シナリオⅣ 2 前章 第9話
シナリオⅣ 2.9〈人は、誰かから深く愛されることで力を得て、誰かを深く愛することで勇気を得る〉
Being deeply loved by someone gives you strength,while loving someone deeply gives you courage
草創歴0449年7月(7/20)
フィデース・レグヌム(教皇國)キアのレーギナ(王女)「マゥル・ウァルティアン・キア」は、今は亡き第一レグルス(王太子)ロゥヴと同じ質であると囁かれる。
即ち、女だてらに剛毅で謙虚さの欠片も無い。
ソウマにとっては異母妹ではあるが、決して仲が悪い訳では無かった。
むしろ、まとわりついてくるのを制するのに精一杯になる。
「だって、ソウマ兄さんは弱いから、私が守らなきゃ!」
彼女がそれを言う度に、内心、複雑な気分になる。兄の尊厳は何処へ行ったものか、と。
女の子は騎士にはなれないんだぞ?と何度言っても聞く耳持たず、今ではドクトゥスエクエス(騎士団長)空席の「細波」ケントルムエクエス(中核騎士)を勝手に束ねる立場(?)。
ドゥクスエクエス(騎士団統括長)「アストラル・ヴィ・アンゲリ」も黙認している始末だ。
彼女は自己鍛錬にも余念が無く、そうでなければ元来は可愛い紅顔にも関わらず、唇に紅などは一切付けた事も無い。
長い髪は邪魔だと、常に後頭部で一まとめに括っている。
そんなわけで、社交界にも男装で出ようとして叱責され、以後、出席を拒絶しているぐらいだ。
「…あのマゥルが、法皇様の巡礼の護衛に?」
ザンマルコ自治区(セルフ-ガバニング・ザンマルコテリトリー)「ルヴィコニオン(紅玉)大統領府」にて、まず第一にその議題が上がった。
無論、法皇ラハ・スィドロフォスによる1年に1度の「アルピュタス聖不可侵域」巡礼は周知の事実である。
本来であれば「紅翼」が就くべき護衛のカリスエクェス(聖杯騎士団)が、そのドクトゥスエクエス(騎士団長)であるリョウ・ギアラルがこの場でソウマの隣に座している以上、どういう経緯でそうなったかは定かではないのだが…。
「…恐らくは、ドゥクスエクエス(騎士団統括長)アストラル・ヴィ・アンゲリの判断でしょう。」
リョウの言う通り、彼の不在を請け負い、五のカリスエクェス(聖杯騎士団)のうち「紅翼」「細波」「八座」の計3000騎を率いて出立したとの報。
「どう思いますか、タマさん?」
「…教皇会の内部も怪しい動きをしていますし、ここは一つ、敵の手に乗ると言う手段もありますね。」
実質、タマウガード・スパエラは、この「仮設同盟軍」の軍師として周知されていた。
それは気に入らぬとばかりに、テオ・スティーリア・タクナリは抗議する。
気に入らないのは、それだけじゃ無いような気もするが…。
「よー?いっそソウマも居るんだしさぁ、キアに助けを要請した方が早いんじゃないかぁ?」
一気に会場が騒ついた。
やれやれ。とばかりにタマウガードが大袈裟に溜め息をつく。
「何だよっ!その態度はよぉ〜??」
そもそも、キアのレグルス(王太子)が単独で参加しているからこそ…意味があるのだ。
だからこそ、同席する「大ハルゴニア王国(バリショーイ・ハルゴニア・ツァールストヴォ)」国王代理シュン・セクレート・ラズルシェーニエも、「ザンマルコ自治区(セルフ-ガバニング・ザンマルコテリトリー)」内務長官ミソルトゥ・サンデイにも意義があるのだ。
レン・スラスト・ヴァストック率いるアルカサンドリア(砂漠の民)の「砂炎の猟団」はともかく、「星寳」のウォークス・エクスも、「クリシュナ派」であるタマウガード自身、己が利益を前提に、この同盟に参加しているのだから。
「テオも巡検士機関を代表して出席している訳だからね…もうちょっと考えて発言して下さいね。」
「あんだとぉ〜!?」
「まっ、まあまあ…喧嘩しないで下さいよっ。」
慌ててソウマはリョウ・ギアラルに助け舟を求めるも…。
「ほっとけばいい。いつもの事だ。」
ともあれ、問題は山積みである。
テオの喚き声は無視して、タマウガードは思案する。
1つ、未だ行方の知れぬ大統領代行「マチュア・フリードニッヒ・エル」。
2つ、大ハルゴニア王国(バリショーイ・ハルゴニア・ツァールストヴォ)陥落と共に飛び去った教皇会の「アグネヤストラ(銀色の円盤)」。
戦術とは常に先手を打つが常套である。
だがタマウガード曰く、戦況の変化に応じて敵方の思考を読むのは当然。
敵方の立場であれば、こう動くだろうと言う可能性、その戦場の立地条件を鑑みて、十重二十重の罠を配置するのだと言う。
「「へぇぇぇ〜。」」
ソウマとカイトに至っては、為になるとばかりに顔を見合わせた。
「だからこそ、今打てる手は全て打っておくに限りますね…。」
タマウガードが悪い顔をする。この期間に度々見た顔だ。
「お前ら、俺の話をちったあ聞けよぉ!」
ちょっとタクナリん(テオ)がうるさい。
…草創歴449年7月25日、正午。
既に高齢に当たる法皇ラハ・スィドロフォスであったが、その後継者の指名を滞らせたままの巡礼の日を迎えた。
「ステラマリス枢機卿位議会」からは毎日のように矢の催促が届く。
こうして御者の操る馬車に身を任せる間ぐらいは気も休めよう…。
常ならば「ステラマリスの六皇」より選出される後継者であったが、指名を遅らせる理由があった。
我が意図に気付いたものか、急進派と穏健派もその動向を伺っている。
今、我が信頼できる者は極めて少ないのだ…。
「…そなたの兄上はどんな人かな?」
キカートリックス(傷痕)の荒野を行く道すがら、法皇ラハは傍らで軍馬を進めるマゥル・ウァルティアン・キアに問いかけた。
私の兄は気が弱くてっ、でも優しくて、皆んなの太陽みたいな人です。そう応える少女の、何と美しく偽りの無き笑顔であろう事か…。
それを微笑ましく眺めやる法王は、実に満足げであった。
目指すべき「アルピュタス聖不可侵域」とは、草創歴412年に於ける 「英雄戦争」の際、最後の舞台となった南部内陸の西山岳部中央にある。
「英雄戦争」終結以降、1年に1度、この日に「アイゴケロス(角獣の座)宮」の聖刻術式を法王の霊位を以って継続させる為の巡礼である。
この険しい山岳地帯そのものを、立体空間型積層結界と見做し「眠りし者」を封印しているのだ。
キア王家を代表し、マゥル麾下3000のカリスエクェス(聖杯騎士団)は四像宮、即ち地下通路入り口の渓谷「セプテントリオーネス(七星)の谷」に至った。
法王護衛の任の半分を終え、野営地の造設に取り掛かること数刻。
マゥルはホッと一息をついた。
天幕は簡易な物だが、人目を凌げるのが有難い。
そんなマゥルの副官として同行するのは、「八座」ドクトゥスエクエス(騎士団長)の「アモル・ハヴァーキー」である。
この「ハヴァーキー家」は、ウァルティアン家に次ぐ王位継承権を有する由緒正しき家系の一つであった。
そんなアモルが慌てふためき、無様な醜態をマゥルに晒す。
「ああぁぁあ!!たっ、大変ですっっ…で、殿下がぁぁぁ!?」
「アモルっ!?何があったと言うのですかっ??」
聞けば、ほんの数刻の間に、「紅翼」カリスエクェス(聖杯騎士団)総数1000騎が野営地より出奔したと言うのだ。
目撃者によれば、ドクトゥスエクエス(騎士団長)のリョウ・ギアラルが姿を現し、有無を言わせずに彼等を連れ去ったのだと言う。
「…ちょっと待ちなさい、そんな事あり得ないわ…。」
1000人の騎士をたった1人で連れ去った?
「きっと、まやかしか何かを使ったに相違ありませんよっ!!」
実のところ、「紅翼」のカリスエクェス(聖杯騎士)達は、リョウとカイトの帰還に湧き上がり、喜んで軍列を離れたのである。
さりとて、彼等もこの事態が本國キアと教皇会に与える影響は理解しているだろう。
それでも、「この行為がいつの日か必ず、我らがフィデース・レグヌム(教皇國)キアの為になると思えばこそ、今はソウマ殿下の為に命を預けてもらえないだろうかっ!!」
リョウ・ギアラルの言葉に彼等の心が動くのに、さして時間は掛からなかった。
ましてや南部内陸の世論は、教皇会の行為を非難し、國は動かずとも我が身一つでこれと対峙するレグルス(王太子)ソウマを応援する声が大多数である。
カリスエクェス(聖杯騎士団)にとっても、ソウマの数々の逸話は賞賛に値する事実だった。
もっとも、これはタマウガードの指示による「巡検士機関」の情報操作の影響が大きい。誇張が多分に大きくなっているのは否めない。
にも関わらず、未だキアレーク(國王)ルゥライは動かない。であれば、動けない理由があるのだと推測出来るが、それが騎士団内部の不満にも直結していた。
…故にこそ、その理由も予測出来うる。ならば、こちらからステージを進めるしかない。
それがタマウガードの出した結論であった…。
それを「紅翼」の騎士達も信じたいと願った。
「細波」の騎士の一部もこれに同調しようとしたが、「八座」の騎士達の抵抗を受け、その妨害に努めてくれた。
「すまないっ!恩にきる。」
リョウの号令と共に「紅翼」は「セプテントリオーネス(七星)の谷」から離脱。
そのしんがりを務めるカイト・オセアノ・シュルンはふと、踵を返す。
この「アルピュタス聖不可侵域」に感ずる何かが、カイトの魂に呼び掛けるかのような、記憶を呼び覚ますかのような感覚を与える…。
「…?」
…気の迷いであったのだろう。
ただちに手綱を打ち、合流すべく騎馬を走らせるも、カイトの顔色は曇ったままだった。
それを暗示したかのごとく、忽然とアルピュタス聖不可侵域上空に、あの銀色の円盤が現れ出ていた。教皇会の「アグネヤストラ(銀色の円盤)」である。
それはタマウガードの予測を大きく上回る敵方の先手。
法皇ラハのみが立ち入れる、即ち警護のしようのない間隙を突いて、「アイゴケロス(角獣の座)宮」の寝所は血潮に染まった。
『…混血の、あのキアの第二レグルス(王太子)を後継者にしようなどと…あなたが悪いのですよ?』
打ち震える両手で、己が胸に突き刺さる刃を掴むが、もはや流れ出る血の量は尋常では無かった。生命の灯火が消え始める…。
「…その声は…やはり…貴様だったのか?」
法王ラハは自らを害する、「ミーラークルム・マヌス(奇跡の御手)」の指導者…シャリアロンド・アールデンスの虚ろな相貌の中に、彼を操る、その者の意思を確かに見て取った。
祖たる「雨天族」からも、その因果たる「七つの大罪」(セプテム・アラストール)からも、我々はもう、ただの人間に世界を引き継がせねばならないと言うのに…我はここまでか…。
「…すまない、ルゥライ…。」
同じ願いを抱く友、キアレーク(國王)ルゥライへと、果たせぬ約束を嘆きながら、齢を重ねた肉体は崩れ落ちるのであった…。




