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6-7 『女神様はまんまと騙されつつあります』

 東側大陸のとある荒野で彼らは戦っていた。迫り来るモンスターの群れと死闘を繰り広げる彼らは、しかしその表情は喜びに満ち溢れていた。


「魔王を倒せば女神ちゃんも解放できるんだぜ!」

「俺達の女神ちゃーん」

「無事に開放されりゃー、生の女神ちゃんに会えるかもしれねーよね?」

「だなだな! お礼のちゅーとか、されちゃったりしてなぁー」

「いや、してくれるだろ? 俺達英雄だぜ?」

「だなー、だなー!」


 彼ら『女神フローリア親衛隊』ギルドの面々が、嬉々としてモンスターへと突撃してゆく姿を、意識の中で見つめる者が居た。

 女神フローリアその人である。


『……どうしてそういう流れに……』


 彼らの戦場から遠い北西の地。西側大陸すら越えた西の海に浮かぶ小さな島に、彼女が封印されている神殿があった。

 女神フローリアは神殿の内部から意識を凝らし、プレイヤーたちの姿を見守っている。

 この世界に影響を与えるような力は発揮することはできない。しかし、ただ見るだけであれば可能だった。彼女がそう思っているからだ。


『それにしても、闇の魔王がわたくしの封印を解く……鍵ですの?』


 女神は突然振って沸いたプレイヤーたちの噂に耳を疑った。弟神フロイと共に、これまで年百年の間封印を解く方法を探していたが、ここまでずっと見つけることができなかったのだ。

 まさか闇から現れた魔王が封印を解く鍵で、倒す事で封印を解除できようとは思いもしなかったのだ。


『けれど――』


 女神は考え込むようにして瞳を閉じた。


『闇の魔王が鎮座するあの場所は……』




「じゃー、あの穴って元々は」

「はい。神々の戦いのときに出来た穴で、お互いに傷つけあって倒れた神々がおっこちた場所でもあるんです」


 ギルド『女神フローリア親衛隊』の面々が戦う場所とも、フローリアが居る神殿とも違う場所。

 ひとつの町を開放したばかりの昴たちは、拠点である砦へと帰還する準備を整えていた。そこで上がった話題が、女神開放に向けた「思い込ませ作戦」で流した噂に関係するものだった。


 設定好きの餡コロからでた話題は、彼らの帰還準備作業の手を止める事になる。


「うへ。それじゃーもしかして、昴の案で流した噂って……」

「あながちデマでは無いかもな」

「女神様を封印した神々の誰かが鍵を持っていて、その鍵が穴に落ちてて……魔王がそれを拾っているか取り込んでいるか。そういう設定があれば十分「アリ」な話ですよね」


 餡コロがそう話すということは、流石に魔王が封印を解く鍵だという実際の設定は無いようだ。


「餡コロさんが言った話。穴の出来た経緯とか神様が穴に落ちたとか、そういうのも噂に流すと信憑性が高くなりますよね」

「そうだな。桃太の言うとおり、こっちの話も流そう」


 こうして餡コロが説明した内容も、女神開放作戦の信憑性を高めるべく追加で噂として流された。噂を耳にしたプレイヤーの中にも「そういえば、そんな話をしているNPCが居た」という事を思い出し、噂の信憑性が更に高くなっていった。

 噂を鵜呑みにし始めたのは、何もプレイヤーだけではない。


『わたくしを封印した神々が、それを解く鍵を持っていた可能性はたしかにありますわ。そして未だに私が封印され続けている事も、鍵が魔王に取り込まれた事が原因だとすれば納得いきますもの』


 女神もまた、昴らが流した噂を鵜呑みにした者のひとりだった。




 予定したレイド戦も残す所三つとなり、その同時攻略を前日に控えた今日。昴たちはレイド戦へ向け体力温存の為に砦で休息を取っていた。


「それにしても、最近はどんどんゲームシステムが崩壊していってるよな」


 室内にある三人掛けソファーに寝転がったいっくんが、まず一番に口を開いた。


「ギルド施設とかカバンとかは残ってて貰わなきゃ困るよなぁ」

「まぁ、崩壊する前に倒しきったほうがいいだろうな〜」

「どうしてですか? アーディンさん」

「スキルや装備の効果がどうなるか解らないからな」

「解らないって?」


 紅茶に砂糖とミルクをたっぷりと注ぎ込んだアーディンは、スプーンでそれをかき混ぜつつ会話を続けた。


「物理スキルなんかは、この世界の戦闘職が使うのと比べると、かなり強化されてるようなんだよな」

「そうねぇ。あたしたちの攻撃には属性が乗ったものもあるけど、こっちの世界の人のだと物理攻撃に属性を乗せるのはエンチャント系魔法を掛けてもらわない限り無理っぽいし」


 現地人、特に男を観察していたカミーラが、アーディンの話に説明をを加える。

 アーディンのほうはまだ紅茶をぐるぐるとかき混ぜていた。


「あぁ。それに装備なんかはボスドロップとか完全にゲームデータの産物だと思うわけさ。いや、ボス産に限らずだな」

「普通に考えたら、モンスター倒してお金やアイテムが出てくるっておかしいよね」


 ゲームでは極普通な事も、それが現実世界として考えた場合には不自然になる。そう思ってニャモが口を開いたのだが……


「モンスターが腹の中に入れてたヤツとか?」


 いっくんがとんでも無い事を言い出した。いや、彼はまったく何も考えずに言っただけだった。


「いっくん……君の手にしている巨大な斧は、どんなモンスターの胃袋から出てきたのかな?」

「……うげぇー。今のやっぱ無し」


 この世界に来てからの戦闘で得たドロップ装備をいっくんも愛用している。レイドボス産ではないが、かなり強力な武器だ。その斧をドロップしたモンスターはかなり醜悪な姿をしていて、そのモンスターの胃袋から出てきた斧――であることを想像したいっくんは、吐き気をもよおすことになった。


「システムが完全崩壊する前に魔王を倒しておかないと、崩壊後だとかなり厳しくなるってことか」


 クリフトの重い言葉が全員に圧し掛かる。

 ゲームシステムが完全に崩壊すると、ドロップ品の装備などは消えてなくなるかもしれない。そうなれば、ほとんどのプレイヤーは裸同然になる。

 敵を攻撃する武器が無ければダメージを与えられない。身を守る防具が無ければ敵の攻撃に耐えられない。

 仮定での話ではある物の、もし現実になった場合には魔王討伐はずっと先になってしまうだろう。


「予定としては、あと3つの砦を落としたら西側と東側から同時に攻める事になってるでござるから……上手く進めれば十分間に合うと思うでござるよ」

「穴に最も近い砦に主要メンバー集めといて、それでいて東側から強引に突撃するぞーっと見せかける。東側にモンスターが向かったら、隙を付いて西から攻めるって作戦だったよな」


 モンジの言葉にいっくんが確認するように言った。モンジは無言で頷いてみせる。


「あぁ。東側の囮軍団も、ある程度モンスターをおびき出せたら西側の砦に帰還してそっから再度出撃予定だな。穴に戻ってくるモンスターを迎撃する為に」

「穴の内部は途中までしかマッピング出来てないんでしょ?」

「ニンニン。まぁ穴の幅なんかはそう広くも無いでござるから、四方八方から攻撃されるということも無いでござるし、今の我々のレベルなら苦戦することもないでござるよ」


 以前闇の穴に侵入した際には、中に居たモンスターのレベルは95であった。東側フィールドで目撃するモンスターのレベルには96の物も居る。万が一穴内部のモンスターのレベルが上がっていた場合でも、レベル95を超えたメンバーばかりの昴たちにとって脅威とは呼べなかった。

 彼らだけではなく、多くのプレイヤーたちがレベル95を超えている。高レベルプレイヤーだけで襲撃すれば、十分な勝ち目があるとモンジは踏んでいる。


「とりあえず。今は目前のレイド戦に意識を集中させよう。今までのような戦い方は通用しないし、気を引き締めていかなきゃな」


 昴の言葉にクリフトが頷き、彼なりに今後の戦い方について意見をする。


「それなんだが。昴とモンジとカミーラの三人がボスに張り付いて、いっくんが後衛の守りに入ったほうがいいんじゃないか?」

「えぇ!? 昴より俺のほうが攻撃力あるし、ボスに張り付くなら俺じゃね?」

「いや、敵雑魚に俺達後衛が狙われた場合、少しでも早く倒す事を考えると攻撃力のあるお前の方がいい」

「そうだな。ボスの攻撃は俺達だけじゃなく、他のPTからも人手が来るが、自分達のPTメンバーを守るのは自分達の役目だからな」


 攻撃力のあるお前という言葉に満足したいっくんは、昴の言葉にも満足気に頷いた。

 すれから昴は、クリフトの作戦を整理してから他のメンバーへ向けていくつかの指示を出した。


「ニャモはボスに攻撃しつつ、後衛に敵が来たらそっち優先で。月は基本攻撃支援。敵が近づいてきたらそっちの殲滅も、状況判断次第で」

「OK!」

「わかったよ〜」

「桃太は完全支援のみで。アーディンさんは『ジャッジメント』挟みつつ支援。クリフトは悪魔系雑魚がいたら攻撃も」


 広範囲に有効な『エレメンタル・サンクチュアリ』を持つ上に、CTゼロ状態の桃太には回復に専念して貰う方が効率が良い。アーディンの「ジャッジメント」は見方への戦闘補助にもなる為、余裕があればほしい所だ。クリフトのエクソシストとしてのスキルも、一部のモンスターには絶大な威力を発揮する。東側大陸ではその「一部」である悪魔型が非常に多い。

 これでひとりを除いたメンバーの行動は決まった。

 残りのひとりである餡コロは、自分の名前が呼ばれなかった事に不安を感じている。


「わ、私は?」

「餡コロさんはMP付与を中心にしつつ、雑魚が向かってきたら沼を出して貰って、余裕があれば範囲攻撃も。ちょっと忙しくなるけど大丈夫?」

「が、頑張ります!」


 システムが崩壊しはじめてからのソーサラーは、尤も忙しい職業になったと言っても過言ではない。

 攻撃に敵行動妨害に支援にMP回復。全職業の仕事をしているようなものだ。


 張り切る餡コロに気づかれないよう、昴は桃太の傍へと移動し、小声で彼にこう言った。


「桃太、余裕があればその都度必要なスキルを餡コロさんに指示してやってくれ」

「わかりました。前にも同じような事やってるので大丈夫だと思います。乱戦になると僕も余裕なくなるかもしれませんが」

「うん。その時は各自の判断で頑張るしかないさ」


 各自が自分の役目をしっかり把握するように、イメージを膨らませてシュミレーションを繰り返した。

 暫くすると、昴がギルドマスターらしく声を掛ける。


「それじゃ、明日の出発に向けて準備したらしっかり休もうぜ」


 明日、彼らは「最後」となるレイド戦へと挑む。

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