4-7 『マイアナのレイド戦-2』
二人の子供に先導され、昴たちは城下を囲む壁の一部までやってきた。壁の向こう側は川になっているらしく、水の流れる音が聞こえてくる。
壁はそれほど高くも無く、見上げれば丘の上に建てられた王城がはっきりと見えた。
子供たちは壁に隣接する小さな物置小屋に入り込むと、昴らを手招きして奥へと進んだ。物置小屋には隠し階段があり、それを降りてゆくと壁向こうの川の底に掘られたトンネルへと通じた。
王侯貴族達が万が一の時、王城から脱出する為に使用するものなのだろう。「立ち入り禁止」という札が立てられていたが、「ダメ」と言われると余計に興味が湧くのが子供である。物置小屋に忍び込んだとき、偶然二人は隠し階段を見つけたという訳だ。
「お兄ちゃん達、本当に皇帝のおじさんを助けてくれるの?」
二人は川底のトンネルを進む前に、昴らに向かって質問を投げかけた。
二人の少年は、アーディンとモンジがマイアナに潜入していた際に出会った子らで、他の住民達とまったく違う皇帝の話をしてくれたのだった。
「君達は皇帝の事を知ってるのかい?」
昴は子供を怯えさせないよう、務めて穏やかに話した。
「うん。そっちの変な喋り方のお姉ちゃんにも話したけど、皇帝様は本当は優しいおじさんなんだ」
「変……かっこいいつもりだったのに……」
変といって少年が指差した方角にアーディンはいた。普段、他人から「変態」と言われても平然としているアーディンだったが、純粋な子供たちに真正面から「変」呼ばわりされたのには堪えたらしい。
それを聞いた一同は出来るだけ声を立てずに笑うと、苦笑いを浮かべた昴は今にも怒り出しそうなアーディンを宥めた。
「ま、まぁまぁ……どうして優しいって思ったんだい?」
「僕たち、ずっと前からお城に忍び込んでて……皇帝のおじさんに見つかったんだけど、怒られなかったよ」
「美味しいお菓子をたくさんくれたんだ!」
「うんうん。すっげー美味しいんだぜ! それに、皇帝のおじさんは約束してくれたんだ」
無邪気な笑顔で話す子供たちに、偽りは感じられなかった。もし皇帝が子供たちを誑かしているとしても、お菓子で子供を釣るというのはあまりにも幼稚すぎる。皇帝は善人だと思わせる為だとしても、何も忍び込んだ子供たちだけに施す必要は無い。
二人の話す内容が真実であれば、皇帝は確かに「優しい」のかもしれない。ただ、その優しさは国民全体に行き渡らせるには、何かしらの障害があるのだろう。昴はそう判断した。
「約束?」
昴が子供たちの言う、皇帝との約束が何であるか尋ねる。すると、子供たちは目を輝かせて答えた。
「悪いやつを退治したら、この国を良い国にするからって!」
二人の少年は、皇帝の言葉を信じ、そのときをずっと待っていたのであろう。そして、今がその時なのだと思ったのだ。だからこそ、突然現れたアーディンとモンジに頼まれて、こうしてプレイヤーたちを王城まで案内しているのだ。
「悪いやつって……魔王の事か?」
「うーん。魔王とかってのは良くわからない」
「おじさんが言ってた。ずっと昔からこの国をムシバンデター……なんだっけ?」
以前、皇帝より聞かされた内容を必死に思い出そうとする少年二人。薄暗い地下通路の中、歩みを止めて頭を掻き毟るようにして皇帝との会話を思い出す。
「なんだっけー……あ! ぞうきんだ!」
ひとりの少年が声を張り上げると、昴たちは一瞬言葉に詰まった。自分たちの知るぞうきんとは、掃除をする際に使う布を指している。この世界では別の物を意味しているのだろうかと本気で思いかけたとき、もうひとりの少年が口を開いた。
「あ! 違うよ! ソッキンだよ!」
「側近? って魔王じゃなく帝国の人間かよ」
そっきんという言葉を少年が間違って覚えていた事に、どこか安堵した感もあったが、同時にこの国を蝕んでいた存在が、魔王ではなく帝国の人間であった事に不快感を抱いた。
国民を強いる圧制は、皇帝によって成された物ではなく、皇帝の側近らによるものだったのかもしれない。
「お兄ちゃん達、隠し階段を教えてやるんだから、ちゃんと皇帝のおじさんを助けてきてよね!」
「わかったわかった。悪い側近もついでに倒してきてやるよ」
「「やったぁー!」」
少年二人の喜ぶ姿を目にした一行は、子供たちの知る皇帝の人物像が何故他の国民が知らないのか疑問に思った。少年たちは皇帝とのもうひとつの約束を語った。
「皇帝のおじさんから、隠し通路や階段の事もおじさんの事も、誰にも話しちゃダメだって言われてたから……」
「おじさんが良い人だってバレちゃったら、おじさんも僕たちも殺されちゃうかもしれないから。僕たちだけの内緒にするようにって約束してたんだ」
「でもお兄ちゃん達が悪者やっつけて、皇帝のおじさん助けてくれるからもう安心だ!」
「おぅ! 任せとけってんだ」
いっくんは二人の少年に向かって力強く応えた。この国の真の姿は、きっと神フロイが作ったゲームでの設定と同じ物なのかもしれない。そう彼らは願った。
「ここだよ」
川底のトンネルを進み、梯子を登った先には緑が広がっていた。元々は整理された草花の植えられた場所だったのだろう。数種類の草花が整頓されたように咲き乱れてはいるが、余計な雑草が生い茂っている為、美しさという点では無残な状態になっている。
そんな雑草生い茂る斜面に小さな階段はあった。
「うへー、結構急斜面だなー」
「君達、よくこんなの登れたね」
いっくんも昴も正直な所、あまり好んで登りたいとは思わなかった。階段の幅は大人の肩幅ほどしかなく、奥行きは足がはみ出る程狭い。傾斜も急な為、一歩足を踏み外せば川まで真っ逆さまだ。
「さて、いくか」
見上げていても仕方がないとばかりに、昴は先頭に立って階段を這うようにして登り始める。
●
王城へと続く坂道を登る為には、手前にある川を渡る必要があった。川の幅は20メートルほどだろうか。深さは判らないが流れはかなり早い。
王城へと進む事ができず立ち往生するプレイヤー達。川の向こう側では帝国兵と寝返ったプレイヤー達。双方は睨みあったまま動かなかった。
「空中浮遊できるスキルでもあればよかったのになー」
「ここから先は一歩も通さぬぞ!」
寝返ったプレイヤーらは偉そうに言い、帝国兵らは威厳を込めて叫んだ。人数差で言えば、対岸のプレイヤー達のほうが圧倒的に多い。しかし、橋が上がっていては流石に攻撃も届かず、双方はかれこれ30分近くもこうして睨み合ったままだった。
「くっそ、橋が降りなきゃどうにもならないじゃねーか!」
誰かがそう叫んだとき、突然空が曇ると、一粒の隕石が飛来した。
――ドゴオオオオオオォォォォォォォォ――
激しい爆音とともに、跳ね橋を上げ下げするための鎖が巻かれている部位が破壊される。鎖が粉砕された事で、上がっていた橋は支えを無くし対岸へと下がっていく。
「っな!?」
「なんでメテオが降ってくるんだ!?」
「川の向こうからだと射程外だろ!?」
橋が下がりきったとき、数百人もの屈強な戦士たちが、魔導士たちが一斉に橋を渡り始める。
「いまだ! 全員突撃いいいいぃぃぃぃぃぃぃ!」
「おっしゃー! いくぜー!!」
次々に橋を渡るプレイヤーたち。浮き足立つ帝国兵を前に、敵側プレイヤー達は真っ先に逃げ出した。
自分達を置いて逃げる彼らを見た帝国兵は、一瞬にして戦う意思を捨ててしまった。元々、戦う事を諦めた事で魔物に支配される国になったのだ。負けを認めることには馴れていたのだろう。
あっさりと降参した帝国兵たちは、ソーサラーの出番なくして捕獲された。
帝国兵が次々に縄で縛られる中、彼らの頭上に数人の人影があった。防御の都合上、王城までの坂道は丘をぐるりと半周するような構造になっており、坂の入り口の真上は高い城壁になっていたのだ。
その壁際に「メテオストライク」を放った張本人がいる。
「アーディンさん、ここで叫んで自己主張しないでくださいよ!」
「フガアァ〜!」
高い場所から華麗に名乗りを上げ様としたアーディンの口を昴が塞いでいた。暴れるアーディンを引きずるようにしてモンジが引っ張る。
「我慢するでござるよ。あとでいくらでも主張していいでござるから。今は耐えるでござる」
三人がゆっくりと壁際を後ろに戻ろうとした時、王城へと通じる坂道を駆け登るプレイヤーらを攻撃する為に、帝国兵を見捨てた者達が増援を引き連れて坂道の頭上にある城壁に現れた。
見つからないよう三人は慎重に音を立てず、且つ急いで穴を既に見つけた仲間達の元へと戻った。
「よし、十分なサイズに広げたからいつでも入れるぜ」
元は子供サイズだった穴も既に広げられており、鎧を着込んだ大人でも十分通り抜けられる大きさになっていた。
中に入った一行は、城門までの坂道を登る味方の援護へと向かうチームと皇帝の元へ向かうチームとに分かれることになる。
「ここからは二手に別れて行動だ」
「向こうと連絡とって、派手に暴れて貰うか」
坂道のほうでは既に戦闘が始まってた。激しい爆発音が昴らの耳にも届いている。
「それじゃー、後は頼みます」
「あぁ、そっちもしっかりな」
昴らのPTは城内へ、アサシンを中心としたPTは城門へとそれぞれ駆け出した。




