問の塔」(コネサンストゥール)に並び称される「賢者の山」は、何人も資格なき者は到る事は叶わず。
言い換えれば、辿り着けた者だけが「賢者の称号」(ハイ・ダァト)を得る資格を有すると言えた。
即ち、選別の為の蜃気楼である…。
大賢者「シサイア・ヴァジャン」曰く、獣気を持ち得る者とは、長き刻を経て中央大陸に広まった血統であるが、元を辿れば「賢者の山」に出自を有すると言う。
「賢者の山」がその名を歴史に刻むのは、冬歴2600年に遡る。
今よりおよそ2287年前、歴史に忽然と現れたその山は、かつて西方より飛来し、その浮山に住まう者達が「賢者」と呼ばれた。
これが賢者の山の起源説である。
私もまた、自らの血に誘われ、この地を訪れる事となった…。
元来、レイ・アン公国は設立当初より「賢者の山」と懇意の間柄であったとされる。
草創歴元年、母体となった「黒狼軍」から、「スヴェントス・イシュヴァランス」によって興され、聖ラムサ王家の盟友として隆盛を極め、北西部の盟主として公王国を名乗るようになった。
とすれば、公王家の血筋に賢者の血統が交っていてもおかしくはあるまい…。
我が身に宿る「千輻輪」を覚醒させるに当たり、厳しい修行のような物を想像していたものの、ほんの数分寝台に横たわっていた間にて事なきを得た。
「阿閦の秘儀」と呼ばれる霊体改造である。
重要なのは、経絡頸へと獣気を浸透させ、真髄たる「獣相」へと開眼する為の生命エネルギーのコントロールに他ならない。
それを為して初めて「賢者の称号」(ハイ・ダァト)を会得する事が出来るのだ。
私とて、これを習得するまでに3年の歳月を経た…。
シサイア・ヴァジャンに教えを請い、同門のタマウガード・スパエラと共に競い合った日々を懐かしく思う。
されど私は公王家の血を引く者として、「阿閦宮」に留まる事が出来なかった。
「阿閦宮」の有する「練丹道」は他に類を見ず、中央大陸北西部に於ける錬金道を大きく超越する知識である。
故あって、草創歴443年に「帝国」を名乗り蜂起したソルティア公国の暴挙に対し、「賢者の山」の助力を得んが為に参内した。
山岳地帯を覆うこの蜃気楼は、今は失われし「大賢者の霊位」(ジヴァートマ)が姿を変えたものだと伝わる。
「賢者の山」を守護する力強い意志を確かに感じた。
この内側へ入ってしまえば、四六時中つき纏う、この不穏な気配も諦めてくれよう。
そんな心の隙間を突き、それが私の内部に侵入し、長らく寄生を続ける事となった…。
意識は千々(ちぢ)に乱れ、朦朧としたまま刻は流れる。
とうに消え去っていても不思議では無い私の自我が、時折、それに反抗の意志を示す。
最初は極々(ごくごく)、小さな意識の断片でしかなかった。
場所は「聖ラムサ王國」(ハインリッヒ・ラムサ・ケーニクライヒ)。
あの光…太陽の閃光に肉体を貫かれ、光の刻印「始原なる輝き」(アツィルト・ケティラー)との接触が契機となったのだ。
と同時に、私の意識の最下層、深層心理の奥底にもまた、同じ力が眠っている事を理解した。
それを悟られるわけにはいかない。
深い意識の奥底で、私は私の自我が再生される刻を待ち続けた。
奴は気付いておらぬも、奴が見ていたものは私も同様に見ていのだ…。
だが、遂に魔の手は我が父、ソヴァール・ハウ・レイアーンにまで及ぼうとしていた。
その時、天の刻印「繋がれし涙」(ケプラー・ダート)を持った少年と邂逅する。
彼は共鳴する力を見極め、その力を行使した。即ち「原始回帰」の光を私に注ぎ込んだのだ。
…それでも、まだ足りない。
私と、私に寄生する「永劫種」ヴィンター・パトリオティスとの意識支配は拮抗していた。
なれば最後の手段を選ばなくてはなるまい…。
『貴様…何をするつもりだ?』
スルスブロー宮殿を飛び出し、ヴィンター・パトリオティスに抗いながら、黒鳥の群れと化して飛躍する。
目指す場所は「賢者の山」。
敗走をする第肆(四)帝国総軍の後を追う形になったが、やむ負えまい…。
一方の、これを追撃するロン・タオ公国麾下「勝利の旗(ヴィクトワール=ドラポォウ)」であったが、霧立ち上る領域に踏み入り、騎士団は停滞を被っていた。
刻は夕刻をとうに越え、日は沈んでいる。
この時点で追撃を諦めるのが上策であろう。敵は散り散りに濃霧に紛れ込んだ。
だが、この霧が彼等を匿ったとも言えなくも無い感覚を覚える。
それは「トルフィット(物質感能力)因子」による直感であったやも知れぬ。
気の迷いか?
ともあれ、公子ハル・ロン・タオは見通しの効かない山岳地帯での追撃を取り止め、周辺地域の威力偵察に切り替える事とした。
「本陣をこの場に固定する。残存兵の駆逐の後、我が勝利の旗(ヴィクトワール=ドラポォウ)はルードマージュ(狼の傷)に帰還するぞ。」
取り急ぎ夜営の準備を行わせ、ハルは仮設の天幕に引き篭もる。
「カズのやつ、どこまで先行してるんだ?情報は入って来ていないのか?」
「勝利の旗(ヴィクトワール=ドラポォウ)」騎士団長、カズ・アダマンテーウスは、いち早くこの領域へと敵を追って突入したと、先刻に報告を受けていた。
だが夜の帳が降り、もはや静寂に包まれたこの場所は無音に等しい。
この霧が視界と同様、音をも奪い取ってしまったかの如く…。
その時、投げ掛けられた視線を察知し、ハルは身構えた。
「なっ、何者だっ!?」
何時の間にやら、天幕の執務卓に座す老人の姿があった。
ごくありふれた服装の老人とは言っても、威風堂々(いふうどうどう)とした体格の持ち主であり、白髪と額の皺だけが年齢を感じさせうる。
眼に宿る強靭な意志は、歳経た姿とは相容れぬ若々しさを生み出していた。
「ふむ、私の名はシサイア・ヴァジャン。こんな身なりをしているが、大賢者と呼ばれる者だ。」
「なっ…その大賢者様が…僕に何の用だっ?」
不敵にも言ってのけたハルの言葉に、シサイア・ヴァジャンは柔和に微笑んだ。
無論、既にこの山岳地帯が「賢者の山」の領域に当たる事は、ハルも承知の上である。
で、あったとしても、レイアーン公王国に準ずる「ロン・タオ公国」の公子として、ハルはここで引くわけにはいかなかった。
「ふむ、結論から言わせてもらえば、我が領域に逃げ込んだ鉄鎖騎士団の者たちは、賢者の山が保護する事とする。そなた等は早々に引き上げられよ。」
「…なっ、何だって!?」
唖然とするハルは言葉を詰まらせた。
「そ、そんな馬鹿なっ!?何の権利があって、そんな事をっ!」
「ふむ、だが公子よ。不法侵入はそなた等の方であるぞ?我々は常に中立を謳う存在である。」
全くもって理不尽な要求と憤慨するも、ハルは自らが置かれている立場に気付き始めていた。
ここは既に蜃気楼の内側…。
賢者の山を守護する結界の内部にあると言う事は、囚われている事と同義であることを。
「…だけどっ、騎士団長のカズ・アダマンテーウスは未だに行方が分かっていないしっ!」
「ふむ、彼には決着をつけねばならぬ男がいるからのう。決着が付けば戻らせよう。それに、今からここは戦場になるから危険じゃぞ?」
にんまりと微笑む老人は、言うや陽炎となって消えた。
「えっ!?」
まるで幻を見せられていたかのようだ。
だが、脳裏に警告の言葉が刻み込まれていた。
ハルの中の「トルフィット(物質感能力)因子」も、これを肯定する。
ぬぅ…致し方ない。
直ちに「勝利の旗(ヴィクトワール=ドラポォウ)」を取り纏め、撤退を指示するほか成す術の無い、ハル・ロン・タオであった。
また、撤退するとなれば霧が晴れていき、後方に夜空が広がっていく…。
「全く、良く出来た結界だよ…。」
だが未だ霧に包まれたまま、刃を交える者達がいた。
双方ともに胆力衰えずも、騎乗する騎馬の方が限界を迎えるのが先か?
丸一昼夜にも及ぶ酷使に悲鳴を上げる。
徐々に圧しているのは「金眼相」のケンタ・ウルス・タングマアイかに見えた。
彼の振るう銀飾刀「イノセンス(無罪)」が、金剛念動砕破を孕み、斬撃に原子分解を及ぼす。
触れるが最期、致命傷となる一撃だ。
ガキィィィ…ィィィン!!
その一撃一撃が、受け止める聖剣「フェアブレッヒェン」を通して、「白神相」のカズ・アダマンテーウスから「幽現の瞳」(タングマアイ)の霊質を奪っていく。
今は亡き黄金宮総主、ゲレヒティカイト・クリシュナ・パトリが生み出した「金剛界」に由来する奥義である。
「グッ…!?」
だが劣勢ではあったが、勝機はあった。
何よりも、この霧に包まれた場所なれば他に人目は無い…。
「貴様、何かを狙っているな…?」
「フッ、我ら白神相を異端視し、追放した貴様等なればこそ知っていよう?我が一族に宿りし力を…。」
故に、化け物 揃いの「ヴァンジャンス(王立洗礼騎士団)」に選抜されたのだ。
多くは「魔界族」の血を引く彼等よりも、より異彩を放つ我が姿を曝す刻が来た。
「…見るがいい、我が呪われし真の姿をっ!!」
カズ・アダマンテーウスの左腕と左脚が外れ、接合部が半壊して地に堕ちた。機械部品が散らばる。
ガシャン…ガチャ…カチャ…ン。
それも意にかいさず、彼は騎馬から舞い降りる。
失われた半身に代わり、光の粒子を発散させながらも、その幽体を禍々(まがまが)しい白光の体毛が補い形成してゆく…。
生まれながらにして、欠損していた左半身は一族特有のもの。
その半身を補うものは「白色の精獣」(アソマトゥス)である。
普段は義躰、義肢を着用し、これを封印しているが、それが解き放たれた今、光輝く猛々(たけだけ)しい双角が額に生じていた。
また同様に光輝く獣の体毛を持った半身に覆われ、鋭いかぎ爪が凶器のように伸びる。
「…何と言う…悍ましき異界の獣よ。」
「何とでも言うがよい…だがこれこそが、幽冥山に封じられし〈暁〉の力の断片だ!!」
脱兎のごとく、カズは駆け出した。
ゴウッッッ!!!
もはや、疲労仕切った騎馬にこれを躱す俊敏さは無い。
かぎ爪の斬撃が騎馬もろともケンタ・ウルス・タングマアイを引き裂く。
実のところ、疲労の限界に達していたのは騎馬のみに非ず。
騎手もろとも血潮に染めて、騎馬は横転した。
「くっ…!?」
もんどり打ちて投げ出され、無様に転がる標的を、尚も獣と化したカズが襲撃せんと攻め寄る。
「…その命で贖うがいいっ!!」
白光の獣に転じ、先程までの疲労を超越せし、カズのかぎ爪の斬撃が閃く。
「…こんな所で私がっ!!」
執念を以って、ケンタ・ウルス・タングマアイは、その致命傷を紙一重で避ける。
ズシャッッッ!!
頬が引き裂かれながらも、銀飾刀「イノセンス(無罪)」を獣の左胸部に突き立て、渾身の念動砕破を注ぎ込む。
「うおおおっっっぉぉぉ!!」
だが、考えることは双方ともに同じ。
躱されたと同時に、カズの右手に握られし聖剣「フェアブレッヒェン」が白光迸り、一刀両断に銀飾刀を砕き割った。
バキィィィ…ィィィンンン!!
刀身が粉砕され、その破片がケンタ・ウルス・タングマアイの両腕をズタズタに引き裂く。
「狙うのならば、左じゃなく右胸だったな!私の左胸は義躰でしかないのだから!!」
「ぐっ…そうか…ぬかったか…。」
出血量も多く、もはや立っているのも限界に近い…。
両手に感覚は無く、剣も失った。意識も混濁の底に沈んでいく…。
望みを叶える為だけに帝国に降ったものの、それもここまでか。
懐かしい顔が思い浮かぶ…。
我が友の顔が、憂いに満ちて見つめている。
迫るかぎ爪に死を見た。
だが、そのかぎ爪が寸前で止まった。皮一枚を残し、獣の腕が消失する。
「…こ、これはっ?」
驚愕に打ち震え、左脚を消失し崩れ落ちそうになるを、咄嗟に帯剣を地に突き刺して耐えるカズ。
左胸に突き刺さった刃を伝わりし念動砕破が「白色の精獣」(アソマトゥス)を封じ込め、尚且つ深刻なダメージを右半身に及ぼしていたのだ。
細胞が壊死寸前の蓄積を受けている。
「…それでもっ、今の貴様を討つぐらいの力は残っているっ!!」
聖剣「フェアブレッヒェン」が振り上げられた。
執念で言えば、互いに譲らぬ。
その結末がこれであったのか。
身動きさえも取れず、失血死寸前のケンタ・ウルス・タングマアイに、カズは刃を振り下ろすのであった…。
(^ー^)ノ賢者の山編…前編。




