シナリオⅣ 2 前章 第10話
シナリオⅣ 2.10 〈人は、誰かから深く愛されることで力を得て、誰かを深く愛することで勇気を得る〉
Being deeply loved by someone gives you strength,while loving someone deeply gives you courage
草創歴0449年7月(7/21)
「セプテントリオーネス(七星)の谷」に於ける戦いは苛烈を極めていた。
体調を崩し、寝所より出て来ぬ法王ラハ・スィドロフォスを尻目に、レーギナ(王女)マゥル・ウァルティアン・キアは「細波」「八座」の計2000騎を展開し、これを迎え撃つ。
一方、南部内陸仮設同盟軍は計1780人。
「黒の兵団」(チョールヌィ・コルプス)600騎。
「砂炎の猟団」480人。
「紅石騎兵大隊」500騎。
「クリシュナ派」150人。
「傭兵ギルド」50人。
これに「紅翼」カリスエクェス(聖杯騎士団)1000騎が加わり、ドクトゥスエクエス(騎士団長)リョウ・ギアラルが先陣を切る。
元より狭き渓谷に陣を張るとは無謀である。
タウマガード曰く、この地形を利用しない手は無い。
先手を打ち、「紅翼」1000騎が翌日、日の出と共に野営地を襲撃。
目的は混乱を引き起こす事にあり、殺傷目的では無い。
良心的にも、それを求めるのも酷である。
「敵襲っ!!敵襲ぅぅぅ!!」
前日まで味方であった者達に襲撃され、天幕を引き裂かれ、慌てふためく。
「八座」ドクトゥスエクエス(騎士団長)アモル・ハヴァーキーは、即座に隊列編成を独断専行し、マゥルへの報告を後回しにしたツケを払う事となった。
「待てっ、アモル!これはどう言う事なの??」
「御安心くださいっ!只今、我が軍2000騎を展開し「八座」による追撃を行っております。賊は必ず仕留めてみせましょうぞっ!!」
…追撃を出したと?
何を勝手なっ!?とマゥルは言いたくなるも、戦場に於いては彼が年長者。
アモル・ハヴァーキーは「アトマ・イシム(麗人)」因子を受け継ぐ強者でもある。
王家に対する忠誠心厚き、貴公子然とした青年だ。
傍目からは、「六翼将」リョウ・ギアラルに対する嫉妬めいたものを感じるが、元より立場が違う。
「…しかし、本当に兄さんが?」
一目散に渓谷を駆け抜ける「紅翼」の騎士達。
無論、その指揮を摂るのは、緋に染まった重鎧「プーニケウスアーラ(紅翼)」を纏うリョウ・ギアラルその人である。
彼等があえて一直線に、人馬一体となって駆け抜けるのは、追撃の手もまた同様の形態にする為であった…。
「抜けるぞっ!最期まで気を抜くなっ!!」
渓谷を抜け、その一陣がキカートリックス(傷痕)の荒野に躍り出るや、両崖に配された伏兵、紅石騎兵大隊500騎、砂炎の猟団480人、各々が自然の要害を盾に配置につく。
「…挟撃開始っ!!」
レン・スラスト・ヴァストックの号令(法螺貝の音色)と共に、「簡易型充填式聖骸銃」と「精霊」の宿りし偃月輪が、追撃中の「八座」カリスエクェス(聖杯騎士)を次々に撃ち落としていく。
「ぐわあぁぁぁ!?」
「狙われているぞっ!?散開しろっ!」
しかも渓谷の出入り口は狭く、陣形乱れ散立する彼等にほぼ抵抗力は無い。
渓谷を出たところで、右翼よりシュン・セクレート・ラズルシェーニエが率いる黒の兵団 (チョールヌィ・コルプス)が、「車懸かりの陣」にて待ち受ける。
…それは見事な采配であった。
右翼200騎を率いるソウマとカイトは、その混乱に乗じ、長蛇の陣形を展開し、再突入する「紅翼」カリスエクェス(聖杯騎士団)に紛れ、一気に四像宮へと詰め寄る。
だが、その中にリョウ・ギアラルの姿はいない。
彼は今、テオ・スティーリア・タクナリ、そしてタマウガード・スパエラと共に轡を並べ進んでいた。
噂の「キアの三悪人」は久々に荒野にて顔を突き合わせていたのだ。
「この力はなぁ、あんまり使いたくないんだよな~。」
愚痴るテオを挑発するのは、いつ何時もタマウガードであった。
「しかし、巡検士機関とて、あれは欲しいのでしょう?」
タマウガードが指し示すあれとは、「アイゴケロス(角獣の座)宮」の上空と思しき場所に停滞するアグネヤストラ(銀色の円盤)の姿だ。
愛馬から降りた互いの視線に火花が飛ぶ。にやり。
「…2人とも、あまり暴れ過ぎないように。」
「「お前が言うなっ!」」と同時のツッコミを受け、リョウは微笑んだ。
全く、1番の暴走小僧が変われば変わるものだ。
「しょうがない、やるかっ!お前ら、俺から離れるなよぉ?」
言うより早く、テオは上着をはだけ、背筋を晒す。
メリッ…メリメリメリッ…。
その背筋を貫いて、見事なまでに強靭な、猛禽類を思わせる朱色の翼が生じる。
これを人目にさらすのは久方振りだ…。
「あ痛たたた…。」
まあ、痛みは一瞬、生えてしまえばハイになる…とは本人の談。
実際、「紅翼」の名称の由来ともなった、古カルラ王国の末裔としての遺伝子は、精霊迦楼羅の紅色の鱗を肉体に持つ証拠。
それは同時にテオの身体能力をも増幅し、当時、「鬼の子」と呼ばれたリョウでさえ舌を巻く程だった。
凄まじきテオの剛腕に手首を掴まれ、リョウとタマウガードは空へと舞い上がる。
「すっ飛ぶぞっ!気を失うなよ!」
言葉通りに、翼の羽ばたきとは無関係な高速上昇を開始する。
そうして瞬時に彼等は、アグネヤストラ(銀色の円盤)に吸い込まれて消えたのだった…。
一方、ソウマの「四像宮」に於ける戦いは、遂に佳境を迎える。
この四像宮とは、「アイゴケロス(角獣の座)宮」の地下に張り巡らされ、聖杯を体現しているとされていた。
彼等はその因子の一つ、「アギラ(鷹)の間」にて刃を交えていたのだった。
「ふふふふっ…どうしました?教皇会の真実が知りたいのでしょう?法王に謁見したくば、本腰を入れてかかって来なさい?」
「六翼将」であるシャリアロンド・アールデンスは、かつては温厚な人物であった…。
教皇会による「幸福運命適合」実験により精神に狂気が宿ったのか?
もはや別人のごとく成り果てている。
…ともあれ、ソウマとカイトは善戦していた。
偃月刀「砂漠の青」(アズラク)と「妖精の剣」(アイヲーン)は、共に死角を庇い合い、間合いを図りつつ、致命傷の一撃を狙う。
ガキィィィーーーン!!
だがことごとく、斬撃は「タリスム・オブ・メシア」の妨害に弾き返され、間合いを縮める事が叶わず…。
「ソウマっ!あれを何とかしない限り、どうしようも無いぞっ。」
「カイ君、分かってはいるけどっ!」
この六つの球型浮遊結界兵器は、シャリアロンドの分裂人格を封じた、本体を護る本能を利用した術式実験であり、羅陣DC12の演算回路とも直結していた。
その結果、ソウマとカイトの攻撃を予測し、結界の盾で剣筋を妨害していたのだ。
「このままでは埒が明かないっ。押し切るぞ!!」
「妖精の剣 (アイヲーン)第三形態」。右手から右半身にかけて融合し、異形の甲冑化。
強靭なカイトの魂が成せる限界寸前の、「回避不可の霊質切断」の光が収束する。
うおおおぉぉぉっっっ!!!
猛虎の如く、破壊の重さを乗せた打撃を撃ち放つカイト。
「殿下っ、厄介なお仲間をお持ちのようで…しかしっ!!」
幸運を操作する「ミーラークルム(神の御手)」が、その直撃を逸らす。
タリスム・オブ・メシアの一つが身代わりとなって破壊された。
ガシャャャーーーンッ!!
「なっ!?俺の攻撃がズレる?」
それがシャリアロンド・アールデンスの有する適合因子「神の御手」の幸運操作である。
この一撃を躱されたリスクは大きい。
だが、ソウマの時間を稼ぐのには充分であった。
「カイ君、離れてっ!!」
ソウマの究極術式。聖骸銃を組み込み、これを糧とし、「砂漠の青」(アズラク)の封印を解き放つ。
「…炎祭祀の青き焔よっ!!」
ソウマの精神と同調し、精神志向の構築により、青き刃が具現化。
青き刃が常に身を護る「千刃能力」の発現。
「僕が打ち砕くっ!!」
その斬撃に無数の刃が連なり、シャリアロンドを鞭のように打ちつける。
ゴゴゴゴゴ…ゴゴゴ…ゴゴゴゴッッッ…ガシャーーン!!!
残りの「タリスム・オブ・メシア」が咄嗟に集結し、シャリアロンドの前面に壁を生んだ。
そして衝撃の軋轢が双方を弾き飛ばしていた。
ソウマは床に投げ出されるも、直ぐに起き上がり標的を睨む。
「ふふふ…さすがは混血の血を持つだけのことはありますな…?」
「僕はっ…法王に会うまでは…決して負けないっ!!」
青き刃の波動と、神の御手を得た結界とが、再びお互いの激しい力場をぶつけ合う。
「ソウマっ!!」
対角線上より、カイトは第三形態全ての力を振り絞り、一点集中にて突撃を仕掛ける。
「ええぃ、小物めがっ!!邪魔をするなっ!!」
この挟撃に、止む無く浮遊結界兵器を分配するシャリアロンド。
ギシィッ…ギシギシギシッ!!
カイの激突を受け止める壁を作るも、その勢いは止まらない。
そしてソウマの青き刃も勢いを増しつつあった。
「「うおおおぉぉぉっっっ!!!」」
ソウマとカイトの雄叫びが重なり合う。
「…貴様らっ…これが教皇会に対する謀反であると自覚しているのかっ?許されると思うなよっ!!私を討ったところでっ、もはや法王はっ!!」
それは焦りから口を突いた言葉か?
「神の御手」を以ってしても、ソウマとカイト、2人の熱き友情を止める手立ては無く、彼等は一気に押し切った。
そもそも、シャリアロンドに精霊神の御加護があったのかも怪しいが…。
ズドドドォォォ……ォォォン!!!
粉微塵に砕け散る「タリスム・オブ・メシア」。
…衝撃に翻弄され、激しく地に叩きつけられたシャリアロンド。
「僕達…やったのか…?」
ソウマは安堵する。
だが一瞬の隙が悲劇をもたらした。
「ソウマっ!危ないっ!!」
理由もわからず突き飛ばされた。
それは代わりにカイト・オセアノ・シュルンを呪縛する。
…カイトが我が身を以って、ソウマを庇ったのだ。
「ふふふっ…イムメモラーティオ(忘却)の聖刻術式…我が命と引き換えに…この呪縛は決して消える事はない…後悔せよ…混血のレグルス(王太子)め…。」
「カイ君っ!?」
だが、はにかむように、カイトは笑った。
それはいつもの照れ臭そうな笑顔だった。
気にするなと言いたげに、甲冑形態を解除した「妖精の剣」(アイヲーン)をカイトは投じる。
ドシャッッッ!!
「ぐえっっっ!!」
轟音と共に、シャリアロンドを地に縫い付ける致命傷の一撃。
それは口惜しげにもがき、ガクリと息絶えた。
「…ああ…消えてゆく…カイ君の記憶が…。」
…脳裏からも、現実世界からも。
ソウマの頭の芯が痺れた。
魂の真髄に宿る一筋の至光が漏れる。
忘れたく無い…忘れるものかっ。
その瞳に瑠璃色の光彩が宿り、その眉間に陽炎の紋様が浮かび上がる。
…僕は願う。
例え、世界中の皆が忘れても僕だけは…カイ君のことを忘れない…と。
シナリオⅣ 2 前章 完
(・ω・)ノ前章の終わり。
しかし、ソウマ王子の戦いはまだ終わらない…のである。
カイ君とソウマ王子の別れでした(涙)。




