doctor said lie for him.
「……ガ戻ラナイ?」
「エエ、ソウナンデス。……ト言ウヨリモ、ドウヤラ捏造シテイルヨウデ」
彼らは声を潜めて話していた。
「アア、彼ニ何テ言エバイイノデショウ」
三十代をとうに過ぎた女は頭を抱える。
「心配スルナ」
男は彼女を慰めるように言った。「対処法ハアル」
陣内は首を横に振った。
「駄目だ、斉木。お前があの渦中にいて平気でいられるはずがない」
「そんなこと、やってみなければ分からないじゃないか」
それでも僕は粘る。
「無理だ」
陣内は言い切った。彼がどうして頑ななのか分からなかった。そこで僕は、先程感じた違和感に気付く。
「陣内。どうしてさっき、『駄目だ』とは言わずに『無理だ』と言ったの?」
彼が断言したのは。そう、『駄目』という言葉ではない。『無理』という言葉だった。
点滴が無くても生きていける。僕は医療器具に囲まれていなければ生きていけないというわけではない。点滴を受けているのは、病院食を食べたくないがゆえ。あの味のない食事を取るくらいなら点滴をした方がましだ。
陣内は隙を突かれたような顔をした後、困ったように笑った。
「お前は病気なんだ、見るからに不健康そうだぜ。そんな身体で戦争の中に飛び込む気か?」
戦争に興味はない。だが、滅びゆく世界には興味があった。滅びが美学だと言った人は一体誰だったのか。もう覚えていない。
チューリップは死ぬ前に綺麗な花を咲かす。蝉は死ぬ前に透き通った羽を広げる。人間の死はあまりにも無様だ。老いだけがそこに残る。彼らのような『滅び』を感じさせるものは何もない。
働き蜂は使命を成し遂げて死ぬ。僕は何もしないまま、ただ命を繋いでもらっている。まさに今、僕は人間らしい死に方をしようとしていた。生きる価値がないというのはこういうことなのかと痛感する。
「いつ死ぬかなんて問題じゃない。僕にとって問題なのは―――」
どういう経路で死んだか、だ。
滅びゆくものこそがこの世で最も美しい。僕はそう思っている。
「オイッ、大変ダ! 患者ガ逃ゲタゾ!」
医師たちが騒ぎ始めたのが聞こえ、さすがにまずいなと思った。
「オ前ハ向コウヲ探セ! 私ハコッチヲ探ス!」
彼らはいつも無表情だ。もっと怒ったり笑ったりすればいいのにといつも思う。僕には、彼らの声がロボットの発するもののように聞こえた。彼らがたとえ死んでしまったとしても、僕には悲しむことができないだろう。
諦めは死に繋がると語った老人はもういない。そうだ、思い出した。彼が滅びの美学を教えてくれたんだっけ。
掌で生死を左右させることができる医者よりも、戦場で生きる屈強の戦士の方が、この美学には相応しい。命がけで何かを成し遂げて死ぬことが、最も美しい『滅び』だ。牢獄に閉じ込められていては到底無理な話だ。だから僕は外に行く。ここでは見つけられない何かを見つけるために。
「大丈夫か、斉木?」
前を走る陣内が速度を落とし、心配そうに尋ねてきた。僕は頷いた。言葉を返す余裕などなかった。久しぶりに走ったから息が苦しい。
最終的に折れたのは陣内の方だった。
「昔から、何かを一度決めると俺がどれだけ反対しても聞く耳を持たないからな、お前は」と、彼は苦笑していた。
騒がしい廊下。普段はいつでも静まり返っているというのに。
ようやく時間が動き出したんだ、と僕は思った―――。




