4-8 『マイアナのレイド戦-3』
城門前では激しい戦闘が繰り広げられていた。
「あー、やっぱりこうなるよな」
「こういう戦いの場合、高い位置に陣取った方が有利ですからね」
高い位置、つまり城門から出てきた敵方プレイヤー達にとって有利な状況になっていた。
城門をでた彼らは、城壁沿いに移動し、眼下の坂を駆け上ってくるプレイヤーらに向かって魔法で攻撃してきたのである。
坂道の幅はそれほど広くも無く、魔法の射程がギリギリ届く距離にあった。
こうなると、坂を駆け上るプレイヤーらも同じように坂道から上に向かって攻撃をするのだが、地面を抉って岩や土が大量に坂道へと転げ落ち、余計な被害を出す結果にしかならなかった。
「だーっはっはっは! ざまーみやがれ!」
「どんどん行くぞ!」
城壁沿いの敵プレイヤーらは僅かに後退することで眼下のウィザードたちの魔法を交すと、報復とばかりに魔法攻撃を再開する。以前、モンスター襲撃イベントでやられた戦法と同じ方法で遠距離攻撃の射程を伸ばし、魔法に矢にと次々に攻撃を繰り出す。
「みんなバラけて走れ! 固まってると魔法の餌食だぞ!!」
「強引にでも走るんだ!」
坂道を登るプレイヤーたちは、僅かでも魔法の射程が届かない位置を見つけると、一旦そこで立ち止まって味方の回復を待ち、若しくはポーションを飲んでHPを回復させてから再び走り出す。
しかし、ソーサラーの「スロー・スウォップ」を坂道に撒かれ、鈍足状態で坂道を登る事になり、魔法攻撃を受ける回数も増えてゆく。
魔法防御を高め、盾を装備したヒーラーたちが範囲回復魔法「サンクチュアリ」を絨毯のように何枚も敷き詰める事で、頭上の魔法攻撃をギリギリ凌げる状態を作り上げた。
戦闘不能を逃れ、なんとか坂道を進むプレイヤーらに向かってノックバック効果のある罠が投げ込まれる。ハンタースキルの罠は、僅かに踏んだだけで数メートル後方へと押し戻された。
広くは無い道に無数の罠が投下され続け、誰一人として先に進める者は居なかった。
「見ろよ! まるでゴミのようだぜ」
「這いつくばって許しを請えよ、大手ギルマスさんよぉ」
日ごろ、日の目を見ることの無い不正プレイヤーたち。今自分たちが、ゲーム内大手ギルドとしてチヤホヤされていた者達を相手に善戦していることに調子付いていた。
「こしゃくなー! 今すぐ切ってやるから待ってろ!」
『シャイニング・バード』のギルドマスターマークは、自慢の剣を頭上に掲げると、全速力で坂道を駆け登り始めた。しかし、無数の罠を踏まずに先に進む事は出来ず、結局元の位置まで押し戻されてしまった。
「ここまで来れたらなー、はーっはっはっはっは!」
城壁沿いに陣取った敵プレイヤーらが腹を抱えて笑い出す。今眼下では『ワールド・オブ・フォーチュン』内で5本の指に入る、大手ギルドのギルドマスターが悔しそうに自分達を見上げている。それだけで彼らにとっては感極まるものがあった。ゲームだった頃には決して勝つ事のできない存在。それを現実となった異世界で敗北させる事が出来たのだ。
そう確信した時だった――
「ぐはっ!」
「え?」
城門に一番近いウィザードが短く呻くとその場で倒れこむ。ひとりが倒れると同様に他のウィザードたちも次々に倒れていった。
ウィザードたちが倒れたその場には、彼らの見慣れないアサシンたちが立っている。
「し、痺れる……」
倒れたウィザードたちは戦闘不能にはなっておらず、毒の仕込まれた武器によって攻撃を受けた為、身動きが取れなくなっていた。現れたアサシンたちは皆、武器に麻痺系の高レベルの毒を仕込んでいたのだ。
「いつの間に!? ってかこんだけ魔法打ちまくってるのに、どうやって掻い潜ってきやがった!?」
アサシンの「サイレント・ウォーク」は、音を立てることなく忍び寄るスキルだが、姿を消した状態でダメージを受ければ姿を晒す事になる為、範囲魔法が矢継ぎ早に降り注ぐ坂道を登る事など不可能。
しかし、彼らは坂道を登ってきたわけではない。別のルートでここまでやってきたのだ。
「秘密ってやつさ」
アサシン軍団のPTリーダーが、最後に残ったウィザードを倒すと、指揮官風の敵プレイヤーに向かって人差し指を口元で立てて答えた。
アサシンの人数は15名。城壁沿いに居たウィザードはその倍近い人数がおり、それ以外にも様々な職業の敵プレイヤーがいた。
突然の奇襲に驚いた敵プレイヤーらは、我に返ると一斉に雄たけびを上げてアサシンたちに襲い掛かった。
だが、彼らの行動を妨げる声が発せられる。声は城門の方から上がった。
それは、敵に襲い掛かる際の雄たけびではなく、まさにヘイトを誘う「雄たけび」だった。
アサシンに向かって振り上げた武器はそのままに、視線を城門のほうへと向けると、そこには『シャイニング・バード』のマークが鬼の形相で立っていた。
「はぁはぁ、さぁ来てやったぞ」
大きく肩で息をした彼は、自軍のウィザードの放つ炎で燃やし尽くされた罠を踏み越えここまで全速力で駆けつけた。
「あ? え?」
「有言実行! くらえ!!」
剣を真正面に構える。それはさながら、剣術試合を行う前の礼の姿勢にも見える。
素早く上から下、そして右から左へと剣を振る。
十字の剣影が真空波となって襲い掛かった。
「いでええええええぇぇぇぇぇぇ!」
ナイトスキル最大の攻撃力を誇る、剣装備専用「エクスカリバー」は貫通型の直線攻撃スキルだった。
狭い城壁沿いに群がっていた敵プレイヤーたちは、都合良く直線上の範囲に巻き込まれる形となる。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ」
攻撃から身を交そうとした者は、城壁沿いの狭い通路から坂道へと転げ落ちた。そこに待ち受けていたのは散々馬鹿にされてきたプレイヤー達だ。
「ま、待ってくれぇええぇぇぇ」
「せ、『聖堂帰還』」
ひとりの敵プリーストが『聖堂帰還』を唱えると、彼と同じPTであろう者達が次々にスキルを承諾して消えていった。12人が消えると、同じように一斉に『聖堂帰還』が唱えられ、あっという間に敵プレイヤー達は逃走に成功した。
残ったのは全身に毒が回って動けないウィザードたちだけ。彼らもまた、毒が抜けると慌てて「テレポート」スキルを使って逃げだした。
「ちょ、逃げるの早すぎるだろ」
後ろから合流した面々が、あまりの逃げっぷりに半ば呆れるように言う。
彼らは初めから、少数精鋭部隊が裏道より城門に潜入する事が判っていたので、わざと無理して敵の魔法地帯に足を踏み入れていたのだ。
倒すべき獲物を失った彼らは、持て余した力を発揮させる為に城内へと向き直る。そして巨大な敵が待ち受けて居る事を祈った。
「よぉし! このまま城内に突入!」
「レイドボス探せえええぇぇぇぇぇ」
●
昴らが城内へと入った時、10人ほどの帝国兵に囲まれた。予想していた展開であった為、昴らは慌てることなくソーサラーの餡コロが耐性弱体化のスキルを使用し、バードの月が眠りを誘う曲を奏でようと手にした竪琴に指を這わせる。
しかし、ここまでまったくの無抵抗だった帝国兵たちは、武器を捨て恭しく頭を下げると、そのうちのひとりが歩み寄ってこう告げた。
「お待ちしておりました」
賓客を招くような素振りで畏まった帝国兵達。呆気に取られていた昴らだったが、月はスキルの使用を辞め、尚且ついつでも発動できるよう楽器に手は添えたままにした。
「えっと……」
「我らは皇帝付きの親衛隊です」
「親衛隊……」
そういわれて改めて彼ら親衛隊を見渡すと、城下で遭遇した帝国兵とは装備が違っていた。また、これまでに見た帝国兵らはどこか品の無い風貌だったが、今目の前にいる彼らには「帝国兵」に相応しい品格が見受けられた。
「陛下がお待ちでございます。どうぞ、こちらへ」
隊長格らしき人物が通路の奥へと案内するように手招きをする。敵からの攻撃を受けているというのに、城内は随分と静まり返っていた。聞こえてくる戦火の音は全て城外から聞こえてくるものばかりだ。
いずれ城内も激しい戦場と化すだろう。しかし、今はその気配も微塵に感じさせなかった。
「罠とか?」
「悪者ならそれもあり得るがな。どうする?」
皇帝が城下での噂通りの人物であれば、油断させておいて実は大軍を待ち伏せさせている部屋へと案内する。なんてことは考えられる。しかし、道中の子供たちが語る話を耳にしていた彼らは、これが罠であるとも思えなかった。
全ての決定権をギルドマスターである昴へと委ねるべく、一同は先頭の昴に視線を集める。
「俺は……子供たちを信じたい。皇帝が善人だということを」
「んじゃ行くか」
まるで昴がそう言うのが判っていたかのように、いっくんは軽快な足取りで親衛隊の待つ通路の方へと歩き出した。全員が判りきった昴の答えに、さも当然といった顔で昴を追い越しいっくんを追いかける。
苦笑いを浮かべた昴は、慌てて仲間達を追い越し先頭に立った。万が一にも自分の考えが甘く、これが敵の罠であった場合、全力で仲間達を守る為に先頭に立つ。それがナイトとしての彼の役目であるかのように。
●
大きな扉の前。床には赤い絨毯がこれまでの道を案内するように敷かれていた。その絨毯は扉の奥へと続いている。
重厚そうな扉が開かれると、赤い絨毯の伸びる先に黄金に輝く玉座があった。
玉座の脇にひとりの男が立っている。
力強い意思が宿る瞳はどこか切なげにも見えた。
「良くぞ参られた。こんな戦に巻き込む形になってしまい申し訳ない」
マイアナの皇帝アドリアーナ4世その人に間違いないだろう。白髪の混じる頭部には玉座と同じ黄金に輝く王冠が被せられている。質の良さそうな衣服に光沢のあるマントを羽織っている。
何より、着込んだ衣服には帝国の象徴たる紋章が縫いこんである。こういった紋章が付いた物を身に纏うのは王族というのが定番だ。
「い、い、いえ、そ、そんな……ここに攻撃をし、仕掛けたのは、俺達ですから」
昴は異世界に来て初めて王族と会話をした。緊張していた所にいきなり皇帝という一国の最高権力者から頭を下げられ、乾いた口が上手く言葉を発せられずにいた。
そんな昴の様子を見て、一瞬苦笑いを浮かべた皇帝だったが、直ぐに険しい表情に戻ると、自身の言葉に勘違いをした昴の解釈を正す為、言葉を変えて説明した。
「……私が言いたいのは、この攻略戦ではなく……この世界そのものに起こっている戦いのことだ」
「え?」
数年前、突如現れたという闇の魔王と、この世界の住民達との戦いの事を皇帝は言った。戦いは人間達の敗北で終わっている。
「そなたらが、この世界の住人でない事はキースという男から聞いておる」
「……」
皇帝の口から出たキースの名に昴らは言葉を失い、ただ黙って皇帝の話す事を聞くしかなかった。
「我らが不甲斐ないばかりに、異世界の者の力を借りねば成らなくなるとは」
皇帝は俯き、歯を食いしばった。
長い沈黙の後、昴は意を決して口を開いた。
「まぁ、貴方のせいじゃないですし。今は深く考えないでやる事をやるだけです。さ、行きましょう。今俺達が出来るのは貴方を救うことですから」
真に言いたいことを、今度は口ごもることなく昴は言えた。
手を差し伸べる為に玉座の方へと歩み寄ろうとした昴へ、皇帝は意外な言葉を掛けてきた。
「いや、それは出来ぬ」
皇帝の瞳はまっすぐ昴へと向けられている。その言葉が偽りではない事を物語っていた。
「なんでだよ?」
苛立つようにいっくんが叫ぶが、皇帝は微動だにする事無く言葉を続けた。
「私はこの国を救わねばならぬからだ」
この言葉で、皇帝が真に国を憂いていることが判った。昴は子供たちの信じる皇帝が、信じる姿のままの人物である事に安堵した。
「魔物はもう居ません。安心してください」
「都からはな。しかし、国から居なくなったわけではない。だから私はここを離れるわけにはいかんのだ」
皇帝のいう事は尤も話だった。
昴たちプレイヤーは、マイアナの都を攻略する事を第一に考え、マイアナの都までの道のりに点在する砦や町を開放しただけで、マイアナ帝国全土からモンスターを排除した訳ではない。
むしろ、勢力図としては半分以下を開放したに過ぎなかった。
「だー、じゃーどうすりゃいいんだよ」
苛立ちを隠すことなくいっくんは叫んだ。皇帝と彼ら10人以外誰も居ない王の間に、いっくんの声が木霊する。親衛隊の面々は王の間の外で待機していた。
「私を……殺せ」
皇帝の口から漏れた言葉は、到底信じられるものではなかった。誰もがその言葉に耳を疑う。
「私を殺せ。そなたらに出来ることは、私を殺して帝国を救うことだ」
言葉の意味を理解出来ないと言うように、誰もが言葉を呑み、押し黙った。




