the call
「またな」
そう言って陣内は帰って行った。
『またな』。その言葉にどれだけの信憑性があるのだろう。次に会うことは永久にないかもしれないのに。
再び静まり返った部屋。僕は彼が残していった紙袋の中を覗いた。本が三冊入っている。その他に雑誌類が二冊ほど。僕はまず雑誌を手に取った。見出しは『日本の表事情と裏事情』。外の事情を全く知らない僕のために買ってきてくれたようだ。陣内は戦争を嫌う。もちろん僕だって嫌いだ。けれど、避けられないことは世の中に沢山ある。たとえば僕の病気のように。
動物には本能というものが存在する。自らの命に危害を加えようとするものを無意識に回避しようとする。それが本能であり、『嫌い』という言葉の真の意味だ。『怖い』も同じだろう。だが、それはあくまで一時的な危機に対面している場合である。彼のように―――陣内のように―――常に恐怖と対面している場合、感覚は麻痺するのだ。
感覚の麻痺。それは、死に近いところにいるということだ。
「斉木さん、お電話ですよ」
看護婦は病室にやって来るなりそう言い、役目を果たすとまるで嵐のような速さで帰って行った。この病院の看護婦は愛想が悪い。
僕は立ち上がり、フロントにある公衆電話まで歩いて行った。僕の行動範囲は限られている。病室と―――今や自室と言っても過言ではない―――廊下とフロントだけだ。あとは診察室くらいか。
それにしても、と僕は思った。僕宛てに電話がくるなんて珍しい。
「もしもし?」
すると電話口から陽気な声が聞こえる。
「おおっ、サイキやな! どや、元気しとるか?」
あまりにも場違い過ぎて、あまりにも終末の世界に似合わない男は電話口の向こうで快活に笑ったような気がした。
「病人相手に元気も何も……」
「何や、聞こえん。もーちょい大きな声で言えや」
「……元気だよ」
彼の名前はマイケル・スコット。僕が中学生の時に知り合ったアメリカ人である。イントネーションその他諸々を関西で学んだらしく、流暢な関西弁で話す。
「久しぶりやゆうのに、冷めたところは相変わらずやな。昔の日本人はもっと温かみのある人たちやったらしいで」
恐らく今、彼は米国人らしく肩を竦めていただろう。
「昔の人たちと僕に何の関係があるのか分からないね。―――そっちは大丈夫かい?」
「アメリカは大丈夫や。こっちには最強の兵器があるさかいな。それにしても、日本も随分変わりよったのぅ。国内での戦争やからどこの国も手出しできへんけど、こっちは戦々恐々しとるで。まさか『あの』日本がアメリカ並の戦力をつけるとは誰も思っとらへんかったし」
僕は思わず笑ってしまう。
「陣内も似たようなことを言っていたよ」
すると、マイクは嬉しそうに声を弾ませた。
「ジンナイが来とるんか! サイキ、電話変わってくれへんか? 奴とも話したいんや」
「陣内はさっき帰ったよ。君の電話と入れ違いだ」
悪いね、と僕は言う。
「……そうかい。今度は電話やのーて、そっち行くわ」
「ああ。楽しみにしてるよ」
「ほな、さいなら」
「じゃあな」
僕は電話を切った。
電気が消えたフロント、灯りはほとんどついていない。そんなところに一人。そう思うと、先程までの明るい気分が一気に消え失せてしまった。僕は考えを振り払って病室に戻る。
消灯された部屋から外を覗き見る。相変わらずの雪だ。僕も外に出られたら―――いや、考えるのは止そう。どうしようもないことだと諦めてしまえばいい。僕はそう思った。今までの僕ならきっとそう思うはずだった―――。




