the man left a sick room is he.
「どこに行く気だ? 斉木」
振り返ると、そこには帰ったはずの陣内がいた。彼は不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
「どこって……。ちょっと散歩に」
「真夜中に散歩する病人がどこにいる? そいつは病人ではなくただの不審者だ。このことからするに、お前は不審者なんだろう?」
「病院内で点滴を腕につけて、迷いもせずに正しいルートを歩く不審者なんていない。もしいたとしたら、それはただの患者だ。つまり僕は患者だ」
僕が反論すると陣内は不服そうに顔を顰めた。「お前の言うことは間違っている」
「え?」
何か間違っていることなどあっただろうか。
「お前は患者じゃない。ただの患者だ」
陣内は『ただの』を強調して言った。屁理屈にも程がある。
「それで、どこに行こうとしていたんだ?」
どうやら嘘は通じないらしい。僕は観念して言った。「外に」
「外?」
陣内は意外そうに訊き返した。僕は頷いた。彼は暫く考え事をするように腕を組んだ後、真面目に言い放った。それは至極まともな意見だった。彼にしては珍しい。
「点滴をつけたまま、その見ているだけでも寒そうな格好で真冬の外にダイブするのか?」
そうするしかないだろうと僕が言うと、陣内は笑った。
「お前はチャレンジャーだ、斉木。よしっ、俺がお前の未来を予想してやろう。お前は明日、確実に死んでいる」
「死因は?」
「凍死だ」
僕らは笑いが堪え切れなくなりそうだった。彼にコートを貸してもらい、僕は彼と一緒に外に出た。そして思い知る。ここで彼に出会わなかったら、僕は確実に凍死していただろう。
「どうしてここに?」
まだ残っているのだと尋ねる。
「何となくだ。今日お前を見舞った時、何となくだがお前が外の世界に憧れているように見えた。ただでさえ死にそうなお前が外になんか出てみろ。一瞬であの世行きだ」
「けれど、僕はまだ生きている」
「それは俺のおかげだ。ありがたく思えよ?」
そして、僕たちは笑い転げた。心の底から笑ったのは久しぶりだった。友人とはいいものだなと老人のようなセリフが頭を掠める。けれどそれを口にするのは恥ずかしかったから、僕は何も言わなかった。彼に爆笑されるのがオチだ。
「陣内、頼みがあるんだけど」
「何だ?」
目に涙を浮かべて腹を抱える陣内。
「僕をここから出してくれ」
『諦めるのか?』
もう顔すら覚えていない。しかし、しわがれた声をしたその人は僕に向かって話しかけた。
『諦めるというのはな。死ぬということじゃ』
「出る? お前が?」
冗談じゃない、と陣内の表情は物語っていた。
「だけど陣内。僕はもう嫌なんだ」
この閉鎖された空間で生きるのは。
「―――お前の気持ちは分かるが。俺は医者じゃない。医者じゃない俺にはゴーサインを出すことができない」
「分かっている。誰にでもいい、ただ言っておきたかったんだ」
僕は言葉を切った。深く息を吸った。雪は僕を嘲笑うかのようにひらひらと舞っていた。
「僕はここから出ていくよ」
遠くの方に照明弾の光が見えた。倒壊しかけた高層ビルが見えた。ヘリコプターは真っ暗なステージで喧しく踊る。
寿命が縮まってもいい。後一年だろうと、半年だろうと、明日死んだって構わない。僕はこの目で現実を見たかった。この終末的な世界を―――。




